戦場に行くキミのために、僕は剣を鍛え上げる

クロモリ

序章 月下の別れ

月下の別れ

この別れは、出会ったときから決まっていた。


星と月の明かりが照らし出す森の、少し開けた平原で。

ギレイ=アドは自らが作り上げた剣を、差し出した。


声もなく、それを手に取るのは、ミシュア=ヴァレルノ。数千の騎士を束ねる騎士団長の少女だった。名声も実力も、彼女は持ち得ている。そして、だから――


彼女は、明日、戦争に行く。


この別れは出会ったときから――ギレイとミシュアが刀工とうこうと騎士として出会ったときに、決まっていたことだ。


だから、ギレイもミシュアもこの別れに何も言わない。


でも、ふたりは剣から手を離していなかった。

いや、互いの手を重ね続けていたのだった――互いの手のぬくもりを、手放したくない、と声もなく囁き合うかのように。







       ―――――――――数か月前――――――――




 赤く熱せられた鉄片てっぺんに、鉄鎚かなづちを振り下ろす。


 カンッ、と甲高い音が響き、鉄から火の粉が散った。

 腕を伝ってくる衝撃に、ギレイ=アドはかすかに眉を寄せる。

 切れ長の目が細まり、眉間のしわが深くなる。気難しそうな表情を浮かべる横顔は、まだ若く、十代の少年のものだった。

(もともとの鉄鉱石の質が悪かったな……やっぱり)

 ギレイはそう思いながら、左手に握った大きなペンチ――熱した鉄を掴むための火ばさみ――に力を込める。再び鉄鎚を振り下ろす。音と火花が散る。

(鉄鉱石……あのギルドから買ったのが間違いだった? まずいな……買い直すにしても、金がない。驚くほど、ない……)

 より気難しそうな表情で、ギレイは鉄鎚を力強く振り下ろて火花を散らす。身につけていた革の前掛まえけが火花を受ける。前掛けが焦げる……竜の革だと言っていた商人の顔を思い出す。

(やっぱり嘘だったか。いくら中古とはいえ、竜革が三百シリクはありえなかった)

 でも、金がないという現実に負けてしまった。

 ……金は強いのだ、もしかしたら剣よりも。

(でも、僕は――)

 金なんかよりも強い剣を、ギレイは鍛え上げたかった。

 そう、思った時だった。

 ふと、気になって、鍛冶場の扉を見やった。

 普段のギレイならば絶対にありえないことだった。鍛鉄たんてつの時に鉄から視線を外すなど、ありえないことだった……なのに。

 開かれていく木製の扉を、ギレイは見つめていた。


 だから、もしかしたら、最初から知っていたのかもしれない。


 扉の向こうに居る誰かが、自分にとって掛け替えのない人になっていくことを。出会う前から、知っていたのかもしれなかった。

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