第37話 ソルト①

 アレンが山へと向かった一方、アディンセルでは。


 ケイトが暇そうにあくびをしていた。

 それが伝播してしまったかのように、ターニャもあくびをする。


「ちょっと。あくびって移るんだからやめてよね」


 ちらりとターニャを見るケイトであったが、視線を山へと向ける。


「アレン、大丈夫かな?」

「あいつのことだ。問題ないだろ。アレンは誰にも負けないぐらい強いから大丈夫さ」

「何? 私アレンのことよく分かってますアピール?」

「そう見えるかい?」

「そう見えるけど」

「そう見えるように言ったからな」


 プンプン怒るターニャ。

 ケイトはそれを無視してシフォンに話しかける。


「どうした? 何か心配ごとか?」

「……大きな闇が迫っている」

「闇? ……アレンがそれを消しに行ったってことだろ?」

「いえ……あれとはまた別の……もっと大きな闇がこちらに迫っている」

「…………」


 ギャーギャー大騒ぎしているターニャとは対照的に、ケイトは静かに心を落ち着かせていく。


 もしシフォンの言った通りなら……

 いや、こいつが言うことは概ね正しいはずだ。

 そんなシフォンがそう言うのなら、本当に大きな闇がこちらに向かって来ているのだろう。


「アレン様とは入れ違いになったようね。向こうが下山している最中に、アレン様は山を駆け上った」

「……なんでそんなことになるかね。面倒な」

「あるいはそれが……運命なのかも知れないわね」


 シフォンの話を聞いたケイトたちは、村の入り口まで移動することに。


 現在、こちらに向かっている『闇』に対処するため、村に被害を出さないために外で迎え撃つことにした。


「ねえ……何が起ころうとしているの?」


 ケイトが放つピリピリした空気を察したターニャは、不安そうにそう聞く。


「お前は家に戻ってろ」

「何よ! 役立たずだと思っているの!?」

「ああ」

「くっ……」


 怒るターニャにケイトは冷たい声のままで言う。


「戦闘に関してはな」

「……えっ?」

「お前は戦いはできないけど……お前にしかできないこともある」

「わ、私にしかできないことって……何?」

「誰にだって帰る場所がある方がいいに決まっている。お前にはそれを守ってほしい。戦いに疲れても、お前のような熱……温かい奴がいてくれたら、アレンだって癒されるだろうさ」

「…………」

「私だって……お前のこと、嫌いじゃないよ」


 照れ臭くなり、ぷいっとそっぽをケイト。

 ターニャもほんの少し顔を染めていた。


「わ、私だって……あんたのこと嫌いじゃないし。アレンを譲ってくれるなら、仲良くしてあげ――」

「それは断る」

「返答早すぎ!」


 ターニャはまだケイトに何かを言おうとしていた。

 だが、そんな話をしている場合ではなくなってしまう。


「……来たな」


 突然の……いや、予想通りの来訪者に視線を向けるケイトとシフォン。

 サンデールも二人と同じ方向を見据えている。


「え? 誰か来たの?」


 三人の急な変化に戸惑うターニャは、視線の先を見つめる。


 そこに現れたのは、赤い髪と赤い瞳。

 灰色の肌をした男。首元には鎖がある。

 そして血に染まった右手には、フューリの頭部を逆さまにして持っていた。


 それを見てしまったターニャは、青い顔をして、逆の方向を向く。


「ちょ……何よあれ! 人のく、首持ってるよぉ!」

「……お前、誰だ?」


 ケイトの言葉に、イラッとする男。


「俺に質問してんじゃねえ……イラつくんだよ」


 嘆息して、ケイトはシフォンに聞く。


「あんたはあいつが誰だか分かるかい?」

「彼の正体は分からないけれど……一つだけ確かなことがある」

「?」

「彼も――運命の力を持つ者」


 シフォンの言葉に、目を丸くするケイト。


「あれも……アルカナフォースを?」

「ええ……ただ、友好的ではないから……気をつけて」


 苦笑するケイト。


「それだけは私にも分かるよ」


 背中の大きな鎌を手に取るケイト。

 サンデールも臨戦態勢に入る。


「なんだぁ? お前らもやる気かぁ? こいつもお前らみたいに、強気で俺に向かってきたがたいしたことなかったぜ」


 男はフューリの首をケイトたちの方に投げる。

 ゴロゴロ転がった首は、ターニャの目の前で止まり、目が合う。


「ひっ! ちょっと、こっち投げないでよ!」


 ターニャはまたくるりと振り返り、首から逃れるように男の方へ視線を戻す。


「そいつがどれだけ強かったか知らないけど……私たちだってそこそこのものだよ?」

「俺から見りゃ、大差ねえよ」

「へぇ……大した自信だね」


 苛立ちを募らせていく男。


「なんだその言い方は……ムカつくな、てめえ」

「癇に障ったのなら謝るよ。できる限り楽に殺してやるから、それで許してくれ」

「てめえっ……予定とは違うが……ぜってーぶっ殺す!」


 ふんっと鼻を鳴らすケイト。


「一応聞いておいてやるよ。あんたの名前は?」

「俺はソルト! 四大魔王の一人、テレサ様の僕のソルトだ!」


 男――ソルトは自身の名を名乗り、爆発するような勢いでケイトに向かって突撃を開始した。

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