第一章 出会う前から、知っていた
出会う前から、知っていた――彼女の場合
降り始めた小雨が赤く染まった木々の葉を叩いて滴らせている。
ぽつ、と落ちてきた水滴が、剣の十字の
あ、という声を吐息のように、ミシュア=ヴァレルノは漏らした。か細い声音と満月のような金色の瞳……不安そうな横顔は十代。都市民の普段着であるカートルを身につけた姿はごく普通の少女のものだ。けれど、手慣れた所作で革袋から覗かせていた剣を納め、抱きかかえる。
抱き締めた剣に、ミシュアは思う。
(この剣は……もう)
革袋に納めた剣は今や、真っ二つに折れ、抱きかかえられるほどに短い。
(この剣はもう……死んでいる)
それは分かっていた。
それでも、ミシュアが折れた剣を持っているのは、
(わたしの敗因を、この剣が知っているはずだ)
思って、足を速める。と、噂に聞いていた通り、煙突が突き出た鍛冶小屋が見えてきた。
鉄鎚と火ばさみが交差した図柄の看板を掲げてあって、鍛冶小屋ではある。あるのだが、その小屋は赤や黄の葉をつけた森に溶け込む……といえば良く言い過ぎで、苔と蔦まみれの廃屋と言われた方が納得するほどのありさまだ。
「……」
足が止まった。
実際、この人里離れた鍛冶職人のところに来た理由の一つは、
(これ以上……わたしは失態を団員に見せるわけにはいかない)
騎士団長としての見映えだ――自分のためではなく、仲間を率いるための。仲間達の顔を思い出し、剣が折られた時のことまで思い出しかけた時だった。
カンッ、と鍛冶小屋から音が聞こえた。
小気味よく続く、鉄の音色。鉄と鉄が打ち合わせる音は、ミシュアに剣を交わし合うことを連想させた。
それが、何だというのか。
気がつけば、ミシュアは小屋へと歩き出していた。小さな木扉に手を伸ばす。その向こうに居る誰かの顔が、気がつけば、見たくなってしまっていたのだった。
木扉を開いていく最中で、ミシュアは足が小屋に向かった理由が分かった。
(この音は似ているんだ、わたしの剣撃音と)
扉の向こうに居る人ならば、自分のことを分かってくれる。
出会う前から、そう、信じてしまっていた。
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