第27話 神御神輿
伊藤力丸の自宅。
力丸爺さんの家を出た姫星は、何か違和感を覚えクンクンと空気の匂いを嗅いだ。
「まさにぃ…… 何だか変だよ?」
姫星は風が濁っている感じがしたのだ。何だか昨日まで嗅いでいた爽やかな空気とは、様子が違う感じがしているのだった。
「ああ、空気に土の匂いが着いている感じだ」
雅史も姫星の真似をして空気を吸い込んだ。土と言うかカビ臭い。
誠も同じように思っているのか周囲を見回している。
「確か、土砂崩れの時にこんな匂いに成りますよね?」
雅史は誠に尋ねた。
「ええ、そうですね。 土砂崩れは雨が酷く降った時ぐらいにしか起きないもんです。 しかし、ここ一週間は雨など振っていないんですよね……」
誠は怪訝な顔付きで言った。
「祭りが行われる霧湧神社って山の上ですよね?」
雅史が誠に聞いた。
「はい、標高は高くないですが…… ちょっと役場に寄り道をしましょうか?」
誠はポケットから車のキーを取り出した。
姫星一行は村役場に到着した。すると、役場中の電話が鳴っており職員たちが応対に追われていた。
「村中から問い合わせが入って来ていましてね」
役場に入って来た誠を見つけた役場の人が誠に説明していた。
「ひょっとして土の匂いですか?」
雅史が役場の人に聞いた。
「はい、そうなんです。 土砂崩れの発生時には、山や崖から土の匂いが出てくるんですよ。 ここは山が深いし、土砂崩れは時々発生するんで、村人は敏感に感じ取るんですよ」
役場の人は電話の内容をメモに書き込みながら答えた。かなり、メモ書きが埋まっている所見ると、ひっきりなしに電話が来ているようだ。
「今、村を囲んでいる山に、職員たちを派遣して調査させているのですが、土砂崩れの兆候は今の所、気配が無いと報告が上がって来ているんです」
役場の人も困り顔で話していた。怪音や落盤に続いて異臭騒ぎである。こうも続くと役場の業務が滞ってしまう。
「そう言えば、川の堤防に亀裂が入ったと課長が言ってました」
見ると村長の日村も電話の応対に追われていた。
「山形君はコッチで電話の応対に出てくれ」
村長の日村が山形に指示を出して来た。祭りの準備もあるので忙しいのだろう。雅史には軽く目礼しただけだった。
「じゃあ、私は村の仕事に戻らせていただきます。 私の車は自由に使っていただいて構いませんよ」
そう言って雅史に車のキーを渡してきた。
「それでは山形さんはどうやって帰宅するのですか?」
雅史は気に成ったので尋ねた。車が無いと偉く不便な所だからだ。
「役場の者に同乗しますよ。 どちらにしろ祭りに行くんですからね。 ですからお気になさらずにお使いください」
誠はにっこりと笑って手を振った。
「はい、分かりました。 宜しくお願いします」
雅史は誠に礼を言ってから、姫星を連れて役場を後にした。
「祭りにはその格好で行くの?」
雅史は姫星を車に載せながら尋ねた。
「うん、この格好で。 だって着替えは無いもん」
黒のメイド服ロリ少女はとても目立つ。
「それに、この格好で道を歩いてると、村のお爺ちゃんお婆ちゃんが近寄って来て飴くれるの」
姫星はカチューシャを抑えながらニコニコして答えた。
村の男たちが農道に掲げてある松明の準備をしている。街灯など望むべくもない村の農道を照らす為だ。それが無いと神楽神輿の隊列が、暗闇の中迷子になってしまう。
「村の異変の切っ掛けは泥棒だったけど、おねぇが居なくなったのは絶対に、この村で発生している怪事件が関係してると思うの」
姫星は歩きながらそう言った。
「偶然だと思うけど……」
雅史が言い澱んでいる。
「偶然が重なるんなら、それは必然なんですよ」
姫星がきっぱりと答える。答えはきっとウテマガミが握っているに違いない。この村の謎を解き明かせば姉が帰ってくる。姫星にはそう思えて来ているのだ。
「さっ! 早く」
姫星は雅史の手を引っ張り、霧湧神社へと先を急いだのであった。
『神御神輿』は毎年の春先に行われ、その儀式を持って五穀豊穣を神様にお願い申し上げるものだ。日本各地に伝わる豊穣祈願で行われる祭りは数多くあり。それぞれの地方色を生かした物だ。この祭りもその一つでさほど珍しくも無い風習であろう。
ただ、他と違うのは『神様を呼び寄せる』という方法であると思う。普通は神様はすでに居て、そこにお願いするなり、お礼するなりなのだが、この祭りは御神体に神様を呼び寄せるのだという。
