第7話 小さな妖精女王
「――――てな感じで、俺は今ここにいるんだ」
目覚めたイシルロス様――いや、オルルに向かって俺はこの一年間についてすべて話した。
「……分かりました。わたしも『導師』様の誕生を心からお祝いさせて頂きます」
「! ……信じるんだな」
少しくらいは疑ってもおかしくない話だ。何せ成長したもう一人の自分が、俺を逆行させ、『導師』になるように導き、そしてその自分はすでにこの世から消失している。普通だからこんな話、冗談か何かだと思って笑い飛ばしてもおかしくない。
「当然です。事実、わたしの目覚めが早まった理由に辻褄が合いますし、何よりも……」
微笑みながらオルルが俺を見つめてくる。
「そこまで妖精たちに好かれている方が、わたしに嘘を教えるわけがありませんから」
さすがは見た目は幼くとも妖精の女王様。妖精のことを誰よりも理解しているようだ。
「アオスさんはわたしたちのいとしきひとなのです!」
「あぅ……はずかしいけど、りょうおもい……だとおもいますぅ」
「まったくヨウセイたらしとはよくいったものですね!」
いろいろツッコみたいところだが、最後の妖精たらしというのは初耳なんですけど?
「ふふふ、それにわたしの真名をご存じですし、未来? のわたしがアオス様を信頼していたのは一目瞭然ですから」
「そっか。そう言ってくれると助かるし……嬉しいな」
イシルロス様の信頼の証として真名を授かれたのなら、これほど嬉しいことはない。
「あ、でも勝手に呼んで良かったのか? いや、良かったんですか? 俺と認めてくれたのは別のイシルロス様で……」
「問題ありません。それに敬語も必要ありません。オルルと呼んで頂いて構いません。それでもまだ不安でしたら改めて名乗らせて頂きます」
蕾が開いた場所から降り立った彼女は、俺の目の前にチョコンと立つと軽く頭を下げた。
「わたしは三代目イシルロス。真名をオルルと申します。どうぞ不束者ですが今後ともよろしくお願い申し上げます」
「……あー、何だかそれは結婚相手に言うような挨拶だと思うんだけど……」
「ふふ、ではわたしと添い遂げて頂けますか?」
「ひゃい!? な、何をいきなり凄いことを言ってるんだ!?」
すると俺の反応を見て楽しそうにオルルが笑う。そんな彼女を見て……。
「……か、からかったな?」
「申し訳ありません。こうして『導師』様とお喋りできることが嬉しくてつい。今のわたしにとっては初めての経験ですので」
「……それなんだけどさ。今のオルルって三代目で、二代目と初代の記憶は受け継がれてるんだよな?」
「? はい、その通りですよ」
「ていうか自分の身体を若い頃に戻すために眠りにつくだけじゃなかったっけ? だったら初代とか二代目とか……全部一緒なんじゃ」
同一人物が何度も若返っているだけなのだから、それは代が変わるわけではないと思うのだ。
『導師』と話したことくらい初代や二代目ならあるはず。だから初めての経験と言われて違和感を覚えたのだ。
「もう一人のわたしは少し説明が不足していたようですね」
「へ?」
「わたしたち女王が眠りにつくのは、確かに年月を経て弱り切ってしまった身体を、元の若々しい身体へと戻すため……なのは間違いありません。ですが眠りにつくと同時に、一度わたしの身体は分解され、この【妖精樹ティターニア】に吸収されるのです」
「分解……?」
「そうして少しずつこの蕾の中で、再び肉体が構築される。魂こそ無事ですが、肉体そのものは死ぬことと同義なのです。ですから……」
「眠るということは一度死ぬってことなんだな?」
コクリと彼女は首肯する。
「ただアオス様の仰る通り、それでも魂は同じですし同一人物とえばそうですけど。ですが眠りから目覚めた女王にとって、膨大な先代たちの記憶はあるものの、意識としてはやはり誕生した感じなのです。ですからわたしたち女王は、代を設け区切りをつけることにしたのですよ」
