第33話 V4と綾子先生の憂鬱

 今日でオリンピックも二週目に突入し、日本中が毎日の熱い戦いに賑わっている。


 俺は競泳競技も七日目を迎え、午前中は二種目の出番が待っている。

 朝一から百メートルバタフライ準決勝と、二百メートル個人メドレーの決勝だ。

 今日は夜の部でも、五十メートル自由形予選と、千五百メートル自由形予選の二種目が待っているから大忙しだぜ!


 会場ではGBN12も勢揃いして競技開始前から応援パフォーマンスは、大盛り上がりだ。

 他の会場でも、全国から招待されたGBNの完コピパフォーマー達が先頭に立ち応援を盛り上げてるらしいよ。


 あっという間の社会現象だよね。

 バタフライの準決勝は、お約束の二着泳ぎで明日の決勝へと駒を進めた。

 そして会場が一際大きく盛り上がりを見せて、二百メートル個人メドレーの決勝が始まる。


 この競技では予選で既に世界新記録は出しておいたし、ここは一着で泳ぐ事だけに留めておこうかな。

 俺的には世界記録を出しすぎて、他の競技者がやる気を無くすほどのタイム差が出来ちゃう事は、避けたいんだよね。


 だから今回の五輪で世界記録を更新してしまった競技に関しては、記録が破られるまでは基本出場しない方向で考えてるんだけどさ、まぁ絶対では無いから、大人のお付き合いで出るかも知れないけど……

 スポンサーさんがくれるお金が馬鹿にならない金額だしねぇ。


 アフリカの美緒の事業を手伝うにも、教皇様や斗真さんからの出所不明のお金ばかり使うわけには行かないし、ちゃんと出処のはっきりしてるお金も必要なんだよね。


 あー競技に集中しなくちゃ!


 「Take your marks」の声とともに、応援の声も一気に静かになり号砲を待つ。


 号砲とともに、思いっきりよく飛び込んで、一度も先頭を譲ること無く一着で泳ぎきった。

 タイムは世界新には及ばない物の、堂々の金メダルだ!


 俺はゴールをした後に、片手で背泳ぎのスタートバーに捕まって会場を見渡し、指四本を立ててアピールし、会場のみんなも同じ様に構えたところで右手を突き上げた。


 大歓声とともに、会場が一体化し喜びに満ち溢れる。

 何度と無く繰り返されるこのパフォーマンスも、世界中のトレンドになってるらしいよ。


 午前のプログラムの最後に表彰式で四個目の金メダルをかけてもらい、金メダルに口づけをするポーズをして場を盛り上げた。


 今日は、夜も二つの競技を控えているため昼食は遠出はせずに、両親達と近所のレストランで済ませた。


 気配を伺うと、アナスタシアとイヴァンも同じレストランで食事をしていたが、俺とのコンタクトを取るって言うのが目的だったんなら、もう目的は果たしたんだし帰ればいいのにね?


 絶対仕事にかこつけて、日本で観光を楽しんでいるとしか思えないぜ。


 お昼御飯を食べ終わって、近くのホテルの喫茶コーナーでコーヒーを飲んでいると、俺のファンの人達が握手を求めてきたりして、あんまり寛げないなぁって思ってたら、綾子先生の表情が少し晴れないのが気になって声を掛けた。


「先生どうかしたの?」

「うんちょっとね……」


 なんか言いにくそうな感じだな? 周りに人が居るから言いにくいのかなと思って、一度拠点に行って話を聞く事にした。


 すると、俺と一緒に居ると常にメディアに露出することが多くて、地方公務員の綾子先生はそんなに沢山の着替えを用意することも出来なくて、いつも同じ様な格好でテレビに映ってしまう事が、少しつらいんだって。


 なんか女性らしい悩みで可愛いと思ったぜ。


 それならと、俺の代理人を務めることの多い美緒には、洋服なんかは好きなだけ買っていいと伝えてるんだし、先生も俺の秘密を知っちゃってる大事な仲間なんだから、お金は好きなだけ使っていいから、着るもの揃えなよ! って言って、アイテムボックスから取り敢えず三百万円ほど出して「今日一日でこれ全部使い切って、好きなだけ服とアクセサリー買って下さい、残すのは禁止ですからね」と、伝えた。


「ちょっと何言ってるんですか? そんなお金受け取れるわけないじゃないの」と綾子先生が激しく拒否ってきたから、美緒に連絡して呼び出した。


 美緒は良くも悪くも結構有名人なので、オリンピック期間中は俺と行動を共にする事は控えてる。


 で、今の状況を説明して綾子先生に、服を買いに行く事を納得させてくれと頼んだ。


「綾子、貴女はもうどっぷり翔に惚れちゃってるんでしょ? 私も同じだけどね。この先さ、翔と一緒に人生を歩んで行くなら、これくらいで遠慮してたら全然自分を売り込む事なんか出来ないからね、今のうちから遠慮せずにしっかり甘えておきなさい。私は遠慮なんかしないよ」


 と言うと、なんかモゴモゴ口の中で言っていたけど、結局美緒と二人でショッピングに行くことを了承した。

 美緒も「私の分のお小遣いも頂戴」って言ってきた。


「美緒にはお金いっぱい預けてるじゃん」と伝えると、


「あれはアフリカの事業で使うための資金だから、個人での使用はしないよ。お小遣いはちゃんとねだった分だけって決めてるの」


 と、何かよく解らない理論を言ってきたけど、一応考えてるんだよな? 