御神体と言っても河原に転がっている只の小石だ。石そのものには意味は無い。儀式を行い御神体として崇める事に意味があるらしい。その儀式を執り行うのが春の祭りなのだ。
(山岳信仰と土地神信仰がごっちゃに入り混じっている感じなのかな……)
宝来雅史は祭りの詳細な手順を聞き、そう感じていた。きっと長い年月で変節して行ったのであろう。住んでいる人間の、入れ替わりの激しい土地などでは、そう云う事も良くある物だ。
人は信じたい物を選ぶ習性がある、神様との距離が判らない以上は、信じたいやり方を考えるのは仕方が無いことだ。
儀式の手順を簡単に言うと、最初は霧湧村に流れる我川の上流から、御神体となる小石を拾いあげる事から始まる。それを霧湧神社に伝わる欠片に載せて、神社境内で”神様を呼び寄せる”儀式を執り行う。
これだけだ。
儀式には神様が入る石を持つ「石勿(いしもち)」と、神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の三組が必要だ。これは全て村の男衆が担う。
「石勿(いしもち)」が、石を拾う儀式は村の一番若い者が行う。まず我川の上流で滝に打たれて禊ぎを行う。禊ぎを済ませたら、直ぐに目隠しをして、介添え人と共に河原に赴き小石を拾う。介添え人は目隠しをした「石勿(いしもち)」を手助けするのだ。
これは、日が暮れて闇夜が訪れる寸前の時間帯。俗に逢魔が時(おうまがとき)に行われる。日中に活動していた神様が、住み家に帰る前に、川に沐浴の為に立ち寄っていると、考えられているためだ。
河原で目隠しを外したら、最初に目に付いた小石を拾って懐に入れ、誰の眼にも触れないようにして、神輿に載せられ神社に持ち帰るのだ。もちろん、小石を拾う間、介添え人はそっぽを向いているのだそうだ。
霧湧神社に向かう時には、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」が神輿を先導していく。
『リン』と鈴を鳴らし、神様の通過を知らせる。
『シャン』と錫杖(しゃくじょう)の頭部にある六個の遊環(ゆかん)を揺らして邪気を祓う。
『トン』と錫杖で路面を叩き大地の穢れを祓う。
そして、「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の男たちは一歩前に進み、それに合わせて神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」も一歩進む。何ともゆっくりとしか進まないが儀式なのだが仕方が無い。
その間は誰もが無言だ。言葉を喋ると神様に気付かれてしまい、あの世に連れていかれるのだと伝えられている。
石を運ぶ『神御越し』の隊列は誰も見てはならない。河原から霧湧神社までの道は、人払いされており、村人たちは霧湧神社で待っていた。
空には断片的に雲が浮かんでいる。そこに沈みつつある太陽が紅く照らしていた。
無人の農道にはかがり火が炊かれており、神を運ぶ『神御神輿』の隊列を照らしている。その中を隊列はゆっくりと時を刻むように進んでいく。あぜ道にいる虫たちが、歌って隊列の行進を見送っていた。
かなりの時間を使って『神御越し』の隊列は神社の境内に入ってきた。境内の中は要所に設置されたかがり火で照らされている。もはや時刻は真夜中に近い。
境内に集まった村人たちは、皆示し合わせたように境内の外を向いていた。
「後は階段を登って神社の前に行くだけですわい……」
時々、振り返って隊列を盗み見していた雅史に力丸爺さんが言った。
「境内の中も見ては駄目なんですか?」
いつの間にか隣に居た力丸爺さんに尋ねた。
「私たちも同じようにするんですか?」
姫星も続けて聞いてみた。
「まあ、出来ればそうしたほうが良いのぉ でも、神様は気まぐれだで、ちょっとくらいなら気にはせんでも良いよ」
雅史と姫星もそれに習って外を向いていた。しかし、雅史は時々振り向いて儀式の進行を盗み見ている。民俗学者の本能がそうさせるのだ。
「隊列が境内に入ってしまえば振り返って見てももええよ」
雅史の隣にいた力丸爺さんは話していた。
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