第62話 予想

「ほえぇ~、あんたとあの変態のお気に入りくん、とんでもない登場の仕方だったよね」


 感嘆の溜息をとともに言葉を発したのは二年生のアトレアだ。


 観客席で、魔法陣の上に乗ったアオスたちが消えた瞬間に、右隣に座るバリッサに向けての言葉である。


「あの野郎、バカみてえにハデな演出しやがって」

「演出? それじゃあれってアオスくんがわざと遅れてやってきたってわけ? だったらちょっと迂闊過ぎない? もう少しで失格だったところだし。それにアオスくんってば、あんな派手な演出をするような子には思えないんだけど」

「……てめえはどう思うんだよ、変態」


 バリッサは、自身の前に座っている変態……もとい、アイヴに話しかけた。


「酷いわね、その言い方。親友として傷ついたわ」

「嘘吐くな。てめえがその程度で傷つくようなタマかよ」

「あら、タマだなんて下品ね」

「てめえだって口にしてんだろうが! てかさっさと質問に答えやがれ!」

「もう、せっかちさんね。あまり早い男は嫌われるわよ?」


 合図の返しに、いちいち怒りを募らせているバリッサ。


「……そうね。確かに演出にしては過度だとは思うわ。多分だけれど、何かしらの事情があって遅刻しそうになったのでしょうね」

「事情って何だよ?」

「それはさすがに分からないわ。ただ……アオスくんのチームメイトの様子を見ていた結果で、そう判断しただけのことよ」

「うんうん、何か九々夜ちゃんって言ったっけ? あの和服の子。すっごくそわそわしてたもんね。もう一人の和服の子は大人しいもんだったけど」


 アトレアの言葉を受け、バリッサが「にしても気になるよな」と続けて言う。そんなバリッサの発言に、今度はアトレアが「気になるって何のことよ?」と聞き返した。


「アオスが現れた直後、B組の代表の奴がちょっとな」

「B組っていうと、確か次席の子よね? あの〝代表戦〟で、アオスくんに瞬殺された」


 思い出すように言うアトレアに、バリッサは「そうだ」と言い、


「あのガキ、アオスを見る目が尋常じゃないほどの敵意に満ちてたしな。てめえも感じただろ、アイヴ?」

「……そうねぇ。恐らく二人は何かしらの因縁があるんじゃないかしら?」

「因縁? でもアオスくんって貴族階級じゃなく野良って話じゃなかったっけ? フェアリードなんて名前も聞いたことないし」

「アトレアの言う通り、私もフェアリードという名前は初めて聞いたわ。貴族階級じゃないのは確かね。けれど……何故かしら、アオスくんの所作は、どこか貴族の気品を感じさせるのよね」

「それだったら、ここ数年で没落した貴族じゃねえのか? もしくは貴族の屋敷に仕えてたとか?」

「あーなるほどね! アオスくん、もしかしてどっかのお屋敷で執事とかしてたのかな? だったらアイヴの言った気品にも説明がつくけど」

「ああ。執事じゃなくて召使いだったとしても、それなりの貴族に仕えるならマナーは学ぶだろうしな。ジェーダン家に仕えてたのか、それともジェーダン家と対立してた貴族に仕えてたのか」

「そっか。もしジェーダン家に仕えてたとして、何か命令に歯向かって問題を起こしたとか?」

「かもな。じゃねえと、あの敵意は説明がつかねえし」

「もしくはジェーダン家に対立してる貴族に仕えてて、よっぽどその家に痛い目に遭わされたのかもね」


 アトレアの意見に、バリッサも賛同する素振りを見せているが、アイヴだけは何も言わずにジッと、会場に設置されているモニターを見つめている。


 すると映像がそこに映し出された。


「お、映った映った。さて、一年坊主どもは、どんな攻略を見せてくれるのやら」


 バリッサは楽しみなのか、少し弾んだ声音をしている。お気に入りの後輩が出るということも理由にあるのだろう。


 モニターは二つあって、それぞれがA組とB組を映し出している。

 しかし両者は、同じ場所にはいない。


 一つの魔法陣で一緒に、ダンジョンに転移させられたが、出現したのはそれぞれ別の場所だ。


「ねえねえ、アイヴとバリッサはどっちが勝つと思う? 賭けしようよ! あたしはアオスくんチームね! あ、同じチームに賭けるのは無しだから!」

「ちょ、おまっ……ズリィぞ! 俺だってアオスに賭けるぜ!」

「ダメー! 言ったもん勝ちだもん! バリッサはB組ね! 負けた方は一週間分の学食驕り~」

「うぐ……卑怯な女め」

「フフン、何とでも言いなさいな。あーでもそうなったらアイヴは賭けの対象がなくなっちゃうかぁ。よし、アイヴだけは被ってもいいことにしたげる!」

「何でだよ!?」

「えぇー、だってぇ、卑怯なことして、アイヴのファンに殺されたくないもーん」


 あっけらかんと言うアトレアに対し、悔しそうに歯噛みするバリッサ。別に彼女が一方的に賭けを始めただけで、乗る義務など存在しないのだが、勝手に挑まれたこととはいえ、そこは熱血思考のバリッサだ。断るという選択はなかったのだろう。


「さあアイヴ、どっちに賭ける? まあ、決まってると思うけどなぁー」

「………そうねぇ。なら私は――」


 アイヴから放たれた言葉に、二人は衝撃を受けてしまう。


「おいおい、何だよそりゃ。んなことあるわけねえだろうが」

「そうよ。今までだってそんなことにならなかったし」


 今までの歴史を鑑みて、アイヴの答えはまったくもって二人には有り得ないものだったようだ。


 しかしアイヴは冷笑を浮かべたまま「さあ、どうかしらね」とだけ口にする。

 そんな彼に対し、互いに顔を見合わせ小首を傾げるバリッサとアトレア。


 だがそこへ、観客席から「おお!」という歓声が響き渡った。

 当然その原因は、モニターの向こうにあるのだが、バリッサたちも同じように視線を向ける。


 どうやらさっそくアオスたちがモンスターに出くわしたところだった。



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