第25話 振動する空き家
霧湧村公民館。
公民館には宝来雅史と月野姫星と山形誠の三人で残っていた。車と仏像を盗んだのは、泥棒一味の残りに違いないと話し合っている処だ。
「鍵かけても無駄なのか…… とほほほ」
雅史は自分の車のキーを握りしめながら嘆いた。
「鍵かけてる車を盗めるって、今時の泥棒ってすごいんだねぇ」
姫星が感心したように呑気に話している。雅史は泥棒たちの努力の方向性が違っている気がした。
「もっと、真っ当な事に努力すれば、今頃は結果が違っているだろうに……」
雅史は、まだブツブツと怨嗟の言葉を吐いている。
「ここに、残っていてもやる事がありません。 一旦、役場に行きませんか?」
誠は意気消沈している雅史に声をかけて来た。
「そうですね。 詳しい経過が聞けるかもしれないです」
雅史の車が走り去って、しばらくしてからパトカーのサイレンと、停車を促す声が聞こえて来ている。なので、雅史の車が直ぐに発見されたのは分かっていた。
しかし、それだけだ。雅史たちに警察無線が聞ける訳でもないし、携帯電話も使えないので、経過がさっぱり分らないのだ。それならば、役場を通じて警察に連絡してもらえれば、少しは現状を教えてもらえるかもしれないと考えたのだ。
「じゃあ、僕の車で行きましょうか…… ちょっと、汚いけど我慢してくださいね」
三人は誠の軽トラックで役場に到着した。すでに出勤していた村長の日村に公民館の出来事を話していると、村を抜ける谷の方角から大きな爆発音が聞こえて来た。
「あれって……」
姫星が言いかけると、雅史が小さく首を振っていた。なんとなく雅史の車であるのは言われなくても分かる。
「とりあえず、電話してみますね」
話を聞いた日村がさっそく警察署に電話した。公民館での出来事や車の盗難などの話をして、谷の方からの爆発音の事を問いただした。すると、雅史の車は崖から落ちて大破してしまったと報告を受けたそうだ。
「まだ、ローンが残っているのに……」
予想が出来ていたと言え、がっくりと肩を落とした雅史に、日村は盗難扱いになるので保険でどうにかなるよと慰めていた。
「そういえば伊藤力丸さんに話を聞きたいとか?」
日村が自らお茶を運んできた。人数が限られている村役場では珍しくない光景だ。
「はい、この村の規模の割に寺院の数が多いので、それが何故なのかをお尋ねしたいんですよ」
起きてしまったことはしょうがないと雅史は割り切る事にした。物事を論理的に考える雅史は、立ち直りが早いのだ。
「美良さんの行方不明と関係するのですか?」
日村が不思議そうに聞いてきた。
「いえ、関係無いです。 学者としての興味があるんですよ」
雅史は、この村で発生してる怪異現象に少なからずも興味があった。
「どちらにしろ夜までやる事が無いので……」
簡易的な祭りをやると言ってもそれなりに準備をしない実行は出来ない。それまでに疑問に思った事を解消しておこうと雅史は考えていた。
「た、大変ですっ!」
その時、村長室に役場の斉藤が飛び込んできた。斉藤は主に農業支援などを行う役人だ。
「どうしたんですか?」
日村が尋ねた。
「美葉川の空き家が倒壊したそうです」
斉藤は村長室に張ってある村の地図を示しながら言った。
「え?!」
室内に居た者が全員腰を上げた。妙な影が見えるとか、怪音が聞こえるとかのあやふやな話ではないからだ。
「被害者は?」
日村はすぐに対策本部の立ち上げを考えた。村人たちが騒ぎ出すのは分かっているからだ。
「今、調べておりますが空き家なので不明です」
それだけ言うと斉藤は退室して行った。事後の処理をする為だ。
「とりあえず、現地を見に行きましょう。 それから対策を考えないと……」
日村は山形を見ながらそう言うと考え込んでしまった。
「私たちも行っても良いですか?」
雅史が尋ねてみる。ここに居てもやる事が無いからだ。車が無いので自由に動けないのもある。
「ええ、どうぞ。 山形君。 君の車に乗せて差し上げなさい」
日村は山形誠に指示を与える。
「はい、わかりました」
誠は村の作業ジャンパーを羽織って、ズボンのポケットにある車のキーを確かめた。
倒壊した空き家。
問題の家は美葉川に沿って走っている県道の脇にあった物件だ。近所の村人たちが遠巻きで、倒壊した空き家を見ている。
「ここ…… なのか?」
そこは見に行って分かった。倒壊などでは無く地中に家が沈みこんで行ったのだ。古い家の解体現場を創造していた雅史は言葉を失った。
「……」
土地が丸く削られたように抉れている。深さは五メートル位だろうか。その中には家屋だったらしい木材が出鱈目に納まっていた。
「ああ…… あの家ね……」
誠は家の場所を見て、どんな家だったのかを思い出したようだ。
ご存知だろうか? どこの土地にも家相の悪い家というものがある。何をしたという訳では無いのだが、人が居つかない家という物があるものだ。
この空き家は、昭和の高度成長時代に建った家で、その頃はあちこちの山や森を切り開いて宅地造成していた。
