魔王と呼ばれる竜人娘は大賢者さまにゾッコンらしい

 我が〈セカイ図書館〉へようこそ。

 どのようなセカイをご所望ですかな? IFたっぷりの並行世界でも、ことわりなる全くの別世界でも、この〈シシャ〉めがお望みのものを探しだしてみせましょう。

 ――〝しちゅえーしょんらぶこめ〟?

 ああ、なるほど。セカイわたりではなく、その閲覧を熱望したがゆえの来訪でしたか。それでしたら、うちの〈ショーチョー〉が趣味で集めている〈ビーダマ〉に、おあつらえ向きのものがあるので、ごゆるりとご観覧ください。


   *


 王都、その城下町。にぎわう中心部より少し外れた上空で、刃のぶつかり合う音が響いていた。

 渦中かちゅうに居るのは、竜人族リュートの少女と、ヒト族タダビトの青年。交戦のさなか「ねぇ」と熱く声を掛ける少女に対し、「んぅ?」とどこか冷ややかに青年が応えた。


「勝てたらっ、ホントに結婚――ッ!」

 金色の瞳をギラギラさせて、つばぜり合いに持ち込み少女が迫る。

「ああ、してやるよ」

 またしても軽い調子で返し、少女の双剣を青年は魔術剣で押し飛ばす。止まりきれないと判断したのか、ついに翼を具現化させて、少女が恍惚こうこつの表情で叫んだ。


「異種族間恋愛――バンザイ!」


 さきほどよりも移動速度が上がったことで、するどさも重みも増した激しい攻防が始まる。当人たちにはしっかり見えているのだろうが、何事かと足を止めて見上げた者たちには、微動だにしない青年の姿が見えるだけで、あとは発生源の分からない金属音と、吹き荒れる謎の風圧しか感知できない。


「でも、タダビトなんか婿むこ入りさせてどうすんの?」

「あら心外ね! 愛あればこそよ!」

熱烈ねつれつ過ぎですわぁ」


 どこまでも熱くるしいリュートの娘を、どこまでも冷ややかにタダビトの子があしらう。種族自体のパワーバランスと真逆のことができてしまうのは、彼が〈大賢者〉であるからこそだ。

 その大賢者さまは、いまだに〈魔導書グリム〉を開く気配がない。開かずに術式を展開・行使できるのが〈賢者〉職に就く最低条件とはいえ、閉じたままではどうしても威力が落ちる。手を抜かれているという事実に舌打ちを漏らし、少女は大きく距離をとった。


「クールなツラでよく言うものよ」


 双剣を逆手に持ち替え、いんえがきながら呪文詠唱を始める少女に、初めて青年があわてる。その反応を内心でほくそ笑んでから、少女は描いた印を握りしめ宙空ちゅうくうへと放り投げた。天に巨大な魔法陣が展開し、暗雲とともに黒い竜が現れる。


「ちょッ、そこで〈心竜シンドラ〉具現化させるのはナシでしょ」

「うるさい! アンタにとっちゃ、こんなのハンデにもならないじゃない!」

「あー、竜の息ブレスは街に被害が出るからやめよ? ケアも大変だから」

「愛の為なら、国の1つくらい滅びてしまえ」


 微笑ほほえむ少女の目は、完全にわっていた。これでは、次期〈魔王〉と揶揄やゆされるのも分かる。

 冗談でないことは、黒い心竜シンドラが胸を反らせて息を吸い始めたのを見れば明白だ。クール一徹いってつの大賢者も、さすがにあせりをみせる。


「マジになるなよオイやめやめ、俺が怒られる待ッ――」

「焼き尽くせ、〈煉獄の黒炎ヘル・ファイア〉!」

「チィィッ! 最大展開、〈神々の檻ヘブンズ・ウォール〉!」


 心竜シンドラの噴き出す赤黒い炎が、大賢者の出した水色の大きなおりにぶつかる。衝撃と余波が周囲を荒らすと思いきや、炎は音もなく吸収されていった。

 行き場をくした炎が、檻の中で渦巻き濃度を増していく。魔防壁系の魔法は内外の干渉を断つものだが、どうやら、内側からの干渉のみを断つよう術式が組み替えられているらしい。

 そんな器用な芸当をシレッとやってのけるのは、この大賢者くらいのものだ。それもヒトの身で、〝魔導書グリムを開くこともなく〟。


 ヒト族初の大賢者にして、歴代最強となった男。地位不動をほこった〈魔王〉ですら、その身に傷の1つも付けられず平伏ひれふし、天空城から地へ降りたという伝説を残した英雄。

 だからこそ、どうにかつがおうと竜人リュート娘は躍起やっきになっている。何より、全力で戦える、いい遊び相手なのだ。


「ぐぬぬぬ……国に追い出させる作戦が」

「そういう退路の断ち方、やめなさいね!」


 大賢者の切実な願いは、乾いた空に響くだけだった。


   *


 おや、お帰りなさい。如何いかがでしたかな?

 実を言うと、こちらはわし創造主かみの真似事をして造ったものでして。一度は〈セカイ〉になったのですが、すぐに〈ビーダマ〉になってしまった失敗作なのです。

 それでも、アナタに少しでも楽しんでいただけたなら、これ以上ない光栄と存じます。


 では、またご縁がありましたら当〈セカイ図書館〉へお越しください。



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魔王と呼ばれる竜人娘は大賢者さまにゾッコンらしい

〔2018.12.29作、2019.03.15加筆〕

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★カクヨム3周年記念選手権③「シチュエーションラブコメ」参加作


 お恥ずかしながら、エブリスタで個人企画用に書き下ろした作品に、前後の語りを足しただけのものです。あちらでは創作過程込みで公開しているので興味がありましたらペンネームで検索を。

 これがラブコメの形を成しているかは分かりませんが、こういう話を一作くらい書いてみたいなと長いこと思ってます。

(2020.06.02)


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