第38話 トトリの背景

 コト……ッと、目の前にティーカップが置かれる。


 さっき紅茶を飲んだばかりなのだが、もてなしを受けている以上は無下にできない。


 俺と九々夜は、苦笑を浮かべつつも紅茶を頂く。

 それにしても居心地が悪い。その理由は、長卓の端に座っている俺たちの周りに、幾つもの視線があるからだ。


 しかもそのほとんどが子供たち。俺たちが珍しいのか、好奇な視線を向けてきている。


「んで? 何でアンタたちがいんの?」


 その中で若干不機嫌そうな……いや、間違いなく不機嫌なトトリが突き刺さるような眼差しをぶつけてきた。


「これ、そのような態度はいけませんよ、トトリ」

「院長……だって」

「だって、何ですか?」

「うっ……別に何でもない」


 アリア先生に対するみたいに、シスター姿の女性には頭が上がらない様子だ。


「申し訳ありませんね、お二方」

「い、いえいえ! こちらこそご迷惑をおかけしてしまって! 本当にすみません!」


 九々夜が慌てて立ち上がり頭を下げる姿を見て、シスター姿の女性はフッと頬を緩める。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はここの孤児院の院長を務めています――コーエリア・ローダーと申します」

「わ、私は九々夜と言います!」

「……アオスです」

「実はその、私たちはトトリさんとは冒険者学校のクラスメイトでして!」

「ああ、そうでしたか。トトリと同期の方だったのですね」

「はい! あ、でもローダー……そういえばトトリさんも同じファミリーネームでしたよね? もしかして……」

「そうよ、アタシはここ出身、悪い?」

「い、いえ! そんな悪くなんてないです!」

「もうこの子ったら……せっかくお友達が来てくださったのに」

「友達なんかじゃないし……てか、用が済んだらさっさと出てってよね」


 そう言うと、口を尖らせながら彼女はここから去って行った。


「あ、あの……すみません。トトリさんを怒らせちゃったみたいで」

「気になさらないでください。あれは怒っているわけではなく、恥ずかしくてどうすればいいか分からなくなっている態度ですから」

「え、そうなんですか?」


 俺も怒っているとしか……。突然訪ねてきたのだから無理もないと思っていた。

 しかしそこはさすがファミリーなのか、トトリの感情を良く理解してるらしい。


「トトリは学校ではどうですか? あの子はまったく話してはくれませんから」

「えと……とっても優秀だと思います!」

「あら、そうなのですか?」

「今度行われる〝ダンジョン攻略戦〟のメンバーにも選ばれていますので!」

「それはそれは……ご迷惑はおかけしていませんか?」

「そんなことはありません! 私なんかよりも……皆さんのお役に立ってますし……」


 そうだろうか? たまに鞭でモンスターをしばき倒すくらいだと思うが。それ以外は、俺と一緒に傍観者の立場を取っている。


「それは安心しました。あの子は元々冒険者になるのを渋っていましたから」

「え? そうなんですか?」

「……あの子は冒険者ではなく、この孤児院を継ぐつもりでしたので」


 なるほど。授業にも積極的でなかった理由は、冒険者になりたい思いが弱かったからか。


「じゃ、じゃあ何で冒険者学校に?」

「あの子には姉がおりましてね。その子に言われたそうなのです。孤児院を継ぎたいなら、立派な冒険者になれと」

「お姉さんに……ですか?」

「はい。トトリは生まれつき大きな魔力があり、その上格闘センスも持ち合わせていました。いわゆる……天才と呼ばれる資質を持っているのです。それを腐らせるにはあまりにも勿体無いと、幼き頃から姉にキツく教え込まれていました」


 つまり冒険者になるべくしての才能に恵まれていたということだ。ただ当人は冒険者よりも、この孤児院を継いで平和に暮らしたいという願望があった。

 しかし姉にとって、トトリの持つ宝が腐るのは見ていられなかったらしい。


 まあこの世には冒険者になりたくとも、才能が無くて手が届かない者たちがたくさんいる。もしかしたら姉もそういう人種なのかもしれない。


 だからこそ余計に、才能に恵まれた妹が冒険者にならないのが我慢ならないということか?


「その……お姉さんってどんな方なんですか?」


 今までの総評だと、ずいぶんと厳しそうな印象を受けるが……。


「あら? トトリと同じクラスメイトなのでしたらご存じかと思っていたのですが」

「「え?」」


 俺も思わず驚いて、九々夜とハモってしまった。

 クラスメイトだったら知っているということは、顔見知りなのは間違いないということか。


 しかしクラスメイトにトトリの姉がいるとは思えない。教室では、いつもトトリは一人だからだ。そんなトトリを気にしている女子生徒も九々夜くらいだ。


 なら一体……。


「トトリの姉は、アリアという名前なのですけど」


 へぇ、アリアって名前なのか……って、


「「ええっ!?」」


 またも九々夜と思いを同じになってしまった。


「ア、ア、アリア先生がトトリさんのお姉さん!?」


 驚くのも無理はないだろう。俺だって衝撃だ。


 いや、でも今考えると、納得する要素も幾つかあった。

 アリア先生が、妙にトトリについて詳しいのも、彼女たちの間にただならぬ繋がりが見え隠れしていたのも、そういうことだったのだ。


 そういえばアリア先生は、ファミリーネームを口にしていない。てっきり九々夜たちみたいに、最初から存在しないタイプなのかと思っていた。

 しかしそう考えれば、トトリがアリア先生に対し遠慮深そうにしていた理由にも納得がいく。


 そりゃ担任が姉というのは非常にやり難いだろう。


「でもそういえば、髪の色や目元が良く似ているような……」


 九々夜の言う通り、少しアリア先生の方が取っつき難そうな顔立ちをしているものの、姉妹と言われれば頷けるくらいは似ていると思う。


「冒険者学校の教師をしているということは、アリア先生は冒険者……なんですか?」


 俺は学校で働く教師のほとんどがそうだと聞いていた。あのドモンズ先生も然り、校長もそうだと聞く。最も校長は〝元〟という字が前につくらしいが。


 俺の質問に対し、「え、ええ……」と辛そうな表情を院長が浮かべる。何か言い難いことでも抱えている様子だ。


 するとそこへ、俺の服を引っ張る誰かに気づく。見れば五歳くらいの子供がそこにいた。




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