傷ついた元衛生兵~小さな光と共に~

沢鴨ゆうま

前編

「おい、ああ、なんでお前が! 誰か!」


 権力を誇示する国家間で戦争が勃発。

 その中でのとある最前線。

 山間での打ち合いで倒れた兵士が一人。

 そこへ来た別の兵士が叫んでいた。


「くそっ! 助けてやるからな」


 倒れた兵士を抱え、後方へと退避する。

 前線近くに設営された拠点では、傷ついた兵士が次々に運ばれている。

 担架に被せられた布から力なく垂れさがる腕。

 自力で脚を引きずっている者。

 テントの角で息絶えている者――

 そこも戦場であった。

 混み合う戦場の中で数少ないスペースを探して歩く。

 走り回る兵士にぶつかりながら。


「ここならいいだろう。誰か! 衛生兵はいるか!」


 全員がそう思っている。

 その中で叫んだ言葉に鋭い目線が浴びせられる。

 意識が朦朧としている者からは無視されているが。


「私が診ましょうか」


 華奢な身体に似合わない軍服を着た蒼い眼の男。

 腕には赤十字が描かれたワッペンが縫い付けられていた。


「お前、衛生兵なのか?」


「そうでなければ声は掛けません」


「経験は?」


「私の自己紹介をしている時間は無いと思いますが」


「親友の命を助けたいんだ。確実に助けられるヤツに頼みたい」


「こんな時に贅沢なことを考える余裕があるのですね」


「こっちは必死だ! お前はどう見ても若すぎるだろ」


 衛生兵は腰に手をやって呆れてみせる。


「やる気のある若造と、やる気のない老医師。どちらを選びますか?」


 兵士は親友を見つめる目を衛生兵へと移した。

 どう見ても真剣な眼差しをしていた。


「……わかった。お前に頼む」


 衛生兵はしゃがんで、怪我人の状態を把握していく。


「俺はゴルジェイ・ゴードン。あんたは?」


「結局自己紹介するんですね。私はイワン・エヴァンス」


 手際よく状態を確認してゆく様を見て、ゴルジェイは落ち着きを取り戻す。


「イワン、そいつの命だけはなんとしても助けてやってくれ」


「全力は尽くします」

 

 その言葉を聞くと立ち上がり、手持ちの装備を確認する。


「頼んだ。俺は前線に戻る」


 分厚いブーツの靴底が土を擦る音と共に反転した。


「こいつを傷つけた奴らに血文字で反省文を書かせに行ってくる」


「……待って!」


 関節の確認を止めて振り返るイワン。

 ゴルジェイもジャっと土を鳴らして立ち止まった。


「あなたが帰ってくると約束をしないのなら、私は親友を助けません」


 振り返り、イワンを睨みつけるゴルジェイ。


「何を言っている!」


 肩に掛けていた自動小銃の銃口をイワンに向けた。

 しかしイワンは動じずに言葉を発した。


「私が親友を助けたとしても、あなたがいないと分かればこの人はこの先、棺に入るまで苦しみ続けることでしょう」


 銃を握る手の力が抜けてゆく。

 肩に掛け直して腰に手をやった。


「がははは! 気に入った」


 イワンの肩に手を置く。


「……俺は必ず帰って来る。だから、助けてやってくれ」


「分かりました。なんとしても助けてみせます」


 場数の多さを物語るような分厚い手を置いていた肩をポンポンと叩く。

 ゴルジェイは真っすぐに姿勢を戻して笑みを浮かべた。


「頼んだぜ。じゃあな! 他の仲間に怒られちまうからよ、行ってくる」


 怒号、悲鳴、金属音、爆音……

 彼は様々な非日常的な音の中へと消えていった。


「さて、あなたを運ばなければなりませんね」


 イワンは親友に連れて来られた彼の背中に腕を回し、身体を起こす。


「よく頑張りましたね。彼が微笑むまで」


 ゴルジェイが笑みを浮かべた理由。

 それは、傷ついた親友が腹の上で拳を握って見せていたからだ。

 最後の力を振り絞り、生きている事実を伝えていた。

 大丈夫だ、という意味も込められていたのかもしれない。

 ゴルジェイが微笑む程だったのだから。


「この方は」


「……お願いできますか?」


「あ、はい」


 手の空いた衛生兵が近寄りイワンに尋ねた。

 しかし返事を聞いて悟ったようだ。

 ゴルジェイの親友は運ばれていった。

 その様子を見届けてテントへと戻る途中。

 崩れた壁の下から小さな音が聞こえた。

 イワンは迷うことなくその場へ近寄った。


「……いたい、いたいよ」


 そこには瓦礫の下敷きになっている少女がいた。

 急いで少女の傍へ行く。

 しかし、自分で退かせられるような瓦礫ではない。

 通りがかった兵士がイワンに気付く。


「さっきは助かった。あんたの手際の良さには驚いたよ」


 イワンが手当てをした兵士だった。


「すみません、手を貸していただけませんか?」


 兵士の目に少女が映る。

 何をするべきか即伝わったようだ。


「仲間を呼んでくる」


 数人の動ける兵士が集まり、瓦礫が退かされてゆく。

 少女を助け出すことに成功した。

 兵士たちも互いにハイタッチをして喜ぶ。

 しかし少女の状態は随分と酷いものだった。


「ありがとうございます。後は私がやりますから」


「こんなことしか言えないが……頑張ってくれ」


 そう言い残して兵士たちは立ち去った。

 少女の左腕と左脚は役目を終えている。

 生かしておける限界部分で止血処置を迅速に施す。

 終わると少女を抱え上げ、足早に自分のテントへと向かう。


「もう私は限界だ。こんなの、耐えられない」


 イワン・エヴァンス。

 医師を目指す学生だった。

 しかし戦争が始まってしまう。

 彼は強制的に衛生兵へと配属される。

 資格も無いのにと拒否は試みた。

 だが、知識と技術は十分あると、学校から軍に連絡されていたらしい。

 軍の配属先へ行く準備中に家は空爆を受ける。

 両親をこの時に亡くす。

 それからは戦争への対抗心のようなものに突き動かされる。

 気づけば最前線の衛生兵として日々を過ごしていた。

 約三年の間、ほぼ毎日。

 その中で数え切れないほどの重傷者や亡くなっていく者たちを見た。

 若い彼のメンタルは受け止めきれなくなってゆく。

 そしてダメ押しが助け出した重傷の少女。

 限界を感じた。

 彼は一つの決断をする。

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