「なるほど……俺の前の『導師』の記憶もあるけど、それはやっぱり前の自分が経験したものであって、今の自分にとっては初体験だったってことか」
「そういうことです。ですからとても楽しくて」
花が咲いたような笑顔を見せる彼女を見て、心がどこか穏やかな気持ちになる。大人版のイシルロス様の笑顔を、やはり似ているからそんな気持ちが込み上げてくるのかもしれない。
「ところでアオス様は、こちらで一年間を過ごされているんですよね?」
「ああ、そうだ。まあ一年間過ごしてても、こんな場所があったのは今日初めて知ったんだけどな。でもあれからもう一年経ったってことの方が驚きだ。外じゃまだ数時間くらいなんだろ?」
「そのことについてお話があるのですが」
「話? 何?」
「実は現在、この空間の時間は外と同一化しています」
「へぇ、そうなんだ……って、ど、同一化ってマジで!?」
「はい。申し訳ありませんが、今のわたしでは大人になったわたしのような力は使えませんから」
眠りが浅かったせいで、本来なら女王としての強さを持ち合わせて復活するところなのだが、今は扱える力に制限があり、肉体的にも同じ年ごろの子供と比べても遜色ないという。
「導力のコントロールも不完全ですし、しばらくは修練が必要になるかと思います。ですから……」
「これまでみたいにおいそれと時間を操作した空間を作り出せないってことだな?」
「精々、この空間を守れるくらいですね。かつての力を取り戻すには、やはり時間がかかってしまいます。申し訳ありません」
「謝ることなんてない」
「ですがアオス様には帰るべき家もありますし」
「……あーそうだった。外と時間の流れ同じになったってことは、あまり長居はできないってことか」
すでに数時間は音信不通を貫いているので、父の怒りは間違いなく膨れ上がっていることだろう。
「……ア、アオス様さえよければ、ずっとここで暮らすという選択肢もありますが……」
「う~ん、それも魅力的な提案だよなぁ」
ただ人界に未練がないかといえば嘘になってしまう。
何故なら人界にも、ここにいない妖精さんたちは存在しているのだ。
彼女たちにも会ってみたいし、それにやってみたいことだってある。
「やってみたいこと、ですか?」
「ああ。俺はさぁ、家から追放されてからずっと放浪してきた。とはいっても数年間だけどな。それでも……旅って結構面白かったんだよ」
「旅……」
「けどあの時の俺の身分じゃ、できることはたかが知れてて、行けない場所もたくさんあった。だから……さ、俺は世界を丸ごと見てみたい」
「アオス様……」
「それにいろんな妖精さんたちと会って、彼女たちが困っていたら手を貸してあげたい。行先に迷っていたら光を指し示してあげたい。俺は――『導師』だから」
この人生を、ただ楽しむだけじゃなく、妖精さんたちへの恩返しの生を全うしたいのだ。
「そうして世界中の妖精さんたちと友達になる。それが……俺の夢さ」
ちょっと恥ずかしい告白だったけど、嘘偽りのない本物の気持ちである。
だがその告白を、何故かオルルは、少し頬を赤らめてぽ~っと俺の顔を見つめている。何かしら反応を返してほしいのだが……。
「あ、あの……オルル?」
「!? え、えっと何ですかアオス様!?」
「あ、いや……何か固まってたから。変なことでも言ったか俺?」
「いいえ! とても……とても素晴らしい夢です! わたし、これほど感動したのは初めてです!」
まあ、生まれたばかりだからそうだろうけど……。
「ははは、まあでも……その夢を掴むまでが大変だけどな。とりあえずまずは、父上の仕置きを耐えないといけないし」
「……そのことなんですがアオス様、一つわたしにお任せくださいませんか?」
「……はい?」
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