第36話 ワイバーン

 竜の頭に蝙蝠の翼。

 緑色の巨大な体躯を持ち、宙を舞うモンスター。


 ワイバーン。


 なんでこんなモンスターがこんなところにいるんだよ。

 というか、なんで今の今まで気づかなかったんだよ、俺。


 木の上から下の方ばかりを気にしていたからだろうな……

 

 俺はワイバーンから隠れるように、木の裏に移動した。

 が、むこうは俺を標的にしているようで、痛いぐらいの視線を感じる。

 頼むからどっか行ってくれ。


「?」


 ワイバーンは動きを止め、こちらを向いてバサバサと翼を羽ばたかせている。

 何かするつもりなのか? とそう思った瞬間――


 奴の翼から輝く風が一閃となり俺に向かって飛翔する。


「なっ!?」


 俺は横に飛び、それを回避する。

 剣のような風は、何本もの木々をなぎ倒していく。


「……あっぶねー」


 安堵の息を吐くも、ワイバーンは攻撃の手を休めない。

 再度、翼から風を生み出し、俺に向かって解き放つ。


 俺は大地を駆け、ワイバーンを中心にぐるぐると走る。

 何発も放たれる風の剣。


 ワイバーンの真下には盗賊の住処があり、その周囲の木々がドンドン切り刻まれていく。


「猫相手に大人げないんだよ! そんだけでかい図体してるんなら、ドンとその体で勝負しろっ――って」


 俺がそう叫ぶと、ワイバーンは背後に一度後退し、ギュンと加速してこちらに向かって突撃してきた。


「本気にしてんじゃないよ! 俺は……猫だぞ!」


 相手は自分の周囲にマナを張っている。

 〈幽体回避ゴーストムーブ〉では対処できそうにない。


 咄嗟にそう考えた俺は全力で横っ飛び、ワイバーンの突撃を避ける。

 ズドーンと地面に突進するワイバーン。

 大木ごと大地をグシャグシャにしてしまう。


「なんて破壊力だ……手加減しろっての」


 ワイバーンは空高く飛翔し、また風を放ってくる。


 間髪入れず、何度も襲い来る風。

 そして――突撃。


「このっ――」


 だが俺もやられっぱなしで黙っているつもりはない。

 そんなにやる気なら、こっちだってその気になってやる。


 猛スピードでこちらに飛翔してくるワイバーン。

 俺はピタリと動きを止め――


 回し蹴りのカウンターをお見舞いする。


「ガァアアアアアアッ!!」


 跳ね返される形で、空へと戻っていくワイバーン。

 翼で体勢を維持しながら、頭をクラクラさせている。

 頑丈そうな牙は折れ、口から青い血をドバドバ垂れ流していた。


 俺は〈悪魔像の翼ガーゴイルウイング〉で宙を浮き、ワイバーンの目の前まで移動する。


「おい。あんまり調子に乗るなよ。俺は猫の姿をしているけどな――」


ワイバーンに前足で触れ、〈吸血蝙蝠の摂取ドレインタッチ〉で生命力を吸収する。


「ハッキリ言って、メッチャ強いんだぜ」

「ガァアアアア……」



 ワイバーンの体からふっと力が抜ける。

 

 そこで俺は先ほど手に入れた能力で追撃を仕掛けた。


「〈魔犬の鎖バーゲストチェーン〉!」


 右前足から生まれた鎖でワイバーンの頭をはたく。


 ズドンと勢いよく地面に突き刺さるワイバーン。

 俺はゆっくりと下降していく。


 ふらふらとクレーターから出て来るワイバーン。

 が、出てきた正面に俺の姿を視認し、たじろいでいる様子だった。


「グゥウウッ……」

「…………」

「グゥオオオオオッ!!」

 

 最後の力を振り絞り、ワイバーンは翼を広げ風を生み出そうとする。

 

「〈万物強化アッパード〉」

「オオオ――!?」


 しかし、俺の強化された〈魔犬の鎖バーゲストチェーン〉が地面から3本生え、奴の体に絡みつく。


「グオオオオオオオオッ!!!」


 鎖がワイバーンの体にめり込んでいき、少しずつ血が絞り出されていく。


「なんでこんな場所にやって来たのかは知らないけど……」


 後ろの二本足で立ち上がり、深呼吸する。


「俺を相手にしたのは運が悪かったな」


 連打。

 俺は力の限りワイバーンの体に、数えきれないほどの拳……もとい猫パンチを叩き込んでいく。


「あちょーぉぉおおお!!」

「グォオオオオオン!!」


 鱗が剥がれ、体中から血を噴き出すワイバーン。

 最期は大量の血を吐き出し、ズシンと崩れ落ちた。


「ふー……」


 俺は軽い運動をした後のような、心地よい汗をかいていた。

 左前足で額を拭い、ワイバーンの死体を見下ろす。


 死体はふわっと淡い光に変化し、俺の体内に吸収されていく。


 最後の確認で、俺は周囲をくまなく調べる。

 もういないよな?

 もう出てこないよな?


 モンスターが残っていないか、宙に浮いてよく見ておく。


 さすがに残りはいないようで、俺は安心して元の場所へと戻った。


「…………」


 盗賊の住処に入り、ぐるりと見て回る。

 清潔からはほど遠い場所だけど……悪くないかも。


 これから住む場所を探していた俺には、よい物件に思えていた。


「住むにしても、まずは綺麗にしてからだよなぁ。ここも……外も」


 外に出て、周囲の様子を見る。

 凍り付いていたり黒焦げになっているバーゲストの死体の数々。

 同じモンスターは最初の一匹だけ吸収できるが、後はこのように残骸として残ってしまう。

 ついでに吸収して消えてくれたらよかったんだけど……


 これは始末するのに苦労するぞ……


 戦いの疲れもなく、俺は結果をみんなに報告するために村へと戻ることにした。


 住処が見つかったって、みんな喜んでくれるだろうか?


 俺はほんのりワクワクした気分で〈空間転移テレポート〉を使用した。

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