第17話 21階層

 フリーズドラゴンを吸収したことによる恩恵か、氷に覆われたこのフロアで寒さを感じなくなっていた。


 身体を擦りながら白い息を吐くケイトはそんな俺の様子に気づいたのか、ジト目で見てくる。


「……ズルいな」

「ズルいのは能力であって、俺はズルくないからね。とにかく、さっさと上のフロアへ向かおう」

「そうだな……ここは寒すぎる」


 フリーズドラゴンと戦ったのは中央付近だったらしく、また数分歩くと扉があった。

 重たい扉を開くと上へ続く階段があり、さっさと退散するようにケイトは駆け上って行く。

 俺は自分のペースで階段を上がる。


「はぁ……ここは天国だよ」

「寒くないだけで、天国ではないと思うけど」

「住めば都と言うだろう。寒くないだけで十分さ」

「住まないから。こんなところに住まないからね」

「けど、お前だって寝泊まりしているじゃないか。私に関しては半年以上だ」

「…………」


 何も言えなかった。

 住むつもりはないけれど、不本意ならがこの迷宮で数日過ごしているもんな。

 ああ。早く出たい。

 早く出て、温かいものを食べて、温かい布団で眠りたいよ。


「ここは安全そうだな……」

「ああ……それにほら。あっちの方でまた水浴びできそうだ」

「……本当だ」


 割れた壁から水が出ていて、くぼんだ地面に水が溜まっている。

 水も綺麗なようで、ケイトは抵抗なくそれを口に含み喉を潤わせていた。

 周囲にモンスターは見当たらず、完全に安全地帯のようだ。


「じゃあ、水を浴びるよ」

「了解」

「……だからこっちを見るなよ」

「り、了解」


 覗くつもりはなかったが先に釘を刺された。

 俺は前科ありだから何も言えなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇


 

 十分な睡眠をとり目を覚ますと、ケイトはまだ眠ったままだった。

 

「…………」


 すうすう寝息をたてているケイトの顔を、静かに覗き込む。

 あらゆる角度から覗き見る。


 うん。どこからどう見ても美少女だな。

 これを美少女と判断しない人間がいたら、俺は美的センスを窺うね。

 ま、感性なんて人それぞれだからいいけど。

 でも、100人いたら95人はケイトのことを綺麗だと判断するだろう。

 多分……ネリアナより可愛いと思う。

 いや、これも俺の感性なんだけどさ。

 俺の感性だけど、何時間見てても飽きない美しさ。

 まさに芸術的だと思う。


「……おい」

「え?」

「何をそんな真剣な眼差しで私を見つめているんだ」


 ほんのり顔を赤くしてケイトは目をパチリと開ける。

 目を覚ましてたのかよ……恥ずかしい。


「いや……綺麗だなって思って」


 ケイトには言い訳が通用しないと思った俺は、正直に自分が感じたことを話した。

 分かりやすいぐらい顔を赤くしている彼女はゆっくりと起き上がり、俺に背を向ける。


「さ、さっさと上へ向かうぞ。こんなところに長い事いるから調子がおかしくなってしまった」


 ケイトは早口でそう言うと、早歩きで上階へ進む階段を探しに行ってしまう。

 そんなに照れることかな?

 ……俺もカッコいいなんて言われたら照れるな。


 この階層も迷宮になっていなかったので、すんなり階段を見つけることができた。

 まだ少々顔が赤いケイトと共に階段を上がって行く。


 今度はいつもより長く感じる階段。

 いや、実際に長い。

 ぐるぐる螺旋階段を上がって行き、ようやく上へと辿り着く。

 

 辿り着いた先には――


 また巨大な扉がドンとあった。


「また扉か……やはり危険な臭いがするな」

「あ、ケイトもそう思う? 今までとはちょっと空気が違うよな」


 閉じているはずの扉の中から、不穏な空気が漏れているような気がした。

 開けてはならないと心の中で警笛が鳴っている。


 危なく怪しい空気が果てしなく漏れまくっていた。

 なんか入りたくないなぁ……


 だけど、外に出るためにはここを超えなきゃいけない。

 なので問答無用で進むしかないのだ。


「よし。行くか」

「ああ」


 俺は力を込めて扉を開く。

 中から寒気を覚えされる気配をひしひしと感じる。


 固唾を飲み込みながら、奥を覗き込む。


 いる。

 すぐ目の前に、危険だと感じる正体が。


「あれは……ゴーレム?」

「そのようだな。だけど、途中にいた奴とは色が違うな」


 そこにいたのは、ゴーレムだった。

 先日戦ったのは青白いゴーレムだったが、ここにいるのは黒色のゴーレムだ。

 

「どう考えても、楽には勝てそうにないよな」

「楽に勝てるような者を、こんなところに配置しないだろうさ」

「だよな」


 俺たちが部屋に足を踏み入れると、ゴーレムの目に赤い光が灯る。


「いきなりかよ!」


 そう叫んで構えた瞬間だった。


 ゴーレムの姿が消え失せる。


「えっ……消えた?」

「真横だ、アレン!」

「なっ!?」


 俺の真横に、ゴーレムが現れた。

 突如、突然、唐突に現れた。


 振り下ろされる大きな拳。


 緊急回避。

 俺は転がるように前方に向かって避けた。

 

「!!」


 しかし――


 ゴーレムの拳はケイトの体に突き刺さった。

 

 突き刺さった拳は彼女の体をえぐり取り、大きな穴を開ける。


「ケイト……ケイト!!」


 腹部から胸のあたりまで失ったケイトは、倒れたまま動かなくなってしまった。

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