第66話 地下五階へ

 地下四階に入ってからしばらく、かなりの数の戦闘を経験した。


 やはりモンスターの数も質も向上し、前衛の二人も無傷ではいられなくなってきたのである。 


 しかしその都度、


「《月灯つきひ》――《淡照あわてらす》」


 九々夜が召喚した空飛ぶ兎が放つ優しい光によって、シン助たちが負った傷が治癒されていく。


 ただ周囲を照らすだけでなく、回復役もこなせるとは、思った以上に九々夜の能力は万能である。


「でもアオスさん、私の力では傷は治せても体力は回復できないので注意してください」


 さすがにそこまで望むのは酷ということだろう。


「いや、傷が治るだけで十分だ。体力だけなら、問題ないと思うしな。そうだな、シン助?」

「おうよ! まだまだ五分にもなってねえぜ! 何ならマラソンでもすっか! ナーッハッハッハ!」

「ったく、どんな体力してるんだか。アタシは結構疲れてきちゃったけど」


 トトリに関していえば、さすがに額にも汗が滲み出てきたようだ。無理もない。地下四階に降りてからというものの連戦続きなのだから。


「……よし、なら少し隊列を入れ替える。シン助一人を前衛に立たせ、俺が中衛でシン助を援護する。九々夜はそのままで、トトリは彼女の護衛に集中してくれ」

「……それで大丈夫なの? って……アンタなら大丈夫か」


 俺は弓使い。基本的には後衛に位置する。しかし俺が接近戦もできることは、ここにいる連中は知っているし、特にトトリは暗殺者を倒した手並みを見ているので問題ないと判断したのだろう。


「パーティにおいてのダンジョン攻略じゃ、状況に応じて隊列を変更するなんてよくあることだ。トトリは体力の回復に努めてくれ。また前衛に戻すからな」

「分かったわ。それまでは九々夜の護衛に徹すればいいのね」

「ああ。九々夜もそろそろ魔力を温存してくれ。お前たちのお蔭で、俺は大分と楽をさせてもらったからな。だから――」


 その時、岩の隙間に隠れていたオークの上位種であるオークソルジャーが、俺たちに向かって飛び掛かってきた。


 皆がハッとなって身構えた瞬間、オークの上半身が一瞬にして消し飛んだ。

 何故か。簡単だ。俺がオークソルジャーに向けて矢を放ったからである。


「――ここからは俺も積極的に攻撃をしていく」


 たった一撃で屠られたオークソルジャーを見ながら、皆が感嘆の溜息を漏らしている。


「どうやったら一本の矢で、こんだけの威力が出せるんだよ。マジでヤベエぜアオスはよぉ」

「う、うん。でも頼もしいよね!」

「……ま、あんなことができるんだしおかしくないけど」

「え? トトリさん、何か言いましたか?」

「……別に何でもないわよ」


 トトリが口走ったのは、きっと暗殺者を殺した手際のことだろう。どうやら彼女の中で、俺はとんでもない存在にまで膨れ上がってしまっているようだ。


 俺は導力を周囲に広げて意識を集中させていく。

 背後からこっそりとカイラたちがついてきているのは分かっていた。


 やはり俺たちを先行させて、自分たちは力を温存するつもりか。


 俺が序盤から中盤にかけて行ってきた戦略だ。カイラたちの後を追ったことで、大分楽はできた。しかしこの地下四階からはそれが逆になっている。


「よし、さっさと階段を探そう」


 そうして俺たちは、突き進んでいき、ほとんど俺がメインでモンスターを討伐していく。シン助はどこか物足りない様子だが、できるだけ彼にも体力を温存してもらいたい。


 それに大量にモンスターが出現した時に限っては、シン助にも前衛としての役目をしっかりと全うしてもらっていた。


「お! あれもしかして階段じゃねえか!?」


 シン助が指差した方角には、確かに下に続く階段が見えていた。


 ラストフロアである。そのフロアのどこかにダンジョンボスが守るお宝が存在するはず。

 それを手に入れて、先に会場まで戻ってきたチームの勝利だ。


 階段を見つけても、カイラたちが我先にと動く気配はない。つまりは先に俺たちにボスを倒させてから、ゆっくりとお宝を奪い取るつもりらしい。


 まあいい。好きにすればいいさ。


 俺は俺のやり方で好きにやらせてもらうつもりだから。

 そのまま階段を降りていくと、驚くことにそこには迷宮が広がっているわけではなかった。


 ただただ真っ直ぐ、長い通路が目の前に走っていて、その先には大きな扉が待っている。

 いかにもその先にはボスがいますっていった感じだ。


「何だか一気に雰囲気が変わりましたね。それに空気がピリついている感じで」


 九々夜の言う通り、空気感が変化した。気温が下がったような寒気さえ感じる。明らかにこのフロアだけが異質だと身をもって知らせてくる。


「おお、何だか武者震いしてきたぜ!」

「アオス、作戦は?」


 トトリからの質問だが、ボスに関しての情報が一切ない以上は作戦なんてない。


 ただ俺が積極的に攻撃する隊列を組んだお蔭か、トトリは大分体力を回復できたようだ。顔を見ればそれがよく分かる。


 これなら……。


「よし、また隊列を戻す。ただしボスの性質を見極めるために、まずは防御に徹してくれ。俺の指示を聞いて攻撃に転じてくれればいい」


 シン助とトトリが同時に頷く。


「九々夜は、戦闘に入ったらすぐに二人に身体強化の支援を」

「分かりました!」

「俺は周囲の警戒とボスの分析を行う。同時にボス以外のモンスターが出現した時は、俺が対処するから、三人は安心してボスに集中してくれればいい」


 そうだ。ボス部屋だからといって、他のモンスターが出て来ないとも限らないのである。

 それに問題はモンスターだけじゃない。


 カイラたちだっていつ背中から撃ってくるとも限らないのだ。


 まあ、俺のやろうとしていることを実現するなら、攻撃してくれた方が楽なんだが。


「……各自準備はいいな? じゃあ――行くぞ!」


 俺たちは、閉ざされた大扉をゆっくりと開き始めた。




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