第45話 アイヴの瞳

「うわ、おめえにも目ぇつけられるなんて哀れだな」

「ちょっとぉ、それどういう意味?」

「おめえだってアイヴと負けず劣らずのバトル野郎じゃねえか」

「あたしは乙女ですぅ! 野郎じゃないですぅ!」

「うぜぇ……」

「ていうかバトル野郎って、それこそバリッサには言われたくないし! どーせ戦ってみたいって思ってるんでしょ?」

「……さあな」


 とは言っているものの、口端が楽しげに上がっているのを見てアトレアが呆れたように笑みを浮かべる。


 気が付けばアオスはすでに会場を出ており、彼が起こした無双により活気づく観客たちの中、次の二年生による〝クラス代表戦〟が行わることになった。


 そして先程まで座っていたアイヴの姿が消えている。いや、気が付けばたった一人、会場の真ん中に立って、静かに対戦相手がやってくるのを待っていたのだ。


 彼が対面する反対側の入口から、二年B組に所属する代表が出てくる。

 その両手には物騒なガントレットが装着されており、ガタイもアイヴと比べて1.5倍ほど大きい。


「よぉ、アイヴ。去年は負けちまったが、今年はこの俺――バラダ・ボーガンが勝たせてもらうぜ!」

「…………」


 しかしアイヴは若干顔を俯かせたまま何も言わない。前髪で目元もよく見えず、何を考えているか分かりにくい。


「ん? 何か言ったらどうなんだ?」


 しかしその問いにもアイヴは応えることはなかった。


 無視されたバラダは怒りのボルテージを上げる。当たり前だ。これから戦う相手にまるで眼中無しのような態度を取られて良い気分になる者などいない。


 しかも観客席では、アイヴに黄色い声援を送る女子生徒が多い。そんな声援とは無縁な生活をしてきたバラダは益々熱が上がっていく。


「おいアイヴ! いつまでもテメエが一番だと思い上がるなよっ! この一年! 俺はテメエを超えるために死に物狂いで特訓してきたんだ! その成果を味わわせてやる!」


 両拳を合わせて火花を散らしながら、まるで親の仇を見るような目でアイヴを睨みつけるバラダ。


「それでは〝クラス代表戦〟――始めっ!」


 審判から開始の合図が発されたと同時に、即座にバラダが地面を蹴ってアイヴの背後に回り込む。

 多くの者が、その動きを見て「速いっ!?」と驚きの声を上げる。


 しかもアイヴはいまだに何もせずただ突っ立っているだけ。このままでは無防備に、背後から強力なバラダの一撃を受けてしまう。


 嘆くように女子生徒たちがアイヴの名を呼ぶ。

 それでもアイヴはまだ動かない。


「もういい! やる気がねえならそのままぶっ潰れちまいなっ!」


 全力で放つ右拳のガントレットから吹き荒れる炎。バラダは拳に炎を纏って極限にまで上昇させた一撃の破壊力で敵を討つ。


 その拳がアイヴに接触しようとしたその瞬間、まるで幻のようにアイヴの姿が掻き消えた。

 いや、先のバラダのように一瞬にして彼の背後に回ったのである。


「ちぃっ!? そこにいるのは分かってんだよぉぉっ!」


 しかしバラダもこの一年鍛えてきただけあって、うろたえたりはせずに、すぐに振り向き様に、同様の拳を放とうとしたが――。



「――――――――《氷刹ひょうせつ》」



 短くアイヴが呟いた直後、前髪から覗いた銀白の瞳。

 同時に驚くべきことが起こった。


 二年生や冒険者たちには、アオスの時のような驚きはない。

 ただし一年生たちは、会場の真ん中に突如現れた〝氷山〟を見て絶句していた。


 そしてその氷山の中には、今にも襲い掛からんとばかりの表情をしたまま固まっているバラダの姿がある。


「……終わったな」


 その呟きはバリッサのものだった。アオスの時とは違って、こちらは本当に不満そうな声色をしていた。


「さっすが、我らが特待生様だね~」


 そう口にするアトレアも、どこか冷めている感じではある。

 そして審判によって、アイヴの勝利が宣告された。

 その直後に、アイヴの瞳が銀白から青へと変化する。


「ちっ、クソチート野郎め、勝ったんだから少しは嬉しそうにしろってんだよ」


 バリッサの愚痴が飛ぶ。


「でもそれを言うならアオスくんだって、別に喜んでなかったんじゃない?」

「おめえの目は節穴か? アイツ、ガッツポーズしてたじゃねえかよ」

「そうだっけ?」


 確かにアオスは、カイラを倒したことで強さを実感し喜びを表していた。


「けどやっぱあの眼は怖い怖い。いまだに攻略方法が思いつかないもんなぁ。確かアイヴの一族特有の眼だっけ?」

「ああ。《氷霊眼ひょうれいがん》――そう呼ばれてる」

「見たものを一瞬にして氷漬けにするって、マジで反則だよね」


 アイヴは女子生徒たちの歓声を受けながらも、何も応えずに出口へと歩いている。


「あれ? おかしいな。アイヴってば、女の子たちの声に応えないなんて珍しいよね」

「フン。大方、アオスの戦いに触発されちまったんだろ。アイツが無口になる時は、心が燃えてる時だしな」

「あーそういえば普段は微笑んでるもんね。模擬戦してても。それにこんな感じに一瞬で終わらせるってこともしないし」

「けっ、嫌みな奴だぜ、ったくよぉ」


 つまりは本気にならないと無表情で無口にならないということだ。

 この試合、バラダが彼を本気にさせたわけではないのは明らか。


「それだけアオスくんを気に入ったってことなんだね。ちょっと……これからが怖いかも」

「まあアオスも理解するだろうよ。強えってのは目立つってことだ。それもまた冒険者を目指す上で必要だしな。俺も……負けてられねえな」

「そう、だね。あたしも負けない。アイヴにもアオスくんにも。そしてもっちろん、バリッサにもね!」

「けっ、上等だよ!」


 そうして波乱に満ちた〝クラス代表戦〟が幕を下ろしたのであった。




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