第62話 ターニャとナエ

 ターニャが高熱を出して、何もできないまま夜になっていた。


 宿のベッドで横になっているターニャ。

 苦しそうに唸っている。


「ターニャ……」


 だが俺が声をかけると彼女は、ニコリと無理をして笑顔を向ける。


「どうしたの、アレン? 別にこんなのどうってことないよ」

「どうってことないって……」

「あはは。大丈夫だよ。だってアレンが何とかしてくれるんでしょ?」

「…………」


 ターニャは笑顔のままで、俺の右前足を握る。


「ね、アレン。私は信じてるよ。アレンが何とかしてくれるって」

「ターニャ……」


 俺は今彼女のためになにもしてやれることがない。

 いったい今の俺に何ができるって言うんだ。


 励ましてあげたら元気になるのか?

 手を握っていたら治るのか?

 

 そんなことをしたところで、リミットは刻一刻と迫っている。

 

 俺には何もできない。

 絶望感のようなものが胸を支配する。


 だけど――


 だけど、最後の一瞬までは諦めない。

 俺ができることなんて何も無いのかも知れないけど、諦めてやるもんか。


 絶対にだ。

 絶対俺が、ターニャを助ける。


 俺はその決意を、言葉にした。


「ああ。俺が絶対になんとかする。だから安心しろ」

「うん。分かってる。アレンならなんとかしてくれるって分かってるよぉ」


 熱で真っ赤になった顔で、これ以上ない笑顔を向けるターニャ。

 ふいに目頭が熱くなるが、俺は堪える。


「信じてるね、アレン」

「ああ」

「私のこと助けてね、アレン」

「ああ……」

「私と結婚してね、アレン」

「ああ……ああ?」


 ターニャはイタズラをした子供のように、舌をペロッと出している。

 こんな時にまで冗談を……


 俺は心配しながらも、軽くため息をつく。


「とにかく、安静にしてろよ」

「本当に全然大丈夫なんだけどなぁ」

「……とにかく休んでろ」


 俺は部屋を出て、隣で待つみんなの部屋に移動した。


「どうだった?」


 心なしか、少し心配そうな声でケイトがそう聞いてきた。


「ああ……大丈夫だって言ってるよ。強がりだと思うけど」

「……そうか」

「それで、ワクシリルのことどうするつもりなんだ?」


 壁にもたれてたままでセシルが続ける。


「俺の力で倒せないとなると……やはり勇者しかいないのか」


 悔しそうに俯くセシル。

 ヘレンが「まあまあ」と肩を叩いている。


「やはり、ナエさんに頼るしかないのでしょうか……?」

「いやいや……私にはそんなの無理ですよ……悪者と戦えなんて、そんな勇気ありません……」


 チェイスの言葉に拒絶反応を示すナエ。


「…………」


 誰も何も言わない重苦しい空気の中、時間だけが過ぎていく。


「ナエ」

「あ、はい」

 

 俺と入れ違いでターニャの介抱していたシフォンが部屋に入って来た。


「ターニャが呼んでいるわよ」

「?」



 ◇◇◇◇◇◇◇



「し、しつれいしまーす」


 恐る恐る、一人でターニャの部屋にやって来るナエ。


 ターニャは苦しそうに、ナエの顔を見る。


「ナエ……」

「ターニャ……大丈夫ですか?」


 あまりにも辛そうな彼女の表情に、ナエは駆け寄り手を握る。


「あはは……あんまり大丈夫じゃないかも」

「ターニャ……」

「本当はね、ずっと辛かったんだ……死の呪いを受けてから」

「?」


 ナエに笑顔を向け、話を続けるターニャ。


「私が辛そうにしてたらアレン、心配するから……」

「そ、それで平気なふりしてたんですか?」

「うん……アレンは優しいから、私が辛そうにしてたら、もっともっと心配しちゃってさ。ずっと付きっきりになっちゃうかも。あ、でもそれはそれで嬉しいかも」

「…………」

「私ね、別に死んでもいいと思ってるんだ」

「な、何言ってるんですか!?」


 ターニャの予想もしなかった発言に、大きな声を出すナエ。


「そりゃ死にたくはないけど……アレンの足かせになるようならここで死んで、自由にしてあげたいって思う」


 ターニャは真剣な表情で、ナエに力強く語る。


「でも、ダメなの。私は死んでもいいと思っているけど……アレンが自由に生きれるなら死んでもいいと思っているけど……だけどここで死んだら、アレンは一生私のことを引きずって生きていくことになる。死んでからもアレンの足かせになるのなんて絶対に嫌」

 

 ナエの手を力強く握るターニャ。


「だから……だからナエ、私たちを助けて」

「え……?」

「あの悪い奴を倒せる方法って、ナエしか持ってないんだよ」

「そんな……私」

「アレンが何も気にせずこれからも生きていけるように、ナエの力を貸して」


 命が尽きようとしているターニャの瞳に、これ以上ないほどの生命を感じるナエ。

 そしてアレンのために強がり、アレンのために生きようとしている彼女の勇気に、強さに心を熱くさせていた。


「私は何もできません! 特技なんて一つもないし、友達だって一人もいない……」

「ここに召喚された時点で優れてるって言ってたじゃない。ナエなら大丈夫だよ。それに、友達なら私がいるじゃない」

「ターニャ……」


 ターニャの力づけてくれる声に、優しさにナエは涙を流す。

 自分のことを友達なんて言ってくれる人なんていなかった。


 私は、ターニャを助けたい。


 だけど。


「でも、私には勇気がありません……ターニャみたいに辛さを誰にも悟らせず心配をかけさせないような強さなんてありません!」

「大丈夫……本当は勇気なんて誰にだってあるんだよ。ナエはまだ自分の勇気に気づいていないだけ。私だって、最初はアレンに好きだって態度を示すの怖かったんだ。でも、怖かったのは最初の一回だけ。その後は、当たり前みたいに気持ちを出せるようになったんだから。って言っても、アレンは気づいてなかったけど」

「私……私……」


 ターニャはナエの頭を優しく撫でる。


「大丈夫。ナエなら大丈夫だよ。怖いのは最初だけだから。自分の中の勇気を奮いだして……」

「ターニャ……ターニャ!」


 それだけ言うと、ターニャは気を失ってしまった。


 だが、ナエの心には勇気が灯り出していた。


 私に何ができるのかは分からない。 

 でも……でも、絶対にターニャを死なせたくない。


 自分ができることをやろう。

 自分だけができること……

 

 そしてナエは決意する。


「ターニャ。私、勇気を出します」


 ナエは立ち上がり、辛そうに眠るターニャに宣言する。


「私が……ターニャを必ず助けます!」


 そこには、もう怯えているばかりのナエの姿はなかった。

 勇気を奮い起こし、力強い瞳を持つ新たなる戦士の姿があった。

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