第82話 魔王メルバリー②

 ひたひたと冷たい床を歩いていく。

 城内はひんやりとした空気が流れていて、異様な雰囲気がある。

 まぁ魔王城だし、そんなものなのだろうと一人で勝手に納得しながら突き進んで行く。


 いくつもの扉が並ぶ大きな廊下。

 しかしそのどれにも反応することなく俺は奥へと進んでいた。

 多分、こちらが正解なのだ。

 この奥にいる何者かが、俺にそう伝えてきていた。

 言葉ではなく、自身が持つ気というかオーラというか……

 とにかく、自分がここにいるというメッセージを空気に乗せて俺に伝えてきていた。


 そして、一番奥にある扉の前に、俺は行き着く。


「失礼しま~す」


 ふわりと浮いて、扉を押し、少しだけ気を使いながら中へと入って行く。

 室内はベッドが一つあるだけで、周囲には何も無い、質素すぎるぐらい質素な部屋であった。

 蝋燭が頼りない灯りをともしており、ゆらりとベッドの影が揺れる。


「よく来たな……ニーデリクの後継者よ」

「……魔王メルバリーか?」

「……ああ」


 それは、酷く弱り切った老人にしか見えない人物であった。

 皺だらけの顔に振るえる手足。

 ベッドから起き上がることもできないようで、生命力が今にも途絶えそうな瞳で、俺を見上げている。


「まさか……こんなに可愛らしい猫が、奴の後継者だとはな」

「可愛らしさは好評だから否定はしないけど……俺が魔王の肉体を手に入れていることは分かるのか?」

「ああ……私は鼻がよく利くからな。ニーデリクの匂いがするよ」


 俺は自分の体をすんすんと嗅ぐ。

 うん。自分じゃ分からん。


「お前の名前を教えてもらえないか?」

「アレン」

「アレン……私はお前が来るのを待っていたのだ」

「俺を待っていた? どういうことだ?」


 メルバリーは弱々しく、口角をニヤリと上げる。


「お前に、魔王の力を託すためだよ」

「……魔王の力?」


 急展開。

 魔王の力って何だ?

 というか、そもそも何でそんなものを俺に?


 そう思案する俺に、メルバリーは話を続ける。


「魔王の力というのは、他の者に託し、次世代へと繋いでいかねばならぬものなのだ……勇者の剣と同じく、魔王も新たなる魔王に力を後継していく。力を継承するのは、当然のことなのだ」

「それで、何で力を託されるのが俺なんだ?」


 それが一番の疑問点なのだ。

 別に俺じゃなくてもいいし、いや、魔族ではない俺が継承する方が問題なのでは?


「天啓……とでも言おうか……託す者というのは、なぜか理解することができるのだ。誰に託すのが一番よい選択なのか、それが閃きのように得心を得るのだ」

「……それで俺に」

「ああ……お前が元々人間だということも分かっているし、魔族としても、強敵であるお前にそんなものを後継させるのは馬鹿な選択だということも理解している。だが、私は知ってしまった……お前に託すことが、この世界にとっては一番の選択だということを」

「…………」


 世界の答え。

 目に見えない力が、俺を選択した。

 運命の……流れ。

 運命が俺を選んだんだ。

 新たなる魔王に。


「お前に力を継承するのを、面白く思っていない者も数多くいる。いや、そう考える者の方が圧倒的であろう」

「まぁ……魔族側から見たらそうだろうな」


 何が悲しくて、魔王の力を人間にあげなければいけないのだ。

 勇者の力を、魔族に渡すのと同じだろ?

 そんなの馬鹿らしいし、納得がいくわけがない。

 

 だけど、彼は天啓に従い、俺にその力を託そうとしている。

 もうすでに覚悟も決まっているようで、俺に対しての憎しみも迷いもないようで、静かな瞳で俺を見つめるだけであった。


「お前に力を託すのは……きっと魔族としてもその方がいいということなのだろう。これまで人間に力を継承するような事態は無かったし、そんなものあるわけがないとも思っていた」

「そりゃそうだろ」

「ふっ……だが、さっきも言った通り、これをよく思わない連中は多数いる」

「うん……」

「それを阻止するために動き出している者もいるのだ」

「阻止って……受け渡しはもうこの場で済むんだろ?」


 別に欲しくはないけれど……

 でも、受け取るのがなんだか、俺の運命のような気がする。

 抵抗がないわけではないが、それが自然だと感じるのだ。


「ああ。阻止しようと、すでに来訪者は訪れているのだよ、この城に」

「この城って……今どこに?」

後ろだ・・・

「へっ?」


 ベッドの上に四本足で立つ俺。

 その言葉に、突如として殺気を感じる。


「んぎっ!?」


 そして体が見えない力によって拘束される。


「な……なんだ?」

「はじめまして……ニーデリクの後継者」

「やはりお前であったか……キリン」


 俺の背後から、美しく若々しい女性の声が聞こえてきた。

 キリンと呼ばれたその声の持ち主は、落ち着いた様子で続ける。


「悪いけど、あなたにはここで死んでもらうわ」


 剣を引き抜く音が聞こえる。

 俺の心臓はドクンと跳ね上がり、喉が急速に渇く。


「じゃあ、さようなら」


 剣を振り上げる影が目に映る。

 そして――それは俺へと向かって容赦なく振り下ろされた。

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