第111話 アオス、倒れる

 例の牢獄から、リフトを使って骨山へと戻った俺たち。

 先程まであちこちから溢れていたケガレだったが、いつの間にかそれが消失していた。


「多分あのデッカイのがいなくなったからよ。アレがケガレの元で間違いなかったんだわ」


 リモコが言うには、あの巨大生物がケガレを生み、ここらの骸にケガレが飛び火し反応を起こしていたのだという。


「けど今回はあのデッカイのが原因だったけど、この状況をそのままにしていたら、また別のケガレが現れるかもしれないわね」


 ケガレというのは負のエネルギーそのものだ。ちゃんと埋葬されていればともかく、こんなふうに粗雑な葬られ方をされていたら、そこからケガレが出現する可能性だって十分に有り得る。


「じゃあこの骨山自体を何とかした方が良いわけだな。……任せろ」

「何とかできるの?」

「これでも『導師』だからな」


 俺は全身から導力を放出し、この骨山全体に行き渡らせていく。


「改めて見てもアンタの導力は凄まじいわね。これほどの量を放出できるなんて……女王様クラスじゃない」


 これでも俺はまだまだかつてのオルルには勝てないだろう。全盛期のオルルなら、その気になれば大陸全土を導力で満たすことくらいできると聞いた。


 今の俺ではさすがにそこまでの力はない。女王という立場は伊達じゃないってことだ。


「――《森羅変令》」


 俺はここにいる骨たちを分解し消失していく。このまま骨を残すのが危険だというのならば、この世から消すのが最も簡単な方法だからだ。


 そうして十分ほど経った後、すべての骨がこの場から消えた。

 ただし奇妙な穴だけは残っているが。


「この穴はどうすればいいと思う?」

「塞ぐのが一番だと思うわよ。だってここから出てきたケガレが原因だったんだから」


 ということで、今度は《万物操転》を使って、トンネルのような長い穴を破壊し土で埋めることになった。


 そうしてようやくすべてが終わり、この落下した地盤から這い出ると、すでに外は夕暮れ時になっていたのである。


 するとそこへ、俺を待っていてくれた妖精さんたちが、揃って俺の名前を呼びながら飛び込んできた。


「うぅ、ごぶじでなによりなのです~!」

「わたしはしんじておりました。ですが…………よかったです」

「うむ! さすがはわたしのデシだ! メンキョカイデンをやろう! それとわたしをシンパイさせたバツとして、ものすっごくあまいものをしょもうする!」


 どうやら三人とも、俺の心配をしてくれていたようだ。

 だから彼女たちを安心させるためにも笑みを浮かべながら言う。


「妖精さんたち、ただいま」

「「「おかえりなさい!」」」


 そんな俺たちの様子を見て、リモコは苦笑を浮かべながら肩を竦める。


「本当に仲が良いわね、アンタたち」


 まあ長い付き合いだからな。最早家族以上の繋がりを感じている。


「……っ」


 すると突然、ガクッと膝を折ってよろめいてしまった。


「アオスッ、どうしたの!?」


 リモコだけじゃなく、他の妖精さんたちも俺の様子に慌てふためている。


「だ、大丈夫……くっ」


 脳内に流れ込んでくるのは、ドス黒い感情だ。これはあの時と一緒。カイラが生み出したドラゴンを浄化した後に襲い掛かってきた感情の渦。


 恐らく地下で浄化したケガレモノたちの感情が一気に押し寄せてきたのだろう。


「こ、これは少し……マズ……ッ」


 そこへ意識がプツリと途絶え、そのまま俺は倒れてしまったのである。









 目が覚めると、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。


 俺はゆっくりと上半身を起こし周囲を確認する。どうやらここはどこかの病室で、俺はベッドの上に寝ていたようだ。


「……あっ、起きたのね!」


 そこへ窓がある方角から声が聞こえて顔を向けると、リモコの姿があった。


「リモコ? えと……」

「まずあれから何があったか覚えてる?」

「確か旧市街のケガレを祓って……そうか、俺……倒れたんだな」

「そう。そしてあれからもう二十四時間、アンタはず~っと眠りっ放しだったわけ」

「丸一日もか。……でも誰がここに?」

「アンタが倒れてからすぐに女性が駆けつけてきたわよ。アンタの名前を呼んでたから知り合いじゃないの?」

「……! あーそういやオリビアさんのこと忘れてたな」


 一緒に旧市街の調査に来たのに、いろいろあってすっかり彼女の存在を忘れてしまっていたのだ。


「……ん?」


 不意に視線を落としてみれば、枕元には三人の妖精さんが寝ていた。


「その子たち、ずっとアンタの看病してたわよ」

「そっか、感謝しないとな。リモコも、わざわざありがとうな」

「べ、別にアタシはほら、アレよ! アンタには世話になったから……ちょっと様子を見に来たっていうか? だから……ああもう、アタシのことはどうだっていいのよ! それよりも身体の方は大丈夫なの!」


 何故そんなに顔を真っ赤にして怒っているのか意味が分からないが、とりあえず質問には答えよう。


「ああ、少し気怠いが問題ない」

「そう、それは良かったわ。まあ一気にあれだけのケガレモノを祓ったんだから仕方ないでしょうね。『導師』はケガレを祓うとともに、そこに込められた負の感情を取り込んでしまうから」


 そう考えると、あのデカブツが消えてくれて良かったとも言える。もし暴虐なまでのケガレを生み出していたデカブツを祓っていたら、俺は耐えられなかったかもしれない。


 ただケガレモノを討つ度にこんなことになっていたんじゃ『導師』失格だ。俺はもっと強くなる必要がある。負の感情に耐えられる修行なんてあるか分からないが、今度オルルに聞いてみよう。



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