第44話 アオスを見る者たち

 カイラの火属性の魔法は確かに強力だった。


 魔力量にものを言わせた攻撃で、波の連中なら一瞬で焼却されてしまっただろう。

 しかし俺は《万物操転》で大気の壁を周囲に作り、炎が直撃した瞬間に大気を高速回転させて炎を弾いたというわけだ。


 確かに熱量は凄かったが、魔法自体の質はおざなりで、形態維持には問題があったため、簡単に霧散することができた。


 もしカイラが俺を侮らず、もっと緻密に魔力を練っていた攻撃をしていたら……とも思うが。


 俺は自分の右手に視線を落とす。グッと拳を作って、あれほど才能の差があったカイラを一撃で粉砕した手応えを感じる。


 俺……強くなったんだな。


 最後に壁に埋もれたまま動かない元家族を見やる。


「弓矢を使うまでもなかったな。この勝負、俺の勝ちだ」


 そしていまだに唖然として仕事を忘れている審判役の教師に向かって言う。


「終わりましたよ」

「!? あ、おほん! 〝クラス代表戦・一年組〟、勝者――A組・アオス・フェアリードッ!」


 終了宣言を受け踵を返すと、


「「「「うおぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」」」」


 今まで水を打ったような静けさだったが、突然地鳴りさえ起こるほどの歓声が轟く。


「すげえすげえ! 何だよ今の!?」

「もしかしてアイツが特待生なのか!? あの次席のカイラが一撃だぜ!」

「我らA組のエース! やったぞぉぉぉ!」


 などと観客たちが好き勝手に騒いでいる。


 そんな中、


「やっほぉぉぉっ! やっぱさすがアオス! 俺とも今度戦えーっ!」


 シン助がまた面倒そうなことを口走っている。


「なあおい見たかよ九々夜! やっぱアイツはすげえ……って、聞いてんのか?」


 シン助が隣に座る九々夜に声をかけるが、九々夜は俺の方を呆けたように見つめていた。


「……す……凄い……」


 九々夜のそんな呟きに笑みを浮かべたシン助が、


「そうだろそうだろぉ! さっすがは俺の生涯のライバルだな! うん!」


 勝手にライバル宣言をしていた。

 俺は振ってくるような歓声の中、一人控室へと戻って行った。



     ※



 去って行くアオスを見つめながら、アオスと同じ寮のフロアに住むバリッサは舌打ちをしていた。


「ったく、やっぱ特待生ってのはとんでもねえなオイ」


 不満そうな言葉とは裏腹に、どこか楽し気な声音が含まれている。


「ねえ、バリッサ、あの子のこと知ってる?」


 バリッサに向かって声を掛けてきたのは、隣に座っていたバリッサと同じクラスで学ぶ女子生徒――アトレア・バームクライである。


「あん? ただフロアが一緒ってだけで、別に親しかねえよ」

「へぇ、でも結構イケてんじゃん、あの子」


 好奇心旺盛そうな眼差しで、アオスの背中を追っている。


「それにほら見なよ。我らが二年の特待生様なんて目がハートになってるわよ?」

「……げっ」


 バリッサの視界が捉えたのは、獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な瞳をさせたアイヴである。嬉しそうな表情で舌舐めずりまでして、見た者をゾッとさせる雰囲気を宿していた。


「あーあ、あの新人くん、厄介な変態に目を付けられちゃったね」

「……少し前にもうターゲットに入れられてる」

「え? あ、そっか。アイヴも同じフロアだっけ?」

「はぁ……この試合で益々アイツの入れ込み具合が上がっちまったじゃねえか。めんどくせぇ……」

「じゃあ放っておきゃいいじゃん」

「できるか。これでも俺は先輩だぞ。後輩を守るのは当然だろうが」

「バリッサって口も態度も悪いのに、本当に面倒見が良いよね」

「お前も相変わらず俺にだけ毒舌だなオイ。つーかな……」

「どうしたの?」

「見てみろよ、あっちの冒険者席。全員目の色を変えてやがるぜ」


 現行の冒険者やその関係者たち専用の席が慌ただしい。


「アオスくん、だっけ? 特待生っていっても、あんまり情報とかなかったしね。それよりも次席くんの方が目立ってたし、将来も期待されてたから注目株だったはずだもんね。それがたったのワンパンで終わり。そりゃあビックリするよ」

「ジェーダンの魔法も大したもんだった。あの一瞬で練り上げられたにしては、な。他の一年や……いや、二年の中でも、アレをまともに受けて無事な奴はいねえよ。しかも魔力強化もなしでな」

「それだよねー。アオスくん、まったく魔力なんて発してなかったのに……どういう理屈かな?」

「さあな。アイツ固有の能力か、マジックアイテムを使ったのか……いずれにしろ、冒険者の世界は結果がすべてだ。アオスが圧倒的な力で、有望株を粉砕した。冒険者様もこぞってアオスの情報収集に動くだろうよ」


 少し皮肉めいたことをバリッサが言う。あまり現行の冒険者に良い感情が無いようだ。


「けどあそこ、オブラさんにシンクレアさん、それにオリビアさんたちがいるよ。あの人たちがわざわざ揃って身に来るなんておかしいと思ってたけど、そういえば今年の試験官を務めたのってあの三人だったらしいし」

「なるほどな。たった一人の受験者が、その他の受験者を根こそぎぶっ潰して合格したって聞いたが、ありゃ間違いなくアオスのことで、その時の試験官があの三人ってわけか」

「そんなとんでもない受験者がいたなんて、てっきり誰かが流したデマだって噂が強いって思ったけど、アオスくんを見て間違いなかったんだって思い知ったよ。ていうか次席と主席の間に、こんだけの差があるなんて前代未聞じゃない?」

「ジェーダンも油断はしてたみてえだけどな。だがアオスもまだ全力じゃなかった。結局携帯してた弓も使ってなかったしな。……おもしれえ奴だ」

「フフン。あたし、今度の合同演習であの子誘っちゃおっかなぁ」




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