 何となく納得して、美緒にも二百万円ほど渡すと「ありがとう」と言いながら俺のほっぺたにチューをしてきた。


 それを見た綾子先生は「アワワ」とか言ってたけど、美緒に「綾子もお礼のチューくらいしてあげなよ三百万円分に相応しいような濃厚なのでもね!」と言われて意を決したように、俺のおでこにチューして小さく「ありがとう」って言った。


 それだけの事に、顔を真赤にさせて本当に可愛いと思ったぜ。

 精神年齢では俺のほうが歳上なんだけど、見た目はどうしても中学生な俺だから、背徳感から抜けれないんだろうね。


「二人共今日はそれを使い切るまで買い物してね!」と伝えると、美緒は満面の笑みで「了解」と言い、綾子先生は「えぇ、こんなに使い方が解んないよぉ」と言ってたが、美緒に手を引っ張られて出ていった。


 これで綾子先生の浮かない表情を見ることが無くなるなら安いもんだぜ!


 ◇◆◇◆ 


 さて、夜の部に向けてのウオーミングアップでもしておこうかな。

 今日の夜の部はGBN12は他の決勝のある競技への応援に行ってるから少しだけ静かかな? とか思いながら、会場に行くと大勢の小学生の一団に取り囲まれた。


 何でも冬本さんに完コピ動画で選ばれて呼ばれた小学生だそうで、一クラス全員で撮影した動画だったらしくて、全員招待の上に担任の先生や校長先生まで引率で駆り出されて、保護者の人達も含めてすごい人数の招待になったそうだ。


 貸切バス二台を冬本さんの事務所の方で用意して来て貰ったらしい。

 競泳会場の席自体は無いから立ち見になってしまうらしいけど、それでもプラチナチケットの競泳競技を見れるから大喜びで来てるみたいだった。


 競技後だと夜九時を過ぎちゃうから、小学生達も急ぎで戻らなければならなくなるし、今のうちに記念撮影とかサインをして上げる事になった。


 いきなり言われても困るけど、まぁ小学生たちがカワイイから許す!

 でもそんな様子まで、テレビ局がしっかりカメラ回して撮影してるんだよね、きっと五輪後の回顧特番とかで使うんだろね。


 肝心の競技は五十メートル自由形では二着泳ぎをして、千五百メートルのスタートを迎えた。

 この競技は五十メートルプールを十五往復もする事になるけど、スタミナ自慢の俺にはこの競技が一番自信のある競技になるんだよね。


 折角の小学生たちの応援も貰ってるし、世界新の瞬間を体験してもらおう!

 現時点でも世界記録は俺が持ってるけど、前回は14分29秒で泳いだから今日は14分20秒切りペースにしようかな。


 中央の四コースからのスタートをした俺は、飛び込みの時点で他の選手よりも五十センチメートル以上は遠くに飛び込み、一気に先頭に立つ、そのまま一度も追いつかれること無くグングンと差を広げ、最終ターンを終える頃には二十メートル以上の差をつけ、そのままゴールした。


 W.Rワールドレコードの表示とともにタイムが掲示される。


  14分19秒85


 会場の応援ダンスを踊ってくれた小学生たちも大喜びだ。

 その後に行われた、4×百メートルメドレーリレーを小学生たちのいる応援席に行って、一緒に日本チームを応援した。


 こういうサービスはきっと大事なはずさ!

 俺達の応援の甲斐もあって、男女ともにメドレーリレーチームも決勝進出を決めた。


 小学生達が貸切バスに乗る時に一人づつ握手してあげて見送ったけど、握手の列に先生や保護者も並んで少しめんどくさいと思ったのは内緒だ。


 今日から遊真は希望のぞみちゃんとお母さんも東京に出てきて、斗真さんの官舎に泊まる事になったらしくて、先に帰っていった。


 俺は両親と三人だけで、ご飯を食べに行ったよ。

 今日は中華が良いなと思ってホテルの超高級中華料理を食べに行った。


 レストランでトイレに行く時にアナスタシア達のテーブルの横を通ると、親指を立てて「グッジョブ」と俺にだけ聞こえるように囁いた。

 選手村に戻ってロビーでスポーツニュースを見てると、今日GBN12が応援に行っていた柔道の女子七十八キログラム超級と男子百キログラム超級の二種目でも日本がメダルを獲得して凄く盛り上がってる様子が、映し出されていた。


 柔道は体重無差別でやらせてくれるならやってみたいんだけどなぁ、百キログラム超級って言う事は超えてないとだめなんだよね?


 でもアンナや香織もずっと毎日働き詰めだけど大丈夫なのかな? ちょっと心配だよ、香奈は心配してないけどね! 


 部屋に戻ってからアンナと香織にそれぞれ電話してみたけど、大変だけど充実感の方が大きくて、楽しくて仕方がないって言ってたから大丈夫かな?


 そろそろ寝ようかなと思って居ると、綾子先生から電話が掛かってきた。

 結局美緒と二人でついさっきまで、買い物し続けて今やっとホテルの部屋に戻って来たらしい。

 

「翔君ありがとう、大切に着るね。でも今度は一緒にお買い物にも行きたいな、美緒とは何回か行ったんでしょ? 美緒が自慢してくるからチョット悔しいと思っちゃったよ」

「あーそうですね、その内一緒に行きましょう俺自分の服選ぶセンスとか壊滅的だから、先生に選んで欲しいです」


「でもこうやって二人で話すときとかは先生は辞めて欲しいかな? 綾子って呼んで欲しいな」

「解ったよ綾子、おやすみ」


 と言って電話を切った。

 きっと電話の向こう側では、先生が真っ赤な顔してるんだろうな?

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