月下の別れ・中編

 ミシュアは慌てて剣を抱きかかえるような彼に、吹き出してしまった。彼の顔にあった直前までの、儀式のような厳かさは消え失せている。

(……ギレイさんだな)


 ミシュアは思う……彼と会う、この時間。戦地へと持って行ける、最後の思い出。わずかばかり胸の内にこびりついていた、そのような感傷はけれど――笑ってしまって消し飛んだ。


「じゃ、説明しちゃうよー」

 出逢った頃から変わらない、彼の緩んだ感じに頬も緩む。

(少し変な――何だか可愛い……良い剣を作りたくて夢中な、ギレイさん)

 心の内で呼びかけるように思っていると……応えてくれたかのように、ギレイが手にもった剣をすらりと抜いた。

 露わになる剣身……長さ、幅、厚み。

 星明かりに照らし上げられる、その輝きに、

「――、」

 目と心が奪われて、次の瞬間、何故か、妙に安心した。

(これは、わたしの剣だ)

 見ただけでそうまで思えてしまうのか、分からないけれど。

(ギレイさんは――わたしの剣を夢中で考えて、剣を作り上げてくれたんだ)

 彼のほんの少しだけ誇らしそうで、また、照れたような顔をしている。そんな顔が、こちらの心のうちを感じてくれたかのように、うなずいた。

 と、彼の頬が紅く染まっていく――彼の気恥ずかしさの理由が伝ってくるかのように、

(わたしのことだけを、ずっと考えてくれて――)

 自分の頬が紅くなるのも感じた。


「え、えっとね――説明するね。一目見て分かってくれたみたいだけど……嬉しいけど」

 咳払いを入れてから、ギレイは語り始めた。

「うん、でね、あの――」

「え、ええ……その、」

 彼と共に言い淀み、言葉の続きを探すみたいに見つめ合う。でも、彼も自分も口をぱくぱくさせるだけで……互いの顔が可笑しくて、笑い合う。

(わたし……たちは、)

 刀工と騎士としては間違えている。

(それでいい)

 それが、私と彼なのだと、心から感じた。何故だか、誇りさえ感じた。多分、似たようなことを感じ合いながら、彼と一緒に笑うことも出来た。

「うん、なんか、ごめんね」

「いいえ、わたしの方も」

 言い合って、彼と似たようなことを感じ合えた喜びを手放す……惜しげもなく。


「じゃぁ、説明するね」

 彼は口を開いた。

「馬上でも徒歩でも使えるような長さにしてある。ミシュアさんが望んだように、敵を多く斬るために、剣身の厚みと幅を持たせて重くして……威力を持たせてあるんだ」

 彼の言うことに耳を傾ける。

 騎士としての自分が、彼の剣を頼もしく感じている。

「それだけじゃなくてね~」彼は続けていた。「団長として、この剣を掲げて指揮するだろうから、目立つし、士気も高まると思う」

 団長としての自分が、彼の剣を有用だと認識している。

 すぐに手に取ってみたい衝動が湧くのを遮るかのように、

「あとね……」

 彼は気恥ずかしそうに、続けた。

「ちょっと迷ったんだけど……」

「ええ、なに?」

 口ごもる彼に、先を促すと。

「身分評議会で使う、水晶あるじゃない?」

「ええ……それが、どうしたの?」

「あれって自分の思念を言語に翻訳してくれる魔法技術なんだ。でね、武芸大会で、僕が投げ入れた剣、振るい手の意志に合わせて、刃を微細に変形……研ぎ澄まされていく、って説明は覚えてくれてる?」

「ええ……もちろん」

「うん、ありがと。嬉しいよ。でね、思念を翻訳する水晶、刃の可変性かへんせい――二つの魔法技術を織り込んで、この剣に鍛え上げた」

 彼が顔の前にかざすように立てて、剣を持った。

「振るい手の意志に、この剣は応える」

 剣身に刻まれていた文様がほの暗く光った――かと思えば、剣身が伸長した。さながら時間を操作して成長させた樹木のように一瞬で。

「――、」

 剣の切っ先を見上げて、ミシュアは息をのむ。

「これで、ミシュアさんが望んだように、合戦で戦列を共にする仲間の敵にさえ、刃は届くよ。ついでに、ミシュアさんの勇気も仲間に届くよ、きっとね」

 彼の声が優しく強く、耳に馴染んでいく。


 騎士団長としての自分が、刀工としての彼に願ったことが叶えられている。

 でも――それだけではなかった。

 自分と彼はやっぱり、少し変わった騎士と刀工なのだ。


「でね、ミシュアさん。これも迷ったんだけど――」

 伸び上がった剣身、そこに刻まれていた文様が再び発光。

 剣身が元の長さへと戻っていく、その最中で、けれど。


 今度は、彼の肩まで覆うほどの剣身の幅を拡大していた。そう、彼の剣――その姿は剣であるのにもかかわらず、たてのように存在していた。


「これはね、僕が勝手に、願ってしまったこと。刀工が自分の願いを剣に込めるのは間違いかもしれないけど……でもね、ミシュアさん」

 彼の声はほんの少しの、悲しさを秘めていて。

「僕はやっぱり、貴女に生きて欲しい」

 穏やかで優しいのに、激しく強く耳に響いた。


「騎士団の仲間や戦えない人々を守りたい――そんな、ミシュアさんの志は美しく貴いと思う。だから、僕は力を貸した。でもね、お願いだから、同じくらい、自分の命を貴んで欲しい」

 彼の声音とその願いに、でも、ミシュアは答えられない。口が開かない、上手く息が吸えない。彼の剣も、見えやしない。


「生きて戻って――また、ここで会おうよ」


 こんなにも彼の優しさに答えたいと思うのに――溢れてきた涙がどうしても邪魔をする。

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