第31話 620号室の……。
今日の授業が終わって、寮へと帰ってきた俺だったが、通路に二人の人物が立っていて、何やら揉めている様子だった。
「だから、テメエはいちいち問題起こすなっつってんだろうがよっ!」
怒鳴っている人物は俺も知っている人だ。俺の部屋があるフロア長を務めているバリッサである。
そのバリッサと対面している人物は、まるでモデルのようにスタイルが良く、顔立ちも女子受けするような王子様タイプだ。
バリッサの怒鳴りに対し、右から左へ受け流しているかのような平静さを保っている。明らかに説教慣れしている感じだ。
すると先にその王子様が俺の存在に気づく。
直後、目を輝かせたと思ったら、物凄い勢いで俺の方へと駆け寄ってきた。
そのまま俺を壁に押し入るように移動させると、俺の顎をクイッと持ち上げて、何やら熱っぽい眼差しを向けてくる。
「あなたが噂の特待生、ね? 話は聞いているわ。……うん、噂通り可愛い顔をしているわね」
……何だこの喋り方は?
声は男性のものだし、見た目も間違いなくそうなのだが、何故か喋り方が女性である。
「あたしはアイヴ・オージェスト。お名前を聞いても?」
「……アオス・フェアリード」
「まあ、素敵な名前ね。アオスくん……って呼んでもいいかしら?」
「……お好きに」
「ではアオスくん、今日の夜は――」
アイヴって男が急に身を引いたかと思ったら、目の前に拳が飛んできた。もう少しで俺の鼻先を掠めるところだった。
「――もう、相変わらず乱暴ね、バリッサは?」
「いいからそいつから離れろ!」
「あら、もしかしてバリッサが先に唾をつけていたのかしら?」
「だから俺はノーマルだっつってんだろがっ!」
「あたしはタイプじゃないけれど、あなたみたいな人が好物な男だっているわよ?」
「何度も言わせんな! 俺は普通に女が好みだっ!」
何やら言い合いが始まったようなので、俺は巻き込まれないようにその場を去ろうとしたが……。
「どこ行くのかしら?」
回り込まれてしまった……。
だがまたもバリッサ先輩が、俺の前に立ちはだかる。
「んもう、邪魔しないでよ」
「お前の毒牙に狩らせるわけにゃいかねえんだよ」
「毒って……酷いわ」
「女みてえに悲しむな! キメぇんだよっ! 大体もう男漁りに走りやがって! 他のフロア長から苦情だって来てんだぞ! いい加減自重しろ!」
「だってぇ、今年は可愛い子が多くて。つい……ね?」
「ついじゃねえ! このホモ野郎がっ!」
ホモ……? つまりは……そういうことなのか?
「あ、あのバリッサ先輩?」
「おう、アオス。ちょっと待ってろ。今バケモノ駆除の最中だからな」
「乙女に向かってバケモノなんて最低ね」
「お前のどこが乙女なんだ、ああ? きっちり股間には男のシンボルがついてやがんじゃねえか!」
「まあ、下品。アオスくん、こ~んな男とは関わっちゃダメよ?」
「いいからテメエはさっさと部屋に戻れ! フロア長命令だ!」
「そんな権限、フロア長にあったかしら?」
「言うことを聞かねえんなら、お前の部屋にあるコレクションを全部捨ててやる」
「さあてと、今日は部屋でシチューを作る予定だったんだわ。さっさと帰って下拵えしないと~」
わざとらしく声を張ると、彼はそのまま620号室の方へ向かっていく。だがその際に、俺の方を向いてウィンクをしてきた。その態度にイラつきを見せたバリッサ先輩が睨みを利かせると、今度こそそのまま部屋の中へと消えていったのである。
「はぁぁぁ~、マジで疲れたわ」
「……あの人が620号室に住んでる人だったんですね」
「あん? ああ、まあな。悪かったな、あのアホが迷惑かけて」
「気にしていません。ずいぶん個性的な人ですが」
「個性的……ね。ただの変態だ変態」
「男が好きな方なんですか?」
「……どっちも食う」
「く、食う?」
「アイツは気に入ったら男だろうが女だろうが関係ねえんだよ」
「はあ……」
「気を付けろよ。テメエはどうも気に入られちまったようだしよ。……貞操は守れ」
最後の言葉を聞いてゾッとするものを感じた。
以前彼から「掘られるな」と言われたが、アレはそういうことだったらしい。
思わず尻の穴がキュッと締まる。
「ま、問答無用で襲うようなバカでもねえけど、アレには関わらねえ方が良い」
「……でも、強い……ですよね」
「! ……ほう」
バリッサが俺を顔を見て面白そうな笑みを浮かべる。
「さすがは今年の特待生だな。一目で見抜きやがったか」
「じゃあやはり相当?」
「あんなでも特待生なんだよ」
「……ん? しかし以前クールがどうのこうのって言ってませんでしたか? だからてっきり二年の特待生は氷のような雰囲気を持つ人物かと思ってたんですが」
「ああ……アイツは基本人前じゃ態度が違えしな。素は今見てえな変態だが、学校じゃそれこそクールな王子様で名が通ってるんだよ」
確かに見た目でいえば、その通り名がしっくりくる。
「んなことより初授業どうだった?」
「え? ああ、問題ありませんでした。ドモンズ先生の授業も楽しかったですし」
一応角が立たないように世辞を交えて答えておいた。
「マジで噂通り『武闘士』だったんだな。知ってっか、『武闘士』で特待生っつうのは史上初なんだってよ」
「そうなんですか」
まったく興味ないけど。
「あの先生の授業はキツかったろ? 多分試しの持久走をやらされたはずだが?」
「詳しいですね。もしかして……」
「俺も『武闘士』だからな。ドモンズ先生の初授業は、決まって持久走と模擬戦なんだよ。んで、何週までついてった?」
「……最後までついて行きましたよ」
「な、何だと? いや……まあ特待生になるくらいだからな。……やるじゃねえか」
「バリッサ先輩はどうだったんですか?」
「俺か? 俺は十週目で倒れちまったよ。まあ今だったらニ十週だろうが三十週だろうがわけねえけどな」
それが強がりなのか、自信の表れなのかは分からないが、何となく彼ならできそうな予感はする。
「んじゃ、テメエは『武闘士』としても俺の後輩ってことだな。何かトラブったら言ってこい。暇があったら手伝ってやっからよ」
やっぱりこの人、お人好しな気がする。見た目はとてもそうには見えないが。
「んじゃな。あ、それと部屋の鍵はぜってー閉めとけよ。理由は言わなくても……」
バリッサ先輩が620号室の方を見ると、扉を少し開けてアイヴ先輩がこっちを見ていたが、すぐにハッとなって部屋の中へと戻っていった。
「…………分かったな?」
「……はい」
これは鍵だけじゃなく、道術で結界も張っておいた方が良いかもしれないと思う俺だった。
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