第33話 ネリアナと盗賊③

「ねえ、念のためというか……確実に女を殺したいのだけれど、何かいい方法はないかしら」

「なんだ? 俺が失敗するとでも思ってるのか? んん?」

「そうじゃないわ。ただ、保険をかけておきたいのよ」


 テーブル席で出されたコーヒーを口にしながらネリアナはフューリと会話していた。

 ヌールドとノードも席についてはいるが、二人には何も出されていない。


「…………」

「んだよ、んん?」

「な、なんでもない……」


 酷い扱いに怒りを覚えるヌールドだったが、自分よりも確実に強いフューリに何も言えないでいた。

 

「そうだな……じゃあ毒でも使うか?」

「毒……それって、どういう物なのかしら?」


 フューリが部下に「おい」と一言かけると、その男は別の部屋へ行き、そそくさとある物を手に持って来た。


「……吹き矢?」

「おう。それとこれが『ヒュドラの毒』だ」

「ヒュドラの毒……」


 フューリは小さな瓶をネリアナに手渡す。

 透明な水にしか見えない液体が中には入っていた。

 だがそれは、大型モンスターのヒュドラが持つ猛毒。

 一滴で人を殺すことができるという代物だった。


「……これをあの女に吹き付けることができたら」

「まぁ……いちころだろうな」


 ニコリと微笑むネリアナ。


「素敵な提案ね。じゃあ、次は誰が実行するかね」

「そりゃ、お前さんらの誰かに決まってんだろ。俺たちが相手をするのは獣人だ。女のことはそっちに任せる」

「そう……なら、ノード。お願いできるかしら?」

「はぁ!?」


 ノードは怒気を含んだ声をあげる。


「なんで俺様がそんなことしなきゃならねえんだ!」

「まず、私はあの村の出身なんだから、そんなリスキーなことはできない。次にヌールド。さすがにこの腕じゃ、荷が重すぎるじゃない」

「……断る」

「…………」

「俺様はそんなつまんねーことはしねえ」

「つまんない男がなに言ってんのよ」

「てめぇ……ネリアナ!」


 ガタッと椅子を倒し、立ち上がるノードはネリアナを睨み付ける。

 

「なんだ、お前はネリアナの決めたことに文句があんのか? んん?」


 ゆっくりとフューリも立ち上がる。

 フューリはノードよりも大きな体躯で、彼を冷徹な目で見下ろす。


「文句あるに決まってんだろうが!」

「だったら――俺に勝ってから文句言えや!」


 大きな右手がノードの首を掴む。


 〈強奪する右腕シーフガントレット〉――

 

 フューリは自身のマインドフォースで、ノードの力を吸い取っていく。


「な、なんだ……力が」


 力が失われていくノード。

 フューリは力を使うのをほどほどにして、ノードを殴りつける。


「がっ――」


 物凄い勢いで壁に衝突し、酒瓶だらけの床に倒れるノード。

 あまりの威力に脳震盪を起こし起き上がれないでいた。


「つ……つええ……」


 ノードは恐怖していた。

 さっきまではこいつよりも自分が強いと思っていたのだが……

 それは思い違いだった。


 アレンのドリンクを飲んでいた頃――世間で最強だと言われていたあの頃の自分よりも強い。

 そう確信したノードは、ただ強者に畏怖の念を抱いていた。


「まだ文句あんのか? んん?」

「わ、悪かった……ネリアナの言う通りにするよ」


 引きつった顔で笑顔を浮かべるノード。

 内心怒り狂いそうであったが、自分よりも強い相手に逆らえるわけもなく、ただ愛想笑いをするしかない。


 その様子を見て、ネリアナは静かに邪悪な笑みをこぼす。


 世界は私を中心に動いている。

 全て私の思い通りよ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 建物から出たネリアナたち。

 盗賊たちとヌールドにノードが、フューリとネリアナの前に立っている。


「今日もいつも通り行くぞ。必要な分だけあの村からいただく。お前らがやられたという獣人は俺に任せろ! いいな!」

「おお!」

「じゃあ、ノード。よろしく頼むわね」

「……ああ」


 面が割れないように、フード付きのマントを羽織っているノードは一人山を下り始める。


 フューリたちが正面で暴れている間、先に村に侵入しておいたノードがケイトを殺すという作戦だ。

 見た目はただの冒険者なので、村人たちも警戒しないだろうというネリアナの考えである。


 そしてノードが単独で下山を開始してから30分後。

 フューリたちの進軍が開始されようとしていた。


「そろそろ行くぞ野郎ども!」

「おおっ!!」


 盗賊たちが踵を返し、村に向かおうとした。


 が、その時。


「……誰だ?」


 盗賊たちの目の前に誰かがいる。


 それは人間のようにも見えたが、人間ではない生き物。

 上半身裸で下は黒い鎧の下半身部分を身に纏っている。

 赤い頭髪に赤い瞳。

 肌の色は灰色。

 首にはジャラリと短い鎖が繋がれている。


「なんだお前らは?」

「は、はぁ? そりゃこっちのセリフだ! お前こそ誰だ!?」

「イライラすんなぁ……聞いてんのはこっちなんだよ!」


 男が振るった左腕は、先頭にいた盗賊の上半身を吹き飛ばしてしまう。

 吹き飛んだ体は木にぶつかり、そこら中に血をぶちまけてた。


「なっ……なんだこいつ! 化け物か!」

「でけえ声出してんじゃねえ! 俺をイライラさせんな!」


 盗賊たちは、あまりにも異質な存在に恐れをなし、男から距離を置いていた。

 だが、その男に向かって堂々と歩み寄るフューリ。


「ちょ、大丈夫なの?」

「んん? あんなのは俺に任せろ。俺は……世界一強いからな!」

「ああ? 世界一だぁ? 聞き捨てならねえな……」


 バチバチと火花を散らす男とフューリ。

 ネリアナたちはゴクリと固唾を飲んで二人の対峙を見つめていた。

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