第58話 道がなければ道を作ればいい

「! そうだ〝攻略戦〟! まさかまだ間に合うの!?」

「……開始時刻まであと五分ってとこだな」

「五分!? こ、ここってどこなの!」


 俺はこの建物がある場所を教えてやる。


 まだ間に合うかもという希望を持ったようだが、俺の言葉にガックリと肩を落とすトトリ。


「五分なんて……ここから馬車を使っても、学校までは十分以上はかかるじゃん」


 彼女の言う通り、馬を必死こいて走らせても、さすがに五分では学校に辿り着けない。人通りなども加味すれば、もっと時間がかかってもおかしくはないのだ。


 落ち込んでいるトトリを一旦放置し、俺は再度万物操転を使って、壁に穴を開け、最初に吹き飛ばして伸びている男のもとへと向かった。

 俺は男の頭に手を触れ、導術によって目覚めさせ催眠状態に落とす。


「お前らを雇ったのは誰だ?」


 そう尋ねると、虚ろな表情のまま男は答える。


「ぁ…………ジェー……ダン」

「! ……カイラか?」


 だが男は頭を左右に振った。


 違う? だがジェーダンって……!


「どんな奴だった?」


 男が雇い主の特徴を思う限り伝えてきた。

 そしてその特徴を、ジェーダンの人間に照らしてみるとハッキリした。


「……グレンだったか」


 元兄の名前が出てきた。いや、考えればカイラの初舞台に、カイラを溺愛していたグレンが顔を見せないことは有り得なかった。


 恐らく前回の〝クラス代表戦〟も観客席で観ていたのだろう。そこでカイラの敗北を知り、何が何でもカイラの名誉を回復しようと、今回の作戦を持ち掛けた。


 なるほどね。暗殺者を仕向けて俺を殺すこともそうだが、人質まで取る保険。実に陰湿なグレンらしい作戦だな。


 カイラにしては似合わない策略だと思っていたが、これで合点がいった。


「グレンが雇い主の証拠はあるか?」


 前金は受け取っているが、どうやら証拠は残していないようだ。用心深いグレンのことだから、恐らくは望み薄だと思っていたが。


 ただすべてが終わったあとに、任務達成として残りの金を頂く算段になっていたらしい。

 証拠がない以上は、コイツを憲兵に突き出したところで無意味だろうな。


 評判の良いジェーダン家だ。きっとコイツが雇われたと言っても相手にされないはず。


「ならもう聞くことはない。そのまま――死ね」


 《森羅変令》を使い、男を灰に化す。


 俺は踵を返して、いまだ頭を抱えたままのトトリへと接近する。


 都合よく彼女は床を見つめているので、俺は男たちの死体や血液などを、先程と同じように灰と化していく。これで惨殺現場の隠蔽が終わった。

 人が死んだという噂も広がることはないだろう。


 そして――。


「ほら、行くぞ」


 そう言って、トトリの前で背中を向けて座り込む。


「え……は? えと……何?」

「早くおぶされ。すぐに学校に向かう」

「おぶされって……もしかしてアタシをおぶって走るつもり? そんなの無茶よ!」

「無茶じゃない」

「だってもう時間!」

「ああ、あと三分くらいだな」

「絶望的じゃん! いくらアンタが速く走っても、たったの三分で学校に到着できるわけないでしょ!」

「……トトリ」


 俺が声音を低くし、少し睨みつけながら彼女の名を呼ぶと、


「う……な、何よ?」


 気圧されたように目を泳がせる。


「いいから乗れ。時間が勿体無い」

「…………分かったわよ」


 俺に何を言っても無駄だと悟ったようで、トトリが観念して俺の背に乗ってきた。

 そのまま俺は建物から出て陽射しを浴びる。


「トトリ、しっかり捕まってろ。ここからは全速力で行く」

「え? だからいくら速く走って――っ!?」


 俺は導力で脚力を強化し、膝にグッと力を入れて一気に跳躍した。


 すると十メートルほどある建物を瞬時にして飛び越え、上空に浮かんでいたのである。


「な、ななななななななっ!?」


 俺の後ろで愕然とした声を上げているトトリ。


「もう一度言うぞ。しっかり捕まっていろよ。導力解放――《万物操転・空渡り》」

「ちょ、待っ……っ!?」


 俺は全速力で走る。――空の上を。


 まるでそこに道でもできているかのように、一歩一歩駆け出す度に速度は増していく。

 理由は簡単だ。足場となる空間を操作して、固定化された道を形作っているだけだ。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 そのスピードは、馬車の比じゃない。故に背中に乗っているトトリにとっては、凄まじい風圧で身体が飛ばされそうになっている。

 それでも悲鳴を上げながらも、必死に俺にしがみついていた。


 空の上なら人混みも障害物だって何も無い。ただただ真っ直ぐ学校に向かって疾走することができる。


 ……うるさいな。


 そう思いつつも、俺は少し焦りながら視線の先に見える学校を目指す。

 時間にして恐らくギリギリだ。


 間に合うか、間に合わないか。

 いや、間に合わせてみせる。シン助たちともそう約束してしまったのだ。


 一度口にしたことは守り通す。それが俺の信念だ。


 それにオルルや妖精さんたちにも手伝ってもらったのに、失敗しましたじゃ話にならない。そんなカッコ悪い姿を、彼女たちに見せたくはない。

 またこんなことをしでかした連中の鼻を明かしてやりたい。


 ――いつもいつもお前らの思い通りになると思うなよ、ジェーダン!


 俺は気絶しそうになっているトトリを抱えながら、最後に空間を全力で蹴って、さらに大きく跳躍したのであった




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