第51話 ゾンビ

 夕方過ぎ、町の広場に大勢の人が集まっていた。

 大きな教会が正面にあり周りに商店があって、そこだけ綺麗に丸く穴を開けたような広場。

 教会の屋根上には塔のように突き出た部分があり、時間を知らせる鐘がある。


「なんだなんだ? 何があったんだ?」


 集まっている人々は、ほとんどが男性ばかりで、武器を手に取り鎧を着ている。

 みな、落ち着かない様子で、ゴクリと固唾を飲んでいる人もいた。


 ターニャに抱かれたままの俺は彼女を促し、彼らに近づいてもらう。


「ねえ、何かあったの?」

「何かって何がだ?」


 ターニャは中年のおじさんに声をかける。


「いや、だから何でこんなに人が集まってるのかなっ……て」

「お嬢ちゃん知らねえのか? いやな、ここんとこ毎日、死の島からモンスターがやって来るんだよ。そいつらと戦うために集まってんだ」

「へー、そうなんだ」

「ちなみに他のギルドから来た奴らも多いんだぜ。この町を守るために、緊急で招集したんだってよ」

「他のギルドからも……結構大ごとだな」


 なるほど。

 ワクシリルがこの町をモンスターに襲わせていて、それを守るために各地から冒険者が集まっていると。

 あまり町に被害が見当たらないところを見ると、まだなんとかしのげているみたいだけど……

 やって来だしたのは最近のことみたいだし、奴には何か計画があるのだろう。


「で、どうする、アレン」

「どうするって……まぁ、放っておくわけにもいかないよな」

「逆に放っておいて、滅んだ後にこの町を占領するってのはどうだい?」

「あまり物騒なこと言わないで下さい。ケイトが言うと、冗談に聞こえない時がちょくちょくあるから」

「だって、冗談で言っていないことも多々あるな」

「お願い、冗談にしといて! 占領なんて興味ないから!」

「分かってる。それは冗談だ」


 ケイトは海の方を指差し、短く言う。


「先に様子見に行ってみるか?」



 ◇◇◇◇◇◇◇



 俺たちは、再び海岸に来た。

 夕日が海に沈んでいき、なんとも幻想的な景色が広がっている。


 ターニャはそれを見て「わー」と驚きの声をあげていた。


「だけど、この海をどうやって渡って来るんだろうな?」


 ケイトの疑問に、俺も思案する。

 島からこの町まで、道も無ければ橋もない。

 島って言うぐらいだから当然と言えば当然だけど……

 だけどその当然の中、道なき道をどうやって渡ってくるのだろう。


「……泳いで来るとか?」

「そんな情けないモンスターの姿は見たくないな」

「確かに。じゃあ、俺みたいにテレポートしてくるとか?」

「稀にだが、空間を操作できるモンスターも存在するみたいだがな。それをニーデリクが吸収したから、あのゴーレムたちにも譲渡できたんだろうけどさ。だが、そんなモンスターがあんな場所にいるだろうか? そんな存在がいるなら、現魔王が放っておかないだろうさ」

「泳ぐのもテレポートもないとしたら……船で渡って来る?」

「……その可能性も否定はできないが……そんなことあるか?」

「うーん……分からん」


 とにかく俺たちは、モンスターが出現するのを待った。


 ケイトは俺を抱いて地面に座り、ターニャは貝殻などを探して時間を潰している。


「あーもう、どんどん見にくくなってきたんだけどぉ。ねぇアレン、火出してくれない?」

「いや、遊びに来たわけじゃないから」


 ターニャは特に文句を言うわけでもなく、素直に火を諦めた。


「敵は現れる気配なし……だけど、人は現れたみたいだよ」


 ケイトが町の方を見ながらそう言った。

 ぞろぞろと戦いの準備ができている人たちがやって来る。


「ねえねえアレン! 石、どれぐらい飛ばせる?」


 ターニャは足元にある平べったい石を手に取り、横投げでそれを放り投げる。

 すると石は海を小刻みに何度も跳ね、コーンと何かにぶつかった。


「あれ?」

「おいおい、何の音だよ」


 そう思い、俺は目を凝らして海を見た。


 すると石がぶつかった正体は――


 ゾンビだった。


 人間のような姿をしているが、青白い肌に腐った肉体。

 近くによると腐臭が漂うモンスター。


「ゾ、ゾンビ?」

「どこから来たんだ?」


 ケイトは立ち上がり、武器を手に取る。


 ゾンビは突然、何十匹と現れ地上に降り立つ。


「……まさか……海の底を歩いて来たのか?」

「どうやら、そのまさかのようだな」


 他の冒険者たちは何度も見た景色なので驚いている様子はないが、海から続々登場するゾンビに固唾を飲んでいた。


「で、どうする?」

「そりゃあ、やるっきゃないでしょ」

「だな」


 ケイトはコクリと頷いて、ゾンビの大群へと突撃する。


「お、おいあの女、一人で向かってるぞ」「やめろ! そいつらは危険だ!」


 危険と言っても、ゾンビは迷宮で随分倒したからなぁ。

 そんなに苦労しないでしょ。


 俺はそう考えながら、ケイトと併走した。


 ケイトは鎌を真横に振るう。

 ゾンビの首が落ちる。


「むっ!」


 他のゾンビが、意外と速い動きでケイトに襲いかかろうとし、ケイトの首に噛みつこうとする――が。


「私に気安く触れていいのは……いい男だけだ」


 ケイトの影から黒い死神が現れ、ゾンビを切り払う。


「お前みたいなゲテモノはごめんだね」


 ターニャは戦いが始まり、遠くから慌てた様子で叫ぶ。


「ちょ……私、逃げた方がいいよね!?」

「ああ。そうした方がいい」


 俺はゾンビに空中3段蹴りをお見舞いしながら、ターニャに答える。


 走り去って行くターニャ。

 冒険者たちも、ゾンビとの戦いに突入する。


「ケイト。俺は水中から来る敵の動きを抑える」

「ああ。だが、気をつけろよ」

「分かってる。ケイトも気をつけろ!」


 俺はビョーンと飛び上がり、くるりと回転し華麗に海中へとダイブした。

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