第18話 死神

 ケイトの体から、止めどなく血が溢れ出している。

 背骨が突き出し、内臓が飛び出し、心臓がむき出しになっていた。

 死んでいる……


 ケイトが――死んだ。

 

「…………」


 俺は言葉を失い、ただ彼女の遺体を見つめていた。

 目頭が熱くなり、胸から込み上げるものがある。


 だけど。


 今は目の前の敵を倒さないと。


 今すぐケイトの下まで走り、彼女の下で悲しんであげたい。

 

 でも、すぐにそれはできないんだ。

 俺だって……こんなところで死ぬわけにはいかない。


 ゴーレムは俺の目の前で背中を向けている。

 拳を強化し、奴の腰部分に突き出す。


「!」


 しかし、ゴーレムはまた姿を消した。

 見えなくなった。

 そこにいなくなった。


 今度は俺の背後にいる。


 これは……スピードが速いとかそんな次元の話じゃない。

 その場から完全に消えてしまっている。

 瞬時に別の場所に移動したんだ。


 ……こいつも空間能力を持っているのか?

 瞬時に空間を移動している?


 後ろから襲い来る拳を、俺は飛び上がり避けた。

 拳を追尾するように、黒い光が見える。


 やはりそうだ。

 下にいたゴーレムと同じ系統の能力。

 こいつは空間を……移動する能力か。


 ゴーレムの顔がこちらに向くと、奴はまた姿を消した。

 俺の下に、大きな影が落ちる。


「今度は上か!」


 俺は能力で横に飛翔する。

 ズドンと、地面に落ちるゴーレム。

 俺を下敷きにするつもりだったのか。


 俺を見て奴は移動して来る。

 だったら……認識できないぐらいの速度で飛び回ってやる!


 〈万物強化アッパード〉で〈悪魔像の翼ガーゴイルウイング〉を強化。

 

 俺は閃光となり縦横無尽に部屋中を飛び回る。

 

「!!」


 ゴーレムは俺の動きを捉えきれず、顔を上下左右に猛スピードで動かしていた。


「喰らえ!」


 俺はゴーレムに蹴りを放つ。


 しかし、俺の攻撃に反応したゴーレムは空間移動でそれを避けてしまう。


 俺は地面をスライディングする形で停止し、ゴーレムが現れた方向を睨む。


 攻撃に転換する時、俺の姿を捉えたのか。


 なら――もう一度だ!


 再度俺は、稲妻の如く速度で飛翔する。


 ゴーレムはまた俺の動きについてこれていない。

 

 攻撃の瞬間に速度が落ちる。

 ゴーレムはその刹那に俺を認識して避けてしまう。


 ならば、認識させなければいいんだ。

 俺には、それができる。


「これで終わりだ!」


 俺は攻撃に移る瞬間――


 猫の姿に変身した。


「!!」


 こちらの狙い通り、小さくなった俺をゴーレムは認識できていないようだった。

 小さくなったから認識できなかったのか、元の姿と違うから認識できなかったのかは知らない。


 とにかく、相手は俺を認識できていない。

 完全に見失っていた。


 俺は猫の姿のまま、ゴーレムの背中から突進する。


「〈空間裂断ディストーションブレイド〉!」

 

 俺の体の周りの空間が捻じれ曲がる。

 黒い弾丸となった俺の全身は、ゴーレムの体に穴を開けた。

 

 いともたやすく、チーズに釘を刺すぐらい簡単に開く。


 俺はゴーレムの方に振り向くことなく、ケイトの倒れている場所まで飛んだ。

 背後でゴーレムが倒れる音がする。


 人間の姿に戻り、ケイトの遺体の前で膝をつく。


「ケイト……守ってあげられなかった……ごめん……」


 俺は抑えきれずに涙を流す。

 拳を握り地面を殴りつけた。

 だがそんなことをしても、ケイトは帰ってこない。

 もう死んでしまったのだ。


「……悪いと思う……のなら、体を治してほしいんだがな」

「……え?」

「早くしてくれ。痛いんだ」

「……えええっ!?」


 完全に、完璧に死んでいるはずなのに、生きている。

 いや、見た目だけの話ではあるけど……どう考えても生きているわけがない。

 生きていられるわけがないのに。

 生きていた。


「……アレン」

「あ、ああ……」


 〈妖精の癒しフェアリーヒール〉。

 フェアリーから手に入れた癒しの術。

 これを〈万物強化アッパード〉で最大強化。


 ケイトの失った部位に手から溢れる光を注ぐ。

 気持ち悪いぐらい気持ちよく治っていく体。


 まだ彼女が生きていることが信じられない俺は、ポカンとその美しい裸体を見つめていた。

 ケイトは顔を赤くして、背中を向ける。


「よ、よければだが、服を貸してくれないか……」

「あ、ごめん」


 俺は服をそそくさと脱いで、ケイトに渡す。

 後ろを向くと、背中でケイトが服を着る音が聞こえてくる。


「……私が死んだと思ったか?」

「思った。すごく悲しかった……生きてくれていて嬉しいよ」

「……もういいよ」


 俺はケイトと向き合い、彼女の体をもう一度確認する。

 自分の能力で治したからだが、新品で綺麗な体に戻っていた。


「……これが、私の能力だ」

「能力?」

「ああ。私のアルカナフォース〈虚ろなる死神デス〉」

「〈虚ろなる死神デス〉……」


 コクリと頷くケイト。


「私には生と死の境界線がない、虚ろな存在なのさ。生が無い。ゆえに死も無い。〈虚ろなる死神デス〉の能力……いや、これは呪いだ。私を200年以上現世に繋ぎ止める、憎き呪いなのさ」

「…………」


 儚く生を感じさせないケイトの瞳。

 自身の能力を恨めしく語った彼女を、俺はただ見つめるしかできることがなかった。

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