第75話 エドガー①

 年のころは二十代後半で、これでもかと言うぐらい逆立てた青髪。

 右目についた古い切り傷に、感情の分かりにくい横一文字の口元。

 そして背中には、大きな体躯よりもさらに巨大な剣を背負っている。


「…………」

「…………」


 彼は俺を見下ろしたまま、微動だにしない。

 時が止まったのか?

 とも思っていたが、ロープウェイの機械音を聞いてどうやらそれはなさそうだと察する。


 というか、俺が猫だから何も言わないじゃないのだろうか……?


「あの、何か御用で?」


 男は一瞬肩眉を吊り上げたが、怖いぐらい冷静に口を開く。


「……ここに、セシルという男がいると聞いたのだが」

「セシル、ね。いるよ」

「そうか。すまないが、彼の居場所へ案内してほしい」

「……案内するのはいいけど、まず名前を名乗ってくれないと。あいつは俺の大事な仲間なんだから、どこの誰かも分からないあんたを紹介するわけにはいかない」

「…………」


 ギロッと男の目が鋭く光る。

 まさか、やり合うことになるのか……

 

 と、思っていたが。


「……俺はエドガー。アースターからやって来た」

「アースターって……別の大陸から?」


 俺たちが現在いる大陸はフレイムール。

 そしてここ以外に大きな大陸は3つあり、フレイムールと合わせると4つの大陸があると言われている。


 南に位置するフレイムール。

 北に位置するセントレイン

 西に位置するアースター。

 東に位置するウィンディン。


 そしてこのエドガーという男は、別大陸のアースターからやって来たと言っているのだが……

 なんでわざわざそんなところからセシルを訪ねて来たのであろう?

 もしかして、知り合いとか?


「それで、なんでセシルに会いたいんだ?」

「……勇者、と呼ばれる存在であるセシル……たまたまアンポートで話を聞いたんだ。彼にアースターを助けて欲しいのだ」

「助けるぅ? というかそもそも、なんで人間のお前がアースターを助けたいんだよ」


 アースターは、エルフとドワーフが住む大陸。

 北にエルフの森があり、南にドワーフの山がある。

 二つの種族が常に争っているとか何とかって聞いたことはあるが……


 そこに人間なんて数える程度……というか、自分たちの種族以外を毛嫌いしているから、人間はあそことは関与しないしできない、というのが通説だ。

 だから人間であるこのエドガーがあそこを助けたいなんて話、なんだかおかしく感じてしまう。


「……詳しい話を聞かせてもらおうか」


 コクリと静かに頷くエドガー。

 俺は彼を連れて、屋敷へと移動した。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 屋敷の大広間。


 テーブルの席にエドガーが座り、その正面に座っているケイトの胸に俺は収まっていた。

 柔らかくて気持ちのいい俺の定位置だ。

 背後にはセシルとシフォンが立っている。


「それで、俺に助けてほしいというのはどういうことだ?」


 セシルは腕組をし、強気な声でそう聞く。

 態度がでかいというのとは違うのだが……少し怒っているように聞こえてしまう。

 本人に悪気はないのだろうが、もう少し穏やかに話した方がいいと思うよ。


「魔王メルバリー……は知っているか?」

「ああ」


 魔王メルバリー――

 4つの大陸にはそれぞれ魔王がいて、それらを合わせて四大魔王と呼ばれている。

 そしてアースターに君臨する魔王が、メルバリー。

 

 あまり詳しい話は知らないが、メルバリーは他の魔王たちに比べると古くから存在しているとかなんとか。


「メルバリーは以前、強大な者と激闘を繰り広げ、その時の傷が致命傷となり、その命が尽きようとしている。メルバリーはアースターの中央に位置する場所に城を構えているのだが……エルフとドワーフたちが、その城を手に入れるために戦争を始めようとしているんだ」

「戦争……俺にそれを止めろとでも?」

「ああ……伝説の勇者なら、それも可能なのではと思ってな」


 セシルは嘆息し、俺の方に視線を向ける。


「残念ながら、俺は伝説・・の勇者ではない。それに、伝説の勇者だったとしても、戦争を止めるなんて不可能だろう」

「不可能さえも可能にする……それが勇者だと思っていたが、そうか。俺の思い違いか」

「伝説の力を持っていようが、無理なものは無理だ。所詮、個人一人の力だからな。お前が直接説得した方が早いと思うがな」

「それが無理だから、フレイムールまで手立てを探しにきたのだ。エルフとドワーフは臨戦態勢に入っていて、もう為す術がない。だから、勇者ならもしかしてと思ったが……」


 エドガーは落胆したような様子を見せることなく、セシルに頭を下げて席を立つ。

 そして踵を返して、屋敷を後にしようとした。


「伝説の力を持った者でも不可能だろうが……伝説を超える者ならここにいる」


 セシルの言葉に振り返るエドガー。


「伝説を……超える?」

「ああ。伝説の勇者の力を引き継ぎ、伝説の魔王の力さえも引き継いだお方だ」

「……それは、誰だ?」

「アレン様だ」

「アレン……?」


 みなの視線が俺に集中する。

 エドガーは口を半開きにして固まってしまう。 

 うん。猫だもんね。

 おかしいと思うよね。

 

 俺は彼の心中を察し、会釈を一つして我に返るのを待つ。

 そして面倒事がまた起きるのかと、俺は大きな溜息をついた。

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