第96話 全米オープン
五月も終盤に差し掛かり、日差しも日増しに強くなってくる。
東京での生活もようやく慣れて来た。
今日は、学校から帰るとまっすぐマンションの一階にあるスポーツジムで、健斗さんとのスパーリングをしている。
体格的にバンタム級の健斗さんより、俺の方が二回りほども大きくなっていたので、既にスパーリングでも殆ど俺の方が優位にこなせている。
「翔、もう俺じゃ翔のスパーリングパートナーでも厳しいな。スタミナだけは自信あったけど、翔とやってたらまだまだだって実感させられるぞ」
「そんな事有りませんよ、健斗さんのスピードに合わせるのは俺も結構必死ですから」
「結構って事はまだ本気じゃ無いんだろ?」
「そうですね!」
「はぁ……へこむぜ」
「でも、俺が知ってる限り健斗さんより速い選手はいないですから、自信持ってくださいね」
「翔はボクシングは何処までやるつもりなんだ?」
「そうですね、ウエルター級でベルト貰ったら、ヘビー級のチャンピオンとエキビジションとかで戦わせてくれるって言う話以外は、断ろうと思います。ベルトは獲得したら翌日くらいに返上する予定ですね」
「本当に次元が違うよな」
「俺はもっといろいろやって見たいですし」
「そうか、俺はボクシングしか出来ないから、この道を究める」
「カッコいいですね」
当然の様に俺はアマチュアボクシングでは世界選手権の出場権を手にする事も出来て、八月のニューデリーで行われる大会へと駒を進め、放映権料がプロの世界タイトル戦を上回る高額となった事が、世界の話題をさらった。
もう一つのメインイベント、インターハイの剣道個人戦の都大会でも香織と二人で一本も取られる事無く優勝して、八月の本戦の出場を決めたぜ!
一方のゴルフでは、六月の全米オープンに参加するためにトーリーパインズゴルフコース・サウスコースがあるカリフォルニアに向かった。
「今回は、GBN12のメンバーはみんな学校があるからちょっと寂しいかな?」
「綾子が居てくれるから大丈夫だよ」
そう伝えると、綾子先生が顔を真っ赤にしてうつむいた。
「プロゴルファー翔、頑張ります!」
全米オープンの開催コースは、大会の五年以上前から決まっていて、それに合わせてコース設定を調整していく。
セッティングの特徴は、非常に深いラフと狭いフェアウェイであり、近年では優勝スコアをイーブンパーと想定してコースを作っている。
マスターズを含む他のトーナメントが派手なバーディーの取り合いによるエンターテイメント性を求めているのに対して、全米オープンは選手にひたすらパーを積み重ねることを要求し、一度落としたスコアを取り戻すのは困難を極める。
そしてこのトーナメントには、もう一つ大きなルールがある。
予選ラウンド終了時(二日目終了時)において、六十位タイ以上、およびトップから10ストローク以内のプレイヤーのみが、三日目以降の決勝ラウンドに進むことができる。
「倉田さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「どうした翔君?」
「もしですね、二日目までに二位に十打差つけちゃったらどうなるんですか?」
「翔君、それは翔君ならできるかもしれないけど、盛り上がりに欠けるから大人な判断を求めたい所だね、ペースを上げるのは三日目からで頼むよ」
「そうですよね、エンターテイメント性は大事ですよね?」
「翔君? 本当に頼むよ?」
そんな流れで始まった、予選初日。
プロデビュー初戦でもあり、アマチュア時代の成績で推薦されただけの俺の実績では、当然まだやっと夜が明けたばかりの時間からのスタートだ。
三日目は六十人まで減るけど、今日の時点では百五十六名にも上る参加選手が
大会主催者としては困るだろうけど、注目度で言えばやっぱり俺の名前ってアメリカでもそこそこ有名な訳で、早朝スタートにも拘らず、以前レストランで一緒になった筋肉質な爺ちゃんが、ハリウッドセレブな友人を引き連れて応援に来てたりして、悪目立ち度は半端ない。
スタート前のクラブハウスでがっちりハグされている様子などを、日本の局が撮影してるけど、決してそう言う趣味は無いからね?
