刀工の朝ルーティン
その朝、ギレイはいつもより早く起きてしまった。毛織物の毛布からゆるりと抜け出し、ベットの軋みを耳にしながら、立ち上がる。
いつもの鍛冶小屋が何故か、少し違ったように見えた。
「ん~?」
寝ぼけた頭を掻きながら、ギレイは習慣に従ってベットの支柱に吊してあった短剣を手に取り、小屋の外へと出た。
森の朝はにぎやかだった。肌寒い風に木々の紅葉がそよぎ、幾枚か踊り散らせる。陽光に落葉にきらめき、野鳥の鳴き声がそこかしこで弾ける。
「……んーと」
ぼーっとした頭でも、身体が勝手に動く。
短剣の鞘に巻き付けてあった剣帯を腰に回し、固定。軽く肩の力を抜いて、短剣を抜き、そのまま横なぎに振るう。剣術、抜き打ちの基本の型。続くのは同じく基本の斬り落とし、払い、受け流し。五年前の傭兵時代から続く、朝の習慣だった。
短剣を振るいながら、ようやく頭が巡り出す。
(えっと……今日は)
昨日の作業を思い出す。近隣の農民が持って来た、鍬の研ぎ直しはすぐに終わった。鉄塊の成形……剣にするための初段階である平板にすることは一昨日、終わっている。
森で伐採した薪は昨晩、火炉で使うために木炭にしてあった。
(ってコトは――)
短剣を斬り上げつつ、突きへと繋げる型をこなし、やや静止。血を払うための、手の内だけで短刀を振り、鞘に納めたところで。
「――使い込まれた良い剣筋ですね」
拍手混じりの声音に、ギレイは首を巡らすと。
「剣士としてもやっていけるのでは?」
微笑みながら、ミシュアが歩み寄って来ていた。都市で見かけるような服装は前と同じ。また、それでいて貴族のような雰囲気を漂わせるのも十数日前のまま――改めて、ギレイは思う。
(うん……やっぱり来てくれた。ミシュアさんは約束を破るような人じゃない)
何故だか妙に安心して、また、思った。
(うん……でも、やっぱり不思議だ)
親友が言うには、彼女は武具ギルドの方から営業に来るような騎士団長であるはず。
(本当に、なんで、僕のところに来てくれてるんだろう?)
ハサンは彼女が偽者だと言っていたが、ギレイは全くそんな疑いを持たない。ただ、ミシュアが来てくれることへの疑問がかすかに募る。
(本当に、なんでだろう?)
内心で首を傾げつつも、彼女の腰に自分の剣が下げられているのを見つける。当たり前なのだが、やはり、彼女と出逢ったことが現実だったのだと再認していると。
「あの、ギレイさん? わたし、何か、良くないことでも言ってしまいましたか?」
不安げな彼女の顔が、手を伸ばせば届くようなところにあった。
「い、いや、違います」
言いながら、ギレイは何故か後ずさりしてしまう。彼女が来てくれることの不思議さに囚われていた頭がゆるりと現実へと戻る。ふわふわと思い出す――今日は彼女との約束の日だと。
頭が急に、忙しく回り始めた。
(あ、それで家が違って見え……)
最初に会った時、彼女が開ける扉が違って見えていたことを思い出し、今日の早起きは彼女の再訪に身体が勝手に準備していたのだと理解。で、別のことも思い出す。
「あ、あの……早くありません? 約束では昼前という……」
「え、ええ……だったのですが」
彼女も少し慌てたように、言い募った。
「今日はギレイさんのところに行く以外に、何の予定もない日でしたので、早めに来てしまいました……森でも散策しようかと思っていたのですが」
「あ、あーというか、恥ずかしいところを見られてしまった……」
「え、え? 恥などではありません。どころか、良い剣筋でした。剣士として通用するほどの」
「いや、いや、そんなっ!」
「いえ、いえ、そんなことはっ!」
「いやいやっ!」
「いえいえっ!」
何故か強めに言い合って、一瞬の間が空く。その合間に、風にそよぐ。木々がざわめく。変に慌て合う自分達をなだめるように。
「……ふふ」
「……ははっ」
理由も分からず、ギレイはミシュアと笑い合ってしまう。
(えーっと、とにかく)
笑って幾分、力が抜けたギレイは、落ち着きを取り戻して刀工として考える。早く来てくれた依頼主たる剣士にできること。
「ミシュアさん。せっかくですから、もう始めましょう」
「え、よろしいのですか?」
「はい、僕も今日の予定はミシュアさんの剣のみですので」
「ありがたい……では、わたしはどうしましょう?」
「まず、鍛冶小屋で僕が渡した剣を見せて下さい。振るってくれたのなら、感想も聞きたい」
「ええ、わたしとしてもお話したいことがたくさんなのです」
「はい、僕も聞きたいことがたくさんです……なので、小屋の中で話しましょう」
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