第109話 地下の牢獄
そこに広がっていた光景に思わず絶句してしまった。
何故なら人工的に削られたであろう広い空間には、そこら中の壁に牢屋らしき部屋が設置されていて、そこはまさに牢獄とも呼べる場所だったからだ。
ただ牢屋の中には人気はない。しかしながらすでに白骨化した存在はあるようで、その無数の骨から濃いケガレが出ていることに気づく。
さらにいうならば、この空間には真っ直ぐ突き抜けるような横穴が続いており、まだ先があるようだ。そしてその奥からはさらに強いケガレが漂っている。
「これは酷いところね。どうやら昔の牢獄のようだけど……」
もしかしたら旧市街が動いていた時に使用していた監獄なのかもしれない。ただこんな地下深くに作るなんて、囚人は日も当たらない場所で何年も何十年もここで過ごしていたのだろうか。
そしてこの地下牢獄の存在を、まるで覆い隠すかのように、入口が骨で塞がれていた。もっとも俺たちがやってきた穴が入口だとは限らないが。
すると落下した地点には、奇妙な円形のリフトのようなものがあることに気づく。
ちょうどそれは穴の真下に位置している。
「まだこれって動くのかしら?」
リフトの上に置かれた機械を適当に操作していたリモコだったが、何かのスイッチを押した直後に、突然ガクンと揺れが起き、リフトの周りに柵が浮き上がると、ゆっくりと上昇し始めた。
俺は慌ててリフトから飛び降りると、そのまま上に上がっていくリフトを眺める。
「どうやらこのリフトを使って上と行き来していたようだな」
「みたいね。しかもあのリフトの動力って、古代に失われたとされる《浮遊石》を利用してるわね」
だから起動させれば、自在にリフトを浮かせることができるとのこと。
「だが目的はまだ奥にあるようだな」
「そうね。あの横穴の先、何か嫌な気配を感じるわ。アオス、用心しなさいよ」
俺とリモコは、周囲を警戒しながら横穴を進んでいく。硬い岩盤を削って構築されただけあって、こうして結構な年数が経っても頑丈そのものだ。
これだけの大きな空間があれば、上の重みで崩れても普通はおかしくない。
横穴にはやはり人工的に造られたであろうランプが、一定間隔で壁に取り付けられている。
「あら、こっちにも位置があるわね」
「こっちもだ。三つに分かれてるが……」
「ケガレは向こうの方から漂ってきてるみたいね」
正面奥から感じる気配に、俺たちは他の脇道を無視して突き進んでいく。
そしてようやく出口に辿り着いたのはいいのだが、俺もリモコも揃って口元を覆い顔をしかめてしまう。
「こいつは……一体何だ?」
そこは一つの大部屋だが、他の場所とは異質だった。
周囲の壁や床などは岩盤ではなく、明らかに鉄で加工されたものへと変わっている。また天井も先が見えないほどに高い。
そしてそんな部屋の形よりも驚愕したのは、部屋の突き当たりに磔にされた存在だった。
その存在は見上げるほどの巨体で、まるで見たことがないモンスターのように思える。
人間の数倍はデカイとされるドラゴンですら小さく見えてしまうような存在が、どっしりと尻もちをついたまま両腕を広げさせられ、額、喉、両手、腹部と、それぞれにバカでかい杭を打たれているのだ。そして伸ばされた両足にも、杭で床に打ち付けられている。
「な、何よコイツ……!」
「生物……いや、モンスターなのか?」
さすがに生きてはいないように見えるが、それにしても巨大過ぎる。山みたいだという比喩が比喩でなくなるほどに。
全体的に恰幅の良さは窺える。ただそこかしこに腐敗が見られ、凄まじい腐臭を放っていて、肉が爛れ落ちて骨が見えていた。これでもまだ保持している肉体部分があることから、かなりの生命力を持っていたのだと推察できる。
「ただ言えることは、こうして動きを封じておかないといけないようなヤツだったってことなんだろうな」
一体どれだけの年月、ここに閉じ込められていたのかは知らないが。
「にしても凶悪な顔ね……まるで鬼そのものだわ」
リモコの言葉を示すような角らしきものが、コイツの頭部には二つ生えている。露わになっている歯も、最早すべてが牙と呼ぶにふさわしいほどの鋭さを有していた。
「だがコイツがケガレの元凶なのは確かだな」
そう、コイツの全身から溢れ出ているケガレは、今まで見たどのケガレよりも濃度が高い。こうして対面しているだけで物怖じしてしまいそうになる。
「アオス、あのケガレ……祓えるかしら?」
「……やるしかないだろうな」
正直自信はない。あのドラゴンのケガレくらいならどうにかなったが、それでも祓った瞬間に俺の心にかなりの負荷がかかった。
俺は『導師』としてはまだ未熟なのだろう。そもそもケガレを相手に戦ったのはあれが初めてだ。
そんな初心者の俺が、こんな膨大で凶悪なケガレを祓えるのか分からない。仮に祓えたとして、俺の心が正気を保ってくれるかどうか……。
でも見て見ぬフリはできない。これは俺にしかできない仕事なのだから。
俺は何度か深呼吸をすると、静かに弓を構える。
最初から全力だ。躊躇したり少しでも加減したら失敗してしまう。
「導力……全開だ」
俺の全身から大量の山吹色をしたオーラが噴出する。
「す、凄いわアオス! これならもしかしたら!」
リモコも、俺の導力を見てケガレを祓えるを思ったようで顔を綻ばせている。
そうして俺が全神経を一本の矢に集中させていたその時だ。
「アオスッ、後ろ!」
突如、リモコからの掛け声によってハッとした俺は、すぐさま振り向く。
すると俺たちがやってきた穴から、これまた大量のケガレが物凄い速度で俺に向かってきたのである。
「ちぃっ!」
このままだとケガレに飲み込まれてしまうと判断し、俺はターゲットを向かってくるケガレに変更して矢を放った。
俺の矢は、ケガレを弾き飛ばしながら穴の奥へと飛んでいく。
「もうっ、いきなりケガレが飛んでくるなんて何なのよぉ!」
リモコの愚痴が飛ぶが、俺は奇妙な気配を感じ取っていた。そしてその気配は、穴の奥からどんどん近づいてくる。
そして――――ソイツは姿を見せた。
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