現地時間の早朝六時は日本では夜中の一時からと言うスタートだけど、一時間前から生放送してるんだって。
流石に初日に一緒に回るメンバーは、日本ではあまり聞いた事のない選手ばかりだけど、それでも世界のトッププレーヤーだからレベルは相当に高い。
今日も倉田さんがキャディとしてアドバイスをくれている中、俺は初日を3アンダーの首位タイで回った。これで明日は最終組のスタートになるから、日本時間では朝方五時くらいからのスタートだね。
二日目は三月の米ツアーで一緒に回ったライガーさんが同じ組で、もう一人はイギリスの選手でジャスティンさんと言う人だった。
「Hey翔、今度も負けないぞ」
「お久しぶりです、ライガーさん。俺も今回はパワーアップしてますから負けませんよ」
「オリンピックヒーロー、よろしくな。後でサインをしてくれ。息子に頼まれてる」
「初めましてジャスティンさん。サインはOKですけど何にするのが良いですか?」
「俺の息子はスイミングやってるからタオルが良いな」
「解りました。用意しておきますね」
そんな感じで始まった二日目は三人が一歩も引かずに、スコアを積み重ねちょっと困った状態になっていた。
「倉田さんどうしましょう? 大会規定だと明日から三人だけになってしまいますよね?」
「ライガーとジャスティンが翔に張り合って頑張りすぎてるからな。まぁここまで来ちまったらしょうがないさ。運営も本戦三人だけでやるとかいう馬鹿な判断はしないだろ?」
俺達三人のスコアがぴったし11アンダーで並び、四位が1オーバーと十二打差で最終ホールを迎えていた。
それでも、シビアな判断を下した大会本部は足切りを15打差に設定したために、本戦ラウンドの三日目からは一気に二十一人まで参加者が減ってしまっていた。
「翔のせいでスポンサーに嫌味言われちゃったぞ?」
「いやいやライガーさん、二人共全然本気出し過ぎで、俺も全く気が抜けなかっただけですから」
「きっと明日は更にカップ位置とかが難しくされるだろうな」
「パットだけは苦手なんですよね」
「翔にも苦手があると聞いて安心したよ」
二日目を終えると、ジャスティンさんに「家族が応援に来てるから一緒に食事なんてどうだい?」と誘われた。
倉田さんは、「首位争い中だから遠慮した方が良いんだけどな」って言ってたけど、小学生の息子さんと娘さんが居て、俺のファンだとかいうから、綾子と二人で快くディナーを一緒に取る事にした。
黛さんに頼んで、俺のスポンサーメーカーのTシャツとタオルを用意して貰って、ディナーの席で、直接サインを書いて手渡したら大喜びだったよ。
でも、日本のテレビ局がそんな様子も撮影しに来るのはチョットだけ困ったぜ。
大会三日目も昨日と同じメンバーでのラウンドになった。
ジャスティンの息子さんが、俺のサインしたTシャツを着て、娘さんはタオルを持って俺の応援をしてた。
そのせいか、ジャスティンは三日目でスコアを落として、最終日はほぼ俺と、ライガーさんの一騎打ちになる。
三日目終了時点で
俺 14アンダー
ライガー 15アンダー
ジャスティン 10アンダー
のスコアだ。
四位の選手が2オーバーだからコース設定なんかは間違いなく、例年通りの全米選手権と同等の難易度になってるんだろうね。
出場選手が二十一名しかいないから全員がアウトの1番ホールからのラウンドだ。
当然の様に日本国内でも凄い盛り上がりになっていて、俺のマンションの二階にあるパイロットショップでは、俺絡みのゴルフグッズが一気に売れすぎて困ってると言う情報まで、テレビ局から伝えられたよ。
ちなみに朝の四時からの放送にかかわらず、昨日の生放送は視聴率四十パーセントだって。
最終日の今日は、流石に日本ではウイークデイの月曜日だからそこまでは行かないよね?
それでも俺の通ってる高校では、午前中は授業は自習になって運動場に大型ビジョンのトレーラーが乗り込み、トーナメントの様子を放送しているそうだ。
校庭でテレビ中継を眺めて応援する生徒が全体の九割だったんだって。
私立高校ならではだよね?
でもライガーさんって言うたぐいまれな才能の持ち主のお陰で、トーナメント自体は最高の盛り上がりを見せている。
筋肉爺ちゃんたちも、パリピそのままのいでたちで、シャンパンを用意して付いてきている。
自由すぎだろ?
綾子の横を見ると、今日はリンダや美緒、アナスタシアも応援に来ていた。
流石に『カラーレンジャーズ』の恰好では無い。
そして、全米オープン最終日はスタートした。
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