第39話 ソルト③
「もっとだ……俺はもっと速く動ける! 俺は速い! 速い!」
両手両足を地面につき、歯をむき出しにしてケイトを睨み付けるソルト。
「俺は――はええっ!!」
「!?」
先ほどよりも速く。
先ほどよりもするどく。
先ほどよりも力強く。
ソルトは飛翔するように突撃する。
その一撃は、鎌を持っているケイトの右腕を引きちぎる。
「くっ……反応できない」
血を流しながらソルトと横並びで走るケイト。
相手はケイトに視線を固定させ、いつ首に牙を突き立てようかとタイミングを窺っていた。
「うん!」
「なっ!?」
走るソルトの正面にサンデールが待ち構えていて、爪を横薙ぎに振り回す。
「言ったろ? こっちは一人じゃないって。よく周りを見ながら戦えよ」
ケイトはサンデールとソルトの位置を確認しながら走っていた。
ソルトがサンデールの方へ行くように。
相手が自分だけに集中しているのを理解しながら。
こいつは強いが、あまり頭はよくない。
そう考えたケイトの思惑通り、サンデールの方向へと誘うことに易々と成功した。
そしてサンデールの爪は――カウンター気味にソルトの胸を引き裂く。
「ぐっ――くそっ……くそぉおおお!」
胸に手を当てながら、ソルトはまたブツブツ呟きはじめる。
「俺は強い……そして速い……こいつらなんて……目じゃねえっ!」
〈
それがソルトの能力である。
自身が強いと思えば思うほどに。
自身が速いと思えば思うほどに。
ソルトの能力は高くなる。
この能力は単純なソルトにぴったりだった。
自分がただ強いと思うだけで強くなれる。
誰かにそう説明されたわけではないが、確実に強くなることだけを理解していたソルトはいつしか自己暗示のようなものをするようになった。
簡単だ。
ただ、自分が強いと思えばいいだけなのだから。
後の小難しいことなんてどうでもいい。
自分自身を信じるだけで、力は加速する。
立ち上がる黒いオーラ。
ソルトの力がまた上昇する。
「俺は――強ぇんだよっ!」
信じられないほどの速度で駆けるソルト。
野生的な反応速度を持つはずのサンデール。
その彼でさえ、ソルトの速度には反応できなかった。
「うんっ……!」
ボキボキッと骨が何本も折れ、口から血を吐き出すサンデール。
ソルトの頭突きがサンデールの腹に決まっていた。
「サ、サンデ――」
サンデールの名を叫ぼうとするケイト。
だがそれよりも迅く、ソルトはケイトの左肩に牙を突き立てる。
「ぐっ、この犬め……調子に乗るな!」
ドボンと影に沈んでケイトはソルトの牙から逃れた。
そしてサンデールの影から飛び出て、自身の影から黒い死神を現出させる。
「あの犬の首を掻っ切れ!」
漆黒の肉体に漆黒の鎌。
脚は無く、宙に浮いている。
死神は素早い動きでソルトとの距離を縮める。
「だからよぉ、イライラさせんじゃねえよ! 早く死ねやっ!」
振り下ろす鎌を余裕で回避するソルトは、死神の横をすり抜けて、ケイトに向かって走る。
が、またもやサンデールの存在を忘れていたソルト。
ケイトのすぐ後ろにサンデールがいるというのに、その存在を忘れてしまっていた。
大きく息を吸い込むサンデール。
自分の持てる力を集中する。
痛みに耐えながら身体をギリギリまで捻り、ソルトを迎え撃つ。
一直線にケイトに向かうソルト。
ケイトはニヤリと口角を上げ、死神を戻し、影に沈む。
結果、サンデールの正面へと駆ける形になるソルト。
そしてサンデールの必殺の一撃が繰り出される。
獣人の力を存分に発揮し、圧倒的な破壊力を持つ拳。
それはただの正拳突きではあったが、上級モンスターさえも一撃で葬る力があった。
拳はソルトの顔面を捉えた――
「!?」
――かのように見えた。
しかしソルトはそれをギリギリ回避し、拳は頬に触れながらも空振りする。
「喰らうかよ、このでくの坊がぁ!」
ソルトの頭突きがサンデールの顔面に決まり、ゴインと鈍い音がする。
鼻が折れ、意識を失ったサンデールはその場に倒れた。
シフォンの影から出て来たケイトは、驚愕する。
「想像以上の……化け物だ」
振り返り、ケイトを見据えるソルト。
ケイトは打つ手を失い、ただ立ち尽くすのみであった。
「ケイト……ちょっとケイト! あいつまだまだやる気みたいだよ!」
「ああ……どうやら、私たちの負けみたいだな。もうどうしようもない」
「んなっ!? なんでそんな簡単に諦めるのさ! まだ負けてないじゃない! さっきまでは勝気だったじゃないの!」
「いや……あれは無理だ」
歴然とした力の差を感じるケイトは、これ以上の抵抗は無駄だと悟る。
ターニャは焦りながらケイトに声をかけるが、効果はない。
その様子を見たソルトも、状況を把握する。
これは、いつもと同じだ。
自分の力にひれ伏す、いつもの雑魚らと同じだ。
勝利を確信したソルトは、ゆっくりとケイトへと近づいて行く。
「女ぁ。てめえにはメチャクチャイライラさせられたからな……簡単に死ねると思うなよ」
「ふっ……簡単に死ねるなら、死にたいものだよ」
これから与えられるであろう痛みを想像し、嫌な汗をかくケイト。
だが私は死ねない。
こいつの暴力に、死ぬような思いをして耐えなければならないのだ。
今までだって、何度も同じ経験をしてきた。
だが何度経験しても、痛みには慣れないものだ。
ほんの少しの恐怖を感じ、ケイトは身震いをする。
ソルトがケイトの目の前で立ち止まり、ニヤリと笑う。
「じゃあ……行くぜ」
拳を振り上げるソルト。
だが、その時――
ソルトの背後に、突然猫が現れた。
「ア……アレン!」
「はぁっ?」
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