第54話 チェイス

 次の日の朝。

 取った宿で目覚める俺。

 宿は木造の建物で、ベッドが1つある。

 なんてことない平凡な宿ではあるが、素晴らしいことがあった。

 それは窓から見える景色、朝の海がこれ以上ないぐらい綺麗だということ。

 

 もう一つ部屋は取っていて、そちらの方でケイトとターニャは寝泊まりしていた。


 俺はシフォンのベッドに潜り込んで、彼女の胸の中で一晩過ごした。

 何というか……極上?

 もう寝心地が良過ぎて、気分爽快です。


「おはようございます、アレン様」

「おはよう。シフォン」


 なぜ俺がシフォンの寝床にいるかと言うと……

 ケイトとターニャが、俺の取りあいで喧嘩をするからだ。

 なので喧嘩をするぐらいなら、シフォンの部屋で寝ようと考えたから。

 旅先に来てまで喧嘩するなよな。


「少し、散歩に行きませんか?」


 俺はシフォンの提案に気持ちよく応じる。

 気持ちいい夜を過ごさせてもらった礼だ。

 いや、そんなの礼にもならないんだけどね。


 シフォンが着替え終えるのを外で待ち、彼女の胸に埋まりながら、海の方へと歩いていく。


「うわー。すごい綺麗だな」


 夜の海というのも綺麗だったが、静かで波の音だけが聞こえてくる眩しいぐらいの景色。

 朝の海も甲乙つけがたい素敵なものだった。


「死霊王との戦いが控えているなんて、嘘のような景色ですね」

「本当、この世の全てが美しさだけで構築されているような感覚だよ」


 死霊王とのこともネリアナのことも、全部嘘だったらいいのに。

 そう考えてしまうぐらい、美しい景色だった。


 だが、そうはいかない。

 俺はターニャを助けるために、死霊王ワクシリルと戦わなければいけない。

 嘘だったらいいと思うけど、現実はやってくるのだ。


「アレン様」

「ん?」


 シフォンは海辺を歩きながら、少し離れた場所で膝を抱えて海を眺めている少年を指差した。

 そのまま彼に近づいていくシフォン。

 

 むこうも俺たちに気づいたらしく、顔だけをこちらに向ける。


 肩まで伸びている茶色の髪。

 どちらかというと、可愛らしいと評価をされるであろう容姿。

 十分過ぎるほどに美少年と呼ばれれるぐらい綺麗な子だ。

 普通の男の子よりも小綺麗な恰好をしていて、上品さを感じる。


「はじめまして」

「はじめまして」


 さっきまで悩みがあるような顔をしていたが、シフォンが話しかけると笑顔を作り、明るく返事をする。


「あなたは……チェイスね?」

「はい。僕のことをご存じなのですか?」

「ええ。噂は聞いているわ」


 照れ笑いをするチェイスと呼ばれた男の子。

 そんな有名なの、この子?


 ニコニコ笑顔を崩さないチェイスに、俺は違和感を感じた。

 顔は笑っているのに、笑っていないような感覚。


 さっきまで憂鬱といった様子で海を眺めていた。

 どちらかというと、あちらの顔の方がこの子の本来の心境なのではないだろうか?


「で、君はなんで有名なのかな?」

「ええっ!?」


 急に話だした俺の言葉に、チェイスはズザザッと勢いよく後ずさる。

 ビックリするのは分かるけどさ。うん。


「ね、猫が喋った……」

「昨日、教会で動きがあると申し上げたかと思いますが……」

「ああ。言っていたね」

「彼がその動きの中心にいる人物なのでございます」

「へー」


 チェイスはいまだ俺に驚きつつも、照れて頭をかいていた。


「中心だなんて……僕は、都合のいい道具なんですよ」


 一瞬、淋しそうな表情を浮かべるチェイス。

 が、すぐ笑顔に戻り、話を続ける。


「よければ、お二人も見に来ますか?」

「あ? いいの?」

「はい。普通は見れないんですけど……喋る猫って面白いし、それに……なんというか、あなたたちには『縁』のような物を感じるんです」

「縁、ね」


 笑顔を崩さないままチェイスは、海に視線を移した。


「こんな出逢ったばかりの人に何かを感じるなんて、はじめてなんです。いや、長い時間一緒にいる人たちにでも、こんな感覚を覚えることはなかったです」

「……その気持ち、なんとなく分かるよ」


 ケイトにもそうだったし、シフォンにもそうだった。

 誰にも感じたことのない『縁』のような物を、俺も感じる。


 まるで切っても切れないような――運命の結びつき。

 出逢うべくして出逢う運命。


 そしてそれを、俺はチェイスにも感じている。

 なんでだろう?


「それでさ、今日って何をするんだ? 俺全然知らないんだけど」

「ああ、そうなんですね」


 チェイスは死の島を指差して、話す。


「現在あの島に、死霊王ワクシリルと言う化け物がいるようなのですが……」


 ええ。それはよく知ってます。

 今回俺たちがここに出向くこととなった元凶なのだから。


「その死霊王を倒す手段、それは現在の人間には失われてしまっているのです」


 うん。それもよく理解している。

 奴を倒すには、勇者のような光の力が必要だということを。


「だから……僕は奴を倒すために、やらなければいいけないのです」

「…………」

「勇者の召喚を」

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