第4話 ケイト①
――戻るはずの無い意識が戻る。
目の前には石で作られた棺のようなものがあり、それを中心に何本もの緑色に光るラインが地面を走っていて、それのおかげで周囲に緑色の光が満ちていた。
「ん……」
「お目覚めのようだね」
「…………」
俺は、美女の膝の上にいた。
膝枕をされているんじゃない。
巨人のように大きな彼女の膝をベッドにして眠っていたようだ。
その美女は雪のように長く美しい白髪で、瞳も雲のように真っ白だった。
黒いフードがついた洋服を着ていて……巨大な鎌を地面に置いている。
俺を見下ろす彼女の顔は人を見下しているような……でも優しいような、そんな表情。
冷たくて優しい。
水仕事を終えた母の手のような……そんな印象だ。
「ここは……?」
「ここはリバイロードの最下層よ、可愛い子猫ちゃん」
「子猫……子猫!?」
俺は自分の手を見て仰天した。
手というか……この場合は前足か。
茶色の毛がフサフサと生い茂ていて、なんとも愛らしい肉球のついた前足。
自身の体を見下ろして見るが……全身ブラウンの毛だらけだった。
頭のてっぺんに二つある少し硬めの耳、お尻から生えている見覚えの無い尾。
頭を捻り、自分がどんな姿をしているのかを想像する……
これはもうどう考えても――
猫。
これ以外のアンサーが思いつかない。
「ね……猫って……なんで……」
ここで俺はある事実に思い当たる。
この美女は、人とは思えないほど大きなサイズだと考えていたが……これはどうやら俺が小さいのではないだろうかということ。
ふと目の前に、意識があった時まで俺が背負っていたリュックが目に入る。
リュックのサイズと彼女を交互に見比べ、彼女は普通の人間ぐらいの大きさだという確信を得た。
「首の傷だけは消えていないみたいだね」
「き、傷?」
俺からは見えないが……どうやら首に傷があるらしい。
「な、なんで俺が猫になってるんだ?」
「そんなの私が聞きたいくらいだよ。魔王の胴体にお前の首をくっつけたら急に猫の姿になったのだから」
「……意味が分からん」
ちょっと待て。
ヌールドに首を切り落とされて……
それから……夢を見ていたような気がする。
あれは……実家の近くにいた猫の夢を見ていたはずだ。
それが目を覚ましたら猫になってるだなんて。
急展開すぎて思考回路がオーバーヒートする。
何が起きてんだよ。
いや、そもそもヌールドたちに殺されたのが夢だったのか……?
「……というか今、魔王がどうのこうのって言った?」
「言ったよ。魔王の胴体にあんたの首を乗せたら、綺麗にくっついてね」
「……なんでそんなことしたの?」
首を……乗せた?
ということは、ヌールドに首を切断されたのは事実で……
それを拾った彼女が魔王の体と繋げたことにより、俺が生き返ったというわけか。
うん。益々意味が分からん。
「どうなってるんだよ……何が一体どうなってるんだよ!?」
「さぁ? でも、あるがままを受け入れるしかないでしょ?」
「そんな達観できるほど人間できてませんから! そもそも、なんで魔王の胴体に俺の首を乗せるんだよ! そこがおかしいでしょ?」
「だったら、馬にでもくっつければ良かったか?」
「人面馬とかもっと最悪だ……胴体が馬とか、生きていける自信がないよ」
「そう。だったら今度同じ機会があれば、馬の尻尾にでもくっつけてやるよ」
「あなたあれですか? 新種のキメラでも生み出したいの?」
「お望みとあらば」
「だから望んでないから!」
彼女は綺麗な目を細めて俺の頭を撫でる。
正直、気持ちいい……
薄暗くおぞましいダンジョンの中なのに、ほどほどにパラダイス。
「……君の名前は?」
「私はケイト」
「ケイト……俺はアレン。それで、ケイトは何で俺と魔王の体をくっつけたのさ? というか、なんでこんな場所にいるんだ?」
そうなんだよ。
攻略難易度Sのリバイロードの最奥に一人でいるとか、それが一番おかしいだろ。
魔王の胴体とかもおかしいけど、ここにケイトがいることの方が驚きだ。
もしかして驚きすぎて猫になっちゃたんじゃないの?
「預言だよ」
「預言……?」
「機嫌じゃなくて預言、ね」
「そんなことは分かってる。それで、預言って何?」
ケイトは俺の頭を優しく撫でながら話し出した。
それ気持ちいいから止めて……でも続けてほしいと思っている自分もいるのが悔しい。
「〈
「……運命」
「ああ。この世界を統一する。あるいは世界を破壊せし運命の者たち……それを率いるのがアレン、らしいよ」
「…………」
世界を統一する?
世界を破壊する?
猫の俺が?
あまりにも突拍子もない話で、俺は静かに嘆息する。
その占い、本当に信じて大丈夫なの?
ケイトは俺の様子に気づいたのか、クスリと笑い口を開く。
「いまよりずっと前に先代の魔王は首をはねられ、心臓が動いたままの体は、このリバイロードの最奥に封印されるように保管されていた。私は占い通りにここにやってきた。そしてアレンの首が天から落ちて来た……どう? あらゆることが完璧に、まるで計算されたように起きていると思わないかい? これを運命と言わずして、何という?」
「……ぐ、偶然?」
「偶然なんて、物事の本質が見えていない愚か者が口にしている戯言だよ」
「…………」
「アレンがここに落ちてきたのも、私たちが出逢ったのも――運命なのさ」
そう言い切る彼女に、俺は大人しく首肯した。
バカらしいと思う反面、なんとも言えない高揚感を胸に抱き始めていたのは内緒にしておきたいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます