第55話 召喚
女神像が見守る神聖な空間。
一つにつき、5人ほどが座れる長椅子があり、祭壇へ続く中央を避けるように、その椅子が左右に備え付けられている。
それが10列ほどあり、現在は誰も座っていない。
俺とシフォン、ケイト、ターニャは勇者の召喚とやらにチェイスの計らいにより立ち合いをさせてもらっていた。
貴重な体験をありがとう。
「だけどさ、なんでチェイスが召喚をするんだろう? 別に召喚する手段が分かっているなら、誰だっていいんじゃない?」
「あ、それ私も思う! アレンとは考えが合うなぁ~」
ターニャは俺を抱きながらニコニコしている。
「古代魔導書……アレン様はご存じでしょうか?」
「古代魔導書? まぁ、聞いたことはあるけど……」
古代魔導書――
俺たち人間が、マインドフォースに目覚める前に使用していたとされる〈古代魔術〉。
その古代魔術の使用法を記載されているのが、〈古代魔導書〉。
……うん。これぐらいしか俺は知らないな。
「昔の人間は自身の中にある魔力、〈オド〉を利用し、〈魔術〉によって大気中に漂う魔力〈マナ〉をあらゆる力に変換していたと言われています。しかし現在の人間は〈マインドフォース〉に適応した体に進化したので、当時の魔術に適した肉体を持っていないのです」
「海で暮らす生物が地上で暮らせるようになったけど、元の海では生活ができなくなった……みたいなものかな?」
「あ、その例え分かりやすいかも! アレンの言うことはマーリンばあばよりも分かりやすいな~」
マーリンばあばとか、地元ネタをぶっこんでくんじゃないよ。
マーリンばあばとか、村の住人しか分からないから。
「じゃあ、その古代魔導書なんてあっても意味ないんじゃないのか? 要するに使えないってことだろ?」
「いいえ。使用することは可能なのです。ただ、現在の人間が古代魔術を発動させると――命を失うと言われています」
「なっ!」
俺は驚き、大声を出してしまった。
周囲の司祭たちは、ジロリと俺たちを睨む。
「ちょっと待て……じゃあチェイスは、死んでしまうということか……?」
「普通に考えるのなら、そうでしょう」
古代魔導書さえあれば、誰だって召喚をすることができる。
召喚するのは誰だっていい……
どうだっていい人間にやらせればいい……ってことか?
チェイスは……死んでもいい人間ってことか?
俺は頭にカーッと血がのぼり、大暴れして召喚の儀式をメチャクチャにしてやろうかと考えていた。
が、シフォンが穏やかな口調のままで話を続ける。
「普通なら――そうでしょうが、彼は、特別な力を持っているようなのです」
「特別な力って……まさか」
シフォンは「はい」と短く頷く。
〈アルカナフォース〉――
チェイスも、アルカナフォースを所持しているのか。
「彼のアルカナフォースは、古代魔術をリスク無しで発動できるというものです。なので彼はみなから『奇跡の子』と呼ばれているようです」
「ふーん……しかし古代魔術を普通に使用できるようになる能力って、進化したのか退化したのかもうどっちか分かんないな」
「確かにそうですね」
クスリと軽く笑うシフォン。
「ですが、『リスク無し』で発動できた人間はいなかったようですし、ある意味では進化しているのではないでしょうか」
「進化と言えば、アレンも進化しているよな」
「あ、ああ……まぁドンドン強くなってるみたいだからな」
「違うよ。人間から猫に進化して愛らしくなった」
「それは進化じゃない。ただの特技ですから」
「愛らしいのが得意だなんて、アレンは私を癒すことに特化した進化をしたんだね~」
もう何も言うまい。
俺は頬ずりしてくるターニャの言葉を無視して、チェイスの出番を待った。
「では、これより、召喚の議を開始する」
司教と思わしき人物が祭壇でそう宣言すると、奥の左手にある扉が開き、チェイスが入って来る。
彼はわきに大きな本を抱えていた。
あれが、古代魔導書か。
そして祭壇の前で、入り口の方に向き、古代魔導書を開く。
「〈
チェイスが力ある言葉を発すると、彼の体が緑色の光に包まれる。
魔導書にかかれている呪文を唱えていくチェイス。
静かな緊張感が室内を支配している。
〈マインドフォース〉を使用するのに呪文は必要ない。
少なくとも、これまで出逢った人や冒険者の中では聞いたことないし、噂も聞いたことがない。
数ある古代魔術と比べてレパートリーという意味では圧倒的に不利なマインドフォースではあるが、利便性においては圧倒的だと俺は思う。
こんな長いこと呪文を唱えないと使えない魔術なんて、実戦じゃ使いいにくいだろ。
よくこんなので戦ってたな、昔の人は。
そんな思案をしているうちに、ようやくチェイスの魔術が完成したらしく、彼は左手で魔導書を広げたまま、右手を前に突き出した。
「
チェイスの目の前に魔法陣が現れる。
魔法陣は眩い光を放つ。
光は徐々に大きくなってゆき、目を開けないほどの光量を発する。
そして最後に一段と明るくなり――
今度は徐々に光が収まっていく。
「……え? ええ? あれ……ここ、どこですか?」
気が付くと魔法陣の中央には、眼鏡をかけた黒髪の女の子が座っていた。
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