第37話 トトリの行先は

 見た目は普通のチーズケーキに見える。まずは一口。


「…………これは、美味いな」


 何と言ってもこの濃厚さ。口一杯に広がるチーズの芳醇な香りと旨み。そしてケーキとしての甘みが積み重なって、絶妙なスイーツとして完成している。


「ん~本当に美味しいですぅ~! それに紅茶とも相性が良くて」

「ああ、これなら二つ三つくらいペロリといけそうだ」


 といっているうちにマジであっという間に完食してしまったので、もう一つ頼んだ。九々夜にも聞いて食べるということだったので、同じように注文した。


 そしてチーズケーキを堪能して、紅茶で余韻に浸っている時に、ようやく九々夜が本題を話し始める。


「実は……実習に関してなんですけど」


 やっぱりなと思いつつ、俺は「実習がどうした?」と聞き返した。


「今のままでいいのかな……って」

「何か不満か? 結果は残せているぞ?」

「それはそうですけど……でも何だかパーティで行動しているのに、パーティじゃないような」


 九々夜はちゃんと気づいている。今のパーティの歪さに。


「そして一番の原因はお兄ちゃん……だと思いますし」


 九々夜はちゃんと気づいている。兄の猪突猛進ぶりに。


「まあチームワークに欠けていることは間違いないだろうな」

「! ……アオスさんもやっぱり気づいていたんですね」

「気づいてないのはシン助と……いや、トトリは気づいてるけど見て見ぬフリだろうな」


 俺と一緒で。アイツはどうも楽さえできれば良いって感じだから。


「お兄ちゃんには一応伝えたんです。一人で突っ走るのは止めようって。その……アオスさんからもお兄ちゃんに言ってくれませんか?」

「妹の言葉が届かないのに、他人の俺が言っても仕方ないと思うぞ?」

「それは……うぅ」


 顔を俯かせ涙目になっている九々夜。これは傍目から見たら俺が泣かせているように見えるのでは?


「もうアオスさん! おんなのこをなかせたらメッ、ですぅ!」

「そうですよねぇ。どうせなかせるならベッドのうえ……きゃっ、わたしったらなにを~!」

「おんなのたのみをきくのもおとこのかいしょうだぞアオス! だからわたしにもチーズケーキをたらふくくれーっ!」


 どうやら妖精さんは九々夜に同情しているようだ。若干一人は別だが。

 妖精さんがそう言うなら俺も動かないわけにはいかないか。


「……分かった。俺からもシン助に話しておく」

「! ほ、本当ですか!」

「ああ。だがトトリはどうする? アイツもチームワークに関してどうでもいいって思ってる感じだが?」

「そ、そうですよね……。そういえば私たち、トトリさんのことほとんど何も知らないというか……あれ?」

「どうかしたら?」


 急に九々夜が何かを発見したかのような顔をしたから、彼女の視線の先を追ってみた。


 するとそこには今話に出ていたトトリがいた。どうやらどこかへ向かうようだ。


「あ、あの……追ってみませんか?」

「見かけに寄らず大胆なんだな」

「はぅ……」


 俺の言葉に恥ずかしそうに俯く。


「なら先にアイツを追っててくれ。俺は少し遅れて行くから」

「あ、はい、分かりました!」


 そのまま九々夜が弾かれたようにその場からトトリを追っていった。

 俺は二人分の会計を済ませると、店員にチーズケーキを3ホール分購入してから九々夜のあとを追う。


 それほど時間が経っていないので、すぐに彼女に追い付くことができた。


「あ、アオスさん! ……って、それは何です?」


 当然俺が持っている箱が入った袋が気になるようだ。


「ああ、美味かったら買った。夜食でも食べようかと思ってな」

「それにしては多いような……」

「……まあ、俺幾ら食べても太らない体質だから」

「う、羨ましいです……! ふふ、でも気に入ってもらって良かったです。紹介した甲斐がって……あ!」

「どうかしたか?」

「そ、その……お、お会計……」

「……ああ、別に気にしなくていい。良い店を紹介してくれた礼だ」

「そんな! 悪いですよ!」

「それに妖せ……知り合いの女の子から、女性と食事に行った時は男が払うべきだと教育を受けててな」


 無論妖精さんたちのことだが。


「し、知り合いの……ですか?」

「ああ。だから気にしなくても良い。それよりトトリは?」

「その……ありがとうございます。えとトトリさんは、あの建物の中へ入っていきました」


 九々夜が示した建物。


 そこは古びれた教会のようで、その敷地内から楽しそうな子供たちの声が聞こえてくる。

 もう少し近づいて中を確認してみた。


 敷地内にある砂場で、子供たちと一緒になってトトリが笑っている。


「あんなに楽しそうなトトリさん、見たことないです」


 確かにな。それにしてもここは……孤児院みたいだ。


 壁にはプレートが貼られていて、そこに【ローダー孤児院】と書かれている。


 ローダー……ね。


「――そこで何をされているんですか?」


 不意に背後から聞こえた声に、九々夜が「ひゃわっ!?」と声を上げた。

 振り向くと、シスター姿で六十代くらいの女性が立っていた。


 そして九々夜の悲鳴が聞こえたようで、砂場にいるトトリがこっちを見て「うへぇ」と嫌な顔を浮かべている。


 戸惑っている九々夜に代わって、俺がクラスメイトを見つけて何気なく気になったので後を追ったことを正直に話すと、女性が「まあまあ」と喜ばしげに顔を綻ばせ、せっかくだからと、孤児院の中へ招き入れてくれたのであった。




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