誰かの日記帳

鶫夜湖

ヤマハラソウヤの場合 その1

12月31日

いつの間にか今年が終わった。相変わらず何もしなかった一年だったな。

蟹と飲みたいと聞いたら店員がオススメクラフトビールとやらを選んでくれた。

それと俺にしては奮発して買った冷凍蟹で年越しをすることにした。キャッシュレスとやらのお陰で少し安いのはありがたいことだ。

蟹は水っぽくて失敗した。もっと奮発しなくてはいけなかったようだ。

今度は動いていて襲いかかってくるやつを買おう。

クラフトビールはオススメだけあって蟹に合った。水っぽくてもビールのおかげで少しましだった。


1月1日

初詣に行こうと思ったが炬燵が離してくれず諦めた。

餅を焼いてしまったあとで良かった。

テレビを見て寝正月だ。

夜になって漸く離してくれたので風呂に入ることにした。両足にはくっきりと炬燵の足の跡に痣が出来ていた。何もそんなに強く握らなくても良かったのに。


1月2日

知らない土地で土を掘っていた。真っ暗の中で無心に掘っていた。

茄子を掘り当てた。

金色の茄子だった。

起きてみたら味噌汁が茄子だった。銀色だった。

少しを感じた。


1月3日

姉夫婦と一緒に姉の子がやって来た。

見ないうちに大きくなった。

隙を見て俺の膝に乗ってきて、退かしてもまた乗ってくる。なんとも微笑ましい。

お年玉をねだられたので、しまっていた綺麗な箱の中にお金を入れて渡してやった。

大層喜んでいたのでこちらも嬉しくなった。

その夜眠ろうと頭を枕にのせたら枕の中身がお札に変わっていた。

お礼のつもりだろうか。


1月4日

起きてはみたが、支度をするうちに仕事がはじまるという事実が嫌になった。

炬燵に潜り込んだら、働けと放り出された。

かなしい。

仕方ないので仕事に行った。

既にどの机にも一山づつ仕事が乗っていた。

数日ぶりの面々と正月挨拶をかわした。

上司は真っ青な顔をしていて早々に帰った。

大丈夫だろうか。


1月5日

まだ上司の顔色はまだ悪かったが俺は何があったか聞けずにいた。

昼から帰ってくれば今年初の残業が確定していた。

お早いお残りで。とからかいつつ同僚が一人また一人と帰っていく。

いつかお前もこうなるんだぞと心で叫ぶ。

そんな中でパソコンとにらめっこしていた。


1月6日

にらめっこの決着がつかず朝になってしまったのでそのまま今日の業務に入った。

昨日俺が健闘したからか今日はパソコンの調子が悪く定時に帰ることができた。


1月7日

七草粥のために七草を用意する。

といってもこのためにプランターに七草は育ててある。しっかり水やりをしていたのでとても美味しそうに育っている。しめしめ。

食べられてしまうことを分かる前に刈り取らないといけない。

去年は逃げられて三草になった。

そして今年は四草になった。

よし。進歩したな。


1月8日

大事な商談があるということで先輩のスマホを預かることになった。

商談にはスマホを連れていくことは出来ない。こいつらは勝手に泣き出すから話が進まなくなるからだ。

先輩が戻ってくるまでにぴるぴると何度も泣いていた。

戻ってきたとたんに泣き止んだ。

何だ。俺の何が不満なんだ。

じっとスマホを睨んだら先輩にわしゃわしゃと頭を撫でられた。

スマホはまたぴるぴると泣いた。

投げそうになったのをおさえた。


1月9日

一晩で窓が隠れるほど雪が積もったので会社を休むことにした。

その旨電話をしようと思ったが誰も電話に出なかった。

皆雪が積もったから休むことにしたのだろう。そりゃあ誰も電話に出ないはずだ。

ゆっくりと炬燵と戯れた。


1月10日

積もった雪は達磨になって道路に並んでいた。

二段式、三段式、一体型、獣タイプと様々にあって楽しい。

兎の形をしたものが楽しそうに跳ねていた。

ぼんやり眺めていて遅刻をした。

怒る人はいなかった。

兎はついてきたが溶けてしまった。

水溜まりに目と耳が残っていた。


1月11日

餅を叩いて割る義務があるので餅を捕まえに外に出る。

もちもちもち。

町には餅が溢れ返っていて皆必死に餅を捕まえようとしていた。出遅れまいとその中に混ざる。

もちもちもち。

くそっ餅の癖にすばしっこい。

なんとかひとつ捕獲できた。大きい御供え餅の下の段だ。

連れて帰るころにはひび割れて良い感じになったので用意していたハンマーで叩き割って食べた。柔らかくするのに時間がかかった。

叩いて割る義務がなければひび割れる前にそのまま食らいついてみたいものだ。


1月12日

昨日の夜は救急車のサイレンを子守唄に眠った。

起きて何があったのかと近所の話を聞いてみれば、慌てた餅が人の口に飛び込んだらしい。毎年ある事故だった。

小さい御供え餅の上だったらしい。

……柔らかそうだな。


1月13日

今日はコーヒーの調子が悪いため炭酸が出てきた。炭酸を飲むには寒いのでお茶を買いに行った。

しかし今日はお茶も調子が悪いらしくお茶も炭酸になっていたので諦めた。

しゅわしゅわ。

温めた炭酸は爆発してしまうので禁止されている。

コーヒーがないので仕事の進みが悪かった。


1月14日

先輩とお昼を食べに行った。

まだコーヒーは調子が直っていないみたいだ。

タワーのようなサンドイッチを少しづつ引き抜いて食べる。いつも途中で崩してしまうそれを先輩は器用に食べる。

すごい。

重なった野菜より重なった肉が難しいのだ。

しゅっと抜くのは得意ではない。

昔レタスを抜こうとしてサンドイッチを壁に食べさせた。

カラーで心に残っている。


1月15日

正月飾りを片付ける日だった。

しめ飾りはぐったりとしていて白い部分がだらりと伸びている。包み込むようにそっと外す。

育ってしまって原形を無くした小さめの門松も同じように袋に入れる。

近くの神社のお焚き上げに持ち込んだ。

火に入れると嬉しそうにパチパチと踊る。

また年末だな。

帰りにコンビニによった。

炬燵と食べるアイスを一時間悩んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰かの日記帳 鶫夜湖 @tugmiyako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