第10話 13階層

「ガァァァア!」


 ガーゴイルの大群が、俺に向かって爪を突きたてていた。

 しかし、〈幽体回避ゴーストムーブ〉を発動している俺にその爪は届かない。


「〈人型植物の悲鳴マンドラゴラボイス〉」


 俺の口から発せらせる超音波に、数匹のガーゴイルが絶命する。

 耳を押さえながらバタバタとその場に倒れていく。


「〈蜘蛛の糸スパイダーネット〉」


 前足から飛び出す蜘蛛の糸は複数のガーゴイルを包み込み、身動きを取れなくする。

 動けなくなったところを、一匹ずつ突進を繰り返し確実に仕留めていく。


「もっとこう、見栄えのいい倒し方ができないのかしら?」

「今ある俺の能力ではこれが限界だ。俺だってもうちょっと様になる戦い方がしたんだけどね」

「猫なんだから可愛い倒し方でもいいと思うけど。例えば肉球でやんわりと癒し殺すとか」

「癒すのか殺すのかどっちかにしようよ。そんな絶妙に神技みたいなことできる自信ないです」

「だったら私には極上の癒しを提供して、敵は完膚なきまでに殺してちょうだい」

「……俺には肉球ぐらいしかないけど、それで癒せる?」

「私を満足させるためにもっと努力してくれない?」

「まるで嫁みたいな言い方だね!? 俺たちってどんな関係だったっけ?」


 ケイトは視線を上に向けて、思案顔になり「仲間?」と一言呟いた。

 とりあえずは、その認識で間違いないと思う。

 だから君を満足させる努力など必要ないのだ。

 だって俺たちは仲睦まじい恋人の契約など交わしていないのだから。


「ねえ」

「んん?」

「階段、あったよ」


 長時間同じフロアをグルグル歩き回り、ようやく上へと続く階段を見つけた。

 まともな光が無いため、ほんのり光る魔石の灯りを頼りに進んでいるのだ。

 というかこの子、なんでタイマツを持っていないんだよ。

 こんな迷宮に侵入するのなら、灯りは必要でしょう。


 まぁ俺も人のことを言えないが。

 だってリュックの中身は、エナジードリンクぐらいしかまともな物が入っていないのだから。


「入る時に真っ暗ってわけではなかったからいけると思ったのよ」


 こいつ、また俺の表情から考えていることを読んだな。

 

「俺もこんな長期間、彷徨うことになるとは思ってなかったしな。ここに侵入する時同じ考えだったよ」


 俺たちは同時に階段を見上げる。

 そこは螺旋階段のようになって、上の方が全く見えなかった。


「〈悪魔像の翼ガーゴイルウイング〉」


 〈悪魔像の翼ガーゴイルウイング〉を発動すると浮遊感を覚え、体がふわっと浮く。

 実際に翼が生えるわけではないが、飛翔能力を得ることができる。


「最初に落ちた崖を探して、この能力で上がって行こうかな」

「そんなことしてもお前の為にならない。ここでじっくり実力を蓄えておかないと。……それに私を置いて行くな」

「後半が本音だよね?」

「ああ……寂しくて死ぬぞ?」


 そんな繊細な生き物でしたっけ、あなた?


 俺はふわふわと浮きながら上昇して行く。

 して行くと、上階の明かり……にしては激しすぎる赤い光が視界に入ってくる。


「…………」


 明かりの正体は、グツグツと燃える真っ赤なマグマであった。

 このフロアの半分ほどは、マグマに覆われているようだ。


「ちょっと……なんでこのフロアだけこんなマグマが発生してるんだよ」

「そんなこと私が知るわけないだろ。魔王が作った塔なんだ。不思議があってもおかしくない」

「魔王って理由だけで納得できる代物じゃないんだけど……」

「そのうちお前も作れるようになるんじゃないか?」

「いや、そんな能力求めてませんから」


 呆れてマグマ地帯を見渡してみると、そこら中に轟々と全身に炎を纏う犬型モンスター、ヘルハウンドがいた。


「今度はヘルハウンドか……足場は浮いてるからいいとして問題はどうやって倒すかだな……」

「問題はもう一つあるよ」

「もう一つ? 何?」

「……私は浮けないんだが」

「……マグマを避けて歩いて下さい」


 俺は嘆息し、ヘルハウンドに視線を戻す。

 あんな燃えている身体に直接触れない……

 というか、触りたくもない。


 だったら遠距離攻撃を仕掛けるしかない。


「〈人型植物の悲鳴マンドラゴラボイス〉」


 超音波がヘルハウンドを襲い、敵はジタバタともがき始めた。

 一撃では倒せないか。

 だったら、倒れるまで当て続けてやる。


 再度ヘルハウンドに対して超音波を発する。

 ビクビクと痙攣を起こし、力尽きるヘルハウンド。

 その死体は粒子となり、俺の体にまとわりついた。


「アレン、危ない!」

「へ?」


 別のヘルハウンドが俺の死角から近づいて来ていたようで、至近距離で口を大きく開け、激しい炎をまき散らす。


「!!」


 反応できずに炎の直撃を受ける。


「アレン!」


 熱さに汗だくになっているケイトが、珍しく声を張って俺の名前を呼んだ。


 これ……終わったな。

 猫の体でこんな炎耐えきれるわけがない――


「……?」


 だが、体が熱に包まれるような気配は一向に訪れなかった。

 炎どころか、熱さを感じなくなっている。


 おかしいぞ。マグマ地帯だぞ。


 自分の体を確認してみると……

 炎に包まれているのに、肉体には一切影響が出ていなかった。

 燃えるどころか、火傷一つ負っていない。


「……どうなってんの?」


 ケイトは安堵のため息をつきながら、何か閃いたようだった。


「ヘルハウンドを吸収したからじゃないか?」

「……ああ。なるほど」


 さっき倒したヘルハウンドの能力……炎に包まれた体、か。


「ようするに、俺にはもう炎が通用しないってことか」

「みたいだね……ドンドン人間離れしていくね、アレンは」


 嬉しいのやら悲しいのやら。

 だが弱点が無くなっていく過程は楽しくて、妙にウキウキしている自分がいた。

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