日本が豊になったと錯覚していた時代。かつては限界集落であった村が、ブームに乗りリゾート開発の為の新興住宅地になりはじめた。
一介のサラリーマンでも誰でも夢の一戸建てが持てる時代だった。ほとんどの家が粗末な建売で、地鎮祭も何もしないで、いきなり建てたのだそうだ。
その住宅地には、田舎の生活に憧れて都会から一組の家族がやってきた。それから1年もしないうちに、父親は保証人になった親友の会社が倒産して行方不明。人生を勝手に諦めた母親が子供を殺して自殺した。無理心中だ。
同じように引っ越してきた、隣の家も事業に失敗して夜逃げし、人気無い家から出火し全焼した。
まるで呪いでも罹っているような住宅地だ。何回か転売されたが、ここ十年は誰も住んでいない。その住宅地の下に空洞が出来て、そこの地盤が崩れて家が引き込まれたのだろうと思われた。
誠が事故現場を見学に来ていた村人に何やら話しかけている。やがて、その村人に礼を言うと戻ってきた。
「隣家(と、言っても田舎なので結構距離がある)のお婆ちゃんが、この家が崩壊するのを見ていたそうです」
早速、三人は老婆の家に話を聞きに行った。二階建ての築五十年はあろうかという家に、老婆は一人で住んでいる。子どもたちは仕事がある都会に行ったまま帰って来ないと嘆いていた。
とにかく年寄りの話は長い。肝心なことは中々話してくれなかったが、聞いていると老婆の家でパキーーンと何かが鳴った。
「にゃっ?!」
姫星がびっくりして天井を見ている。音はギシッミシッとする音に変化した。
家鳴りと言われる現象、木造の家によくある現象だ。湿度の関係で木材などが伸縮する時に鳴るらしい。
「ああ、この家では一週間くらい前から、頻繁に家鳴りがするようになったんですよ」
いきなりの怪音にびっくりしている三人に老婆が話した。そう言っている間にもギギギィと天井裏から聞こえて来ている。
「ウテマガミ様が村の家々を尋ねて回っているんでしょうよ」
老婆はそういうと手を合わせてお祈りを始めた。正確に一週間前かは不明だが、泥棒が霧湧神社のご神体を粗末に扱った頃からだろうと、雅史は目星をつけた。
家鳴りはまるで何かを探しているかのように天井裏を鳴らしている。
「今日も家鳴りが玄関まで行ったかと思うと、しばらくするとあの家がバキバキッと、音を立てて沈んで行ったんですよ」
最初は空き家がユラユラと揺れたのだそうだ。それから、煙みたいのが見えたかと思うと、ゆっくりと回転しはじめ、空き家は地面の下に沈んで行ったと老婆は話していた。突然の事なのでびっくりして友人の所に電話をした。そして、その友人が役場に電話で知らせたそうだ。
「もう、いきなりでびっくりしちゃってねぇ」
老婆はカラカラと笑いながら話した。
家が倒壊した様子を聞いた三人は、礼を言って老婆の家を後にした。
「調べてみないと分からないですが、あの空き家の下に空洞が出来ていた可能性が高いですね」
雅史が誠に告げた。元鉱山跡などで地盤が緩くなって、地上にある住宅共々崩落する事故をニュースで見たことが有る。
今回の怪異現象もその可能性が高い。問題は現象を引き起こした原因だ。
「ええ、そうですね。 でも、そんな事ってあるんでしょうか?」
誠は逆に雅史に尋ねて来た。
「誰にも知られてない洞窟が村の地下を通っているって事?」
姫星は空洞と聞いて、洞窟を思い浮かべたらしい。
「いいえ、村の下に洞窟があるって話は聞いたことが無いです」
誠は首をひねりながら答えた。もし洞窟があるのなら昔から話が出ているはずだ。誠は神社の脇にある、祠ぐらいしか知らない。
「或いは、地下水脈の流れが変わって、地下の土を運んでしまった……とも、考えられますね」
地下水脈が関係在るのなら、村のあちこちで発生しているという、異音の現象が説明できるからだ。
(村で発生している異常低音と関係あるのでは?)
雅史は怪音との関連も疑っていた。
そんな事を話しながら、三人は誠の車に乗り込んだ。
「それじゃあ、力丸爺さんの家に向かいますか」
誠が雅史に言ってきた。空き家のことは村の自警団に任せることにしたらしい。人数ばかり集まっても出来る事は限られているからだ。
「さっき話しに出てきたウテマガミ様というのは、霧湧神社に祭られていた神様の事ですか?」
車中で雅史は誠に尋ねた。
「はい、そうですよ。 どういう字を当てのかは分かりませんが、そう呼ばれています」
誠が運転しながら答えた。
「ウテマガミ様の謂われって分かりますか?」
雅史が尋ねた。村役場でも『ウテマガミ様の祟り』との言葉を聴いていたからだ。祟り神の逸話は多いが、話に聞くのと実際に目撃するのでは心構えが違う。
「さあ…… 子供の時分からそう呼んでますからね…… 力丸爺さんに聞いたほうが早いと思いますよ」
誠は神様関係は無頓着なほうだった。祭りのときに敬っていれば事が足りると考えるほうだ。
そんな事を話しながら三人は伊藤力丸爺さんの家に向かった。
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