第9話 最強パーティー、コルネスにて
それは夜の出来事。
アレンがリバイロードの迷宮を脱出しようと適度に奮闘している時、コルネスというほどほどに大きな町で、ネリアナは涙を流していた。
「嘘だろ……アレンが死んじまったってのか……」
「ええ……私の大好きなアレン……モンスターに首を切り落とされて……」
冒険者が仕事を斡旋してもらう、冒険者ギルド。
その冒険者ギルドに備えられている酒場でネリアナを中心に冒険者が20ほどいる。
テーブルがいくつもあり、みなビールをそこに置いてネリアナの話を聞いていた。
店のマスターもカウンターの中で聞き耳を立てている。
ネリアナは冒険者たちの中心で涙を止めどなく流し続けていた。
もちろん、心の中ではニヤリとほくそ笑んでいるのだが。
その隣ではヌールドたちが俯き、拳を握って悔しそうに顔を歪めている。
ネリアナのように涙を流せないヌールドたちは、出来る限り怒りと悲しみを露わにしていた。
「くそ! 俺がもっと華麗に助けることができていたら……」
「自分を責めんじゃねえ、ヌールド。俺様だって何もできなかったんだ」
4人の悲壮な演技に、冒険者たちは残念そうに肩を落としていた。
冒険者のみんなは、アレンのことが好きだったのだ。
「アレン……あいつのドリンク、美味かったよな」「ああ。いつも頼んでもないのにコップに注いでくれて……優しい男だったよな」「私、アレンのこと好きだったのに」
「…………」
意外なアレンの人気に、ヌールドたちは戸惑っていた。
これは、自分たちが殺したことがバレたら大変なことになるぞ。
ゴクリと唾を飲み込み、沈黙を選択するヌールドたち。
だがネリアナだけは違った。
「なんで……なんで死んでしまったの、アレン!」
地面に膝をつき、両手で顔を覆うネリアナは、大量の涙を流す。
真実には程遠い、嘘の涙を。
「ずっと一緒だって……私がおばあさんになってもずっと一緒だって言ってたのに!」
ネリアナの演技に、その場にいる冒険者たちは鼻を啜り出す。
涙を流す者もいる。
みんな、ネリアナに同調して悲しみの渦に飲み込まれていたのだ。
自分で罠にはめておいてこれだけ泣けるだなんて、女とは怖いものだ……
ヌールドは、俯き加減でネリアナに視線を向けながら、彼女の演技力に脱帽していた。
そしてそれと同時に、ここにいる冒険者の中でもひときわ美しい女性を見つけ、彼女にもチラチラと視線を送っている。
ネリアナと比べれば劣る容姿ではあるものの、十分な美女。
ヌールドは彼女と一夜を共にすることを決める。
彼女も悲しんでいる様子だし、アレンのことを餌にして近づいてやるさ。
アレンは美しいものに弱い。
それは物であろうが人であろうが、美を感じさせるものにならなんにでも高揚してしまうのだ。
「…………」
ネリアナに視線を戻すヌールド。
ヌールドが現在一番欲しいものはネリアナ。
しかし彼は、彼女に見向きもされていない。
ネリアナに相手にされないので代理で別の美女に狙いを定める。
なんともイケてるようでイケてない、顔だけがいい男の悪い思考。
「ネリアナ……きっとアレンも天国から見守ってくれているよ」
中年の冒険者がネリアナに慰めの言葉をかける。
「実力が無かったアレンを仲間だと言ってパーティーに入れていたんだ。彼だって今頃喜んでいるはずさ。最高のパーティーと冒険ができて良かったってな」
交わり合うことがないネリアナたちであったが、同じ考えに悪い笑みをこぼしていた。
アレンが死んでくれたおかげで、自分たちの株は上がったままだ。
計画通り。
思った通りに事が運んでくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
美女と一夜を共にしたヌールドは宿から出て、太陽の眩しい光に目を細めている。
全てが上手く行っていて、世界は自分を中心に回っている。
そう感じざるを得ない朝だった。
「おはよう、ヌールド」
穏やかな声で背後から彼に声をかけたのはネリアナ。
太陽にも勝る彼女の笑みに、ヌールドはドキッとする。
なんとしても彼女を自分の物にしたい。
俺たちはこれからもパーティーとして一緒に行動するのだ。
今すぐにでも彼女をほしいと感じる気持ちはあるが焦る必要はない。
「待たせな! そろそろ行くか!」
「ああ」
ノードとハリーも支度をすませて宿から出て来ていた。
「次は……ドンクーの森か」
「ええ。依頼難易度はA。私たちにとっては楽な仕事よ」
ネリアナたちから見ればAランクの仕事など、なんてことないレベルであった。
ふわーっとあくびをしてネリアナは歩き出す。
それに続くようにヌールドたちも歩き出した。
「だけどよ、リバイロードの制覇はまたいつかチャレンジしたいもんだな」
「俺たちにならきっと攻略できるはずさ。次は足手まといのアレンがいないしな」
「アレン……やっといなくなってくれてせいせいするわ。これで私も自由に恋愛ができる」
「自由の恋愛は素晴らしいよ、ネリアナ」
「ええ……きっと最高の男を見つけて、最高の人生を送ってみせるわ」
それぞれの欲望を胸に抱き、ネリアナたちは次の仕事先へと向かっていた。
素敵な未来を夢見ながら、どんな未来が待ち受けているのかも知らずに。
ただ彼女たちは毅然とした態度で歩を進めていた。
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