刀工と騎士とお食事と・1
ミシュアはギレイから差し出された杯を受け取り、口をつけた。森の奥にあるという清流から彼が毎日汲んでいるというその水は、思いの外、美味しかった。
喉が渇いていたのは、ギレイの質問は多岐に渡ったからだ。騎士団成立までの経緯を話し終えたかと思えば、騎士団の任務内容や日課や習慣、食生活や趣味まで聞き出された。
とはいえ、思いの外、楽しい時間でさえあった。
剣を見定めている時の何かに取り憑かれたような彼は正直、少しだけ、怖いとさえ思ってしまったのだけれど。質問を重ねてくる彼の語り口は、まるで違った。穏やかな……今、鎧戸から吹き込むそよ風のように心地よく響いていた。
何というか、彼と話が合うように思った。
彼もそう思ってくれているといい。
不意に湧き上がった感情に、ミシュア自身、少し戸惑う。誤魔化すように水を飲み干し、杯の底を膝に置いた。それを見届けていたのだろう、ギレイが言った。
「もう一杯いる?」
「いや、もう充分」
言葉遣いはいつの間にか、互いに気安いものへと変わっていた。
評議会の位が降格したことを気にとめないギレイに、ミシュアが本音を漏らしたことがきっかけだった。ただギレイの方が何故、言葉遣いを改めたのかは分からない。
長話だったから喋りやすいようにしたのか、こちらに合わせてくれたのか、それとも、彼にしても自分との会話は心地良い時間であったのか。確かめるように、ミシュアは口を開いた。
「……わりと話し込んでしまった」
「だね、もう昼か」
開け放たれた鎧戸の外を見上げて、ギレイが言う。つられて、ミシュアも日の高さを確認して、聞いてみる。
「もしかして、わたしの話は長い方だったり?」
「でもないと思うよ。時間を計ったことはないから正確には分からないけどね。今日みたいに一気に色々と話してくれた剣士さんは居なかった……かな? 忘れちゃったよ」
そう言って、彼は微笑んでいた。
(わたしとの話はギレイさんにとっても悪い時間じゃなかったと、もう信じてしまおう)
何となく、誓うように胸の内でそう思って、ミシュアも口元を綻ばせる。
(にしても、ギレイさんの微笑……落ち着くな、なんか)
顔全体で笑うのとは違って、これはこれで可愛らしいなとか思っていると。
「ミシュアさん」
いきなり呼びかけられてかすかに、息を呑んでしまう。が、彼は気づかなかったようで、淡々と続けていた。
「まだ聞きたいことはあるけど……その都度聞くよ。それより次の工程をやってしまいたい」
「次の、工程?」
「――あ、その前に、お腹は減ってる?」
「いいえ、まだ……平気だけど」
「よし、じゃぁ次の工程に移らせて貰うね。外に出て貰えるかな?」
「ええ、分かった」
立ち上がったギレイが壁にかけてあった剣を二振り、手に取った。
一振りは以前、彼に貰い受け、今も腰にある剣とほぼ似たもの。もう一振りは真っ直ぐでやや短い剣身で十字の鐔だ。その二振りを器用に片手で持ち、彼は小屋を出て行った。
彼の背に続いて、ミシュアも外に出る。
と、少し歩いたのだろう、小屋の前、開けた草地で。
「立ち会って貰いたい」
ギレイは剣の一振り――ミシュアの腰にあるものと同型のものを、差し出してくる。
「え? 立ち会い……とは、あの」
反射的にそれを手に取りながら、ミシュアは問わずには居られなかった。
「……え? 何故?」
が、ギレイは聞いているのかいないのか、もう一振りの剣を抜き払っている。
彼が鞘を放り捨てて――
「次の工程なんだ、これがね」
穏やかな口調のままで、彼が斬りかかってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます