第47話 ジェーダン兄弟

「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 怒号に似た咆哮を上げながら、演習場の中で次々と火球を放っているのはカイラだ。


 特に目的はない。ただただ鬱憤を晴らすかのように、あちらこちらへ魔法をぶつけている。

 地面には、燃えカスになった藁人形や、焦げた跡や抉り取られた跡などがあった。


「ぜぇぜぇぜぇ……」


 いつもは不敵な笑みを崩さず、女子生徒の心を鷲摑みにする整った顔立ちを保っているが、今は鬼のような形相で歯をギチギチと鳴らしている。


 しかも顔面には痛々しそうに包帯が巻かれていた。


「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 これまで出したことがないであろう憎しみのこもった声音を上げ、型も何も関係なく、ただただ槍を振り回していた。


 そしてそのまま地面に叩きつけると、柄の方が衝撃に耐えられなかったのか、乾いた音を立てて砕けてしまう。


「くそ……くそ……くそくそくそくそくそくそくそぉぉぉぉっ!」


 折れた槍を何度も怒りのままに踏みつけている。


「僕があんな奴に! あんな出来損ないに! 嘘だっ! 嘘だっ! この僕がアイツよりも下だなんて! 特待生だなんて嘘だぁぁぁっ!」


 カイラはアオスに一撃で失神させられたあと、すぐに医務室へと運ばれ治療を受けた。

 その際に、アオスが特待生だということを教えられたのである。



「――――へぇ、ずいぶん男前が上がったじゃねえか」



 カイラの背後から声がして、「あぁ!」と鋭い眼光で、その声の主を睨みつけたカイラだったが、すぐに表情を変えて不思議そうに口を開く。


「……グレン兄さん? ……どうしてここに?」


 そこにいたのは、カイラの兄であるグレンだった。


 今では冒険者学校を卒業し、名の通ったギルドの一員として日々を忙しく過ごしているはずの人物だ。


「弟の晴れ舞台って聞いたからな。一目見ようと思ったんだが……まさかこんなことになってるとは思いも寄らなかったぜ。しかもお前が特待生じゃなく次席なんてな」

「くっ……父上に報告するつもりかい?」

「おいおい、俺は別にお前の敵じゃねえぞ? ガキの頃からもそうだったろうが」

「っ…………すまない、兄さん」


 そこでようやく怒りを少し収めたカイラが、申し訳なさそうに目を伏せた。

 そんなカイラに近づき、ポンとその肩に手を置く。


「なぁに、お前が負けちまったのは、ちょっと油断してただけだ。お前が最初から全力を出してりゃ、あんな『無価値』野郎に後れを取ることなんてなかった」


 努めて優しげな声で諭すように告げる。それは兄弟の親密度を示すようで、二人の間には確かな絆が見えた。


「……ああ、認めるよ。僕は確かに侮ってた」

「お前の魔法をアイツが打ち破った時、魔力は一切感じなかった。多分何かしらのマジックアイテムを使った可能性が高い。〝代表戦〟じゃ、マジックアイテムだって使っても良い。お前はそれを忘れちまってた」

「……だね。多分火属性魔法を消失させるようなマジックアイテムを用意してたんだ。アイツは僕の魔法のことを熟知してたんだ。勝つために準備をしててもおかしくなかった」

「まともに戦ってお前に勝てるわけがねえからな。クク、弱者の醜い悪足掻きだ。けどこういう諺もある。窮鼠猫を噛む……ってな」

「確か東方の言葉だったね。……ふぅぅぅ」


 大きく息を吐き出し、いつものように冷静な表情を取り戻すカイラ。


「今回は完全に僕の落ち度さ。ああ、見事だったよ。僕のことを知ってるアイツならではの戦法だったというわけだ」

「けど次はこうはいかねえ、だろ?」

「当然さ。こんな傷、別にどうってことはないしね」


 そう言うと、包帯を無造作に外していく。そのまま包帯は風に乗って飛んでいき、カイラの素顔が明らかになる。


 治療を受けて大分マシになっているものの、やはり赤く腫れて端正な顔立ちが崩れていた。


「ハハ、やっぱ怪我しててもお前は俺の自慢のハンサムな弟だぜ」


 べた褒めの兄に対し、弟は当然とばかりに笑いながら言う。


「次の〝ダンジョン攻略戦〟が本番だ。その時に思い知らせてやるよ。僕の本当の実力ってやつをね」

「お~怖い怖い。ジェーダン家始まって以来の天才を本気にさせるなんてな。アイツも不運だわ」

「……兄さん、来てくれてありがとう。お蔭で落ち着くことができたよ」

「なぁに、気にすんな。お前はジェーダン家の希望だ。父上もそうだが、俺だってお前に期待してる」


 ニッと口角を上げて白い歯を見せるグレンに、カイラも微笑で応じる。


「だが念には念を、だ。カイラ、耳を貸せ」

「ん?」


 カイラに耳打ちをするグレン。その内容を聞いて、カイラの笑みが暗く薄汚れたものへと変貌していく。


「いいね、それ。アイツには敗北塗れの人生がお似合いだしね」

「ククク、だろ? 身の程を知らせてやればいい。結局、お前は何の価値もねえんだってことをな」


 二人して勝利を確信しているかのように笑う。

 しかし二人は重大なことに気づいていない。いや、アオスへの偏見が極端過ぎていて、誰もが普通に疑問を持つことを忘れてしまっているのだ。


 アオスは特待生。


 それはその年、最も優秀な入学生に与えられる名誉である。

 生半可な実力で、獲得できるような立場ではない。


 マジックアイテムだけで、数百人いる受験生をたった一人で殲滅できるわけもない。


 そんな当たり前なことが分からないのは、過去の弱者として振る舞っていたアオスと接し過ぎていたからに他ならないのだろう。

 目を曇らせている。今の二人にはその言葉がとても似合っていた。




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