第15話 ボクシングジムと帰還者

 お昼の近藤の家族との食事会で、びっくりのメモを渡されてしまった俺は、食事会が終わった後に一度拠点に転移し、香奈ちゃんへと電話をかけた。


『あれ? 電話早かったねぇ。やっぱり翔さんがア◯パンマンだよね、すぐ解ったよ。ちょっと二人きりでお話したいなぁ』


『何で解った?』

『私と同じだと思ったの、この意味解るよね?』


『君はお父さんの事は何処まで解ってるんだい? それとお母さんやお姉さんは君の事を解ってるの?』


『お父さんの事は、残念だけど解ってるわ、お姉ちゃんやお母さんは何も知らないよ』

『そうか、今から迎えに行く。何処に行けばいい?』


『中学校の前が良いかな? この辺知らないし』

『十分後に行くから出ておいてくれ』


 どう言うことだ……俺と同じって事は、異世界からの帰還者って事なのか? まだ解らないから余分な知識を与えないように接しないといけないな。


 そして俺は自転車を漕いで中学校へ向かった。

 

 そこには香奈ちゃんが、白いワンピース姿で立っていた。


「あれ? 自転車なんだぁ」

「走るにはちょっと距離あるしね」


「ふーん、まいっか」

「先に聞いておきたいのは、俺と同じって何が?」


「異世界知ってるよね? 私はイルアーダで三十年も過ごしちゃったけど、翔君はどうだったのかな?」

「そっか、イルアーダ知ってるんだね、じゃぁちょっと手を握って」


 俺は香奈ちゃんと拠点に移動した。


「何ここ? 随分優雅な暮らししてんじゃん。いいなぁ」

「ねぇ香奈ちゃん、君は誰も協力者は居なかったのかい?」


「知ってたのは、父さんだけだよ」

「って事は、香奈ちゃん海外と繋がってたりするのかな?」


「私は、表立っては何もしてないから、繋がってないよ? もし繋がってたら翔君に殺されちゃうかな?」

「またってどう言うことなんだ? 俺の身近な人に危害を加えられない限り、何もしない事は約束するよ」


「ふーん、私は魔王様としてイルアーダで三十年過ごしたんだけどねぇ。覚えてくれてないかな? 貴方に殺されちゃったお陰で戻れたんですけどぉ勇者様」

「お前あの魔王か? そう言われてみたら確かに面影があるが、最後『ありがとう』って言って消えていったよな?」


「思い出してくれたんだねぇ十三歳JCが魔王やらされて精神ボロボロだったからね、倒されて戻れるとは思ってなかったけど、まぁ結果オーライ? だったよ」

「で、香奈もこっちでそのまま能力使えるのか?」


「私は殺されちゃった時に能力は殆ど失ってしまったの。唯一使えるのは鑑定だけよ」

「そうか、でも鑑定が使えるならお金儲けは困らないだろ?」


「そうだね、でもお父さんに鑑定かけて、知らなくていい事実とかいきなり知っちゃったから、余り使いたくないんだよね、魔王とかやってたら周りの人が死んだりするのは当たり前にあったから、父さんの事は実際そこまでショックじゃないんだけど、お母さん達には教えられないかな?」

「香奈はこの先どうするんだ? 普通の暮らしなんかできんのか?」


「出来ないよ? 勇者に寄生して生きていくのがいいかな? って今日思ったくらいかな」

「ちょっと勘弁してくれよ。でもさ、一度使えてた能力だし、何かのきっかけで使える様になったりしないか? 地球征服とか言い出すなよ?」


「翔君が相手してくれなかったら、言い出すかもしれないよ? もう諦めるしか無いと思うな勇者様?」

「取り敢えず困ったことがあったら、相談には乗るから大人しく過ごせよ?」


「解ったよ、あんまり困らせると本当に討伐されそうだし、お母さんや、お姉ちゃんは幸せに過ごしてもらいたいから取り敢えずは大人しくしてるよ、勇者様の一ファンとしてね!」

「勇者様は禁止ワードな」


「あのね、私お父さんを使い捨てた存在を許せないの、それだけ協力してくれないかな?」

「いきなりシリアスモードかよ、だが解った。それは俺も気になる。ロシア大使館を跡形残さず消し飛ばした存在なんだが大統領は違う。恐らく俺たちと似たような存在が居るんだと思うが、心当たりはないか?」


「そうね既に二人も異世界帰りが居るんだから、他に居ても不思議は無いよね、あ! 私が倒した翔君の前の勇者が居たわね、日本人じゃない場合もあるなら彼らの可能性があるかも」


「どんなやつなんだ俺の前の勇者って?」

「えとね、翔君と違って四人パーティで挑んできたんだよね、凄く弱かったんだけど、名前も覚えてないなぁ。勇者が男の子で後は女の子の賢者と聖女と格闘家だったんだよね」


「人種の組み合わせはどうだった? 全員ロシア系か?」

「バラバラだよ。肌の浅黒い娘が賢者で、中国系の格闘家と、イタリア系の聖女、勇者はロシア系って言われればそうだったなぁ」


 なんか……とっても面倒な展開だが、少なくとも異世界召喚が俺にだけ起こった現象では無い事が明らかになった。

 恐らく魔王、香奈に倒された勇者パーティもこの世界に居る筈だ。

 俺がある程度自重せずに能力を発揮すれば勝手に向こうから寄ってくるかも知れないな。


 ◇◆◇◆ 


 先日アマチュアライセンスを申請する時に、ボクシング部のキャプテンに紹介してもらったボクシングジムに練習生として、参加させてもらった。


 練習に強制参加とかはなく、試合の参加とかは実力を見て推薦する程度だって事だから、気楽にしていいよって事だった……初日のスパーリングを終えるまでは。


 

「折角だからプロの選手がどれだけの実力があるか経験してみな」ってジムの会長に言われて、「お願いします」と俺もちょっと期待して対戦することにした。


 ヘッドギアを着けられてグローブは一番軽い10オンスを渡された。

 対するプロ選手は日本ランキング5位の期待選手らしい、次の試合に勝てれば日本タイトルマッチへの挑戦も決まっているそうだ。


 まだ公式戦で一度もダウンを経験したことがないそうだ。

 バンタム級の選手らしいけど、試合時は53.52kgまで絞らなければいけないけど、普段は俺と同じ60kg前後の体重なんだって、減量って凄いよね。


 そしてゴングの音が鳴り響きスパーリングは始まった。

 この間のチャンプ君と同じ様に打ってこいとばかりに手を広げているが、どう考えてもやっぱりまともに打ち込むと、終わってしまうかな?


 ちょっと遠慮気味にボディを打とうとすると華麗なステップでさっと躱して、逆にぎりぎり当たらない位置にワンツーを放ってきた。


 お、流石に中学生とはレベルが違うんだな。

 これなら安心かも、俺は足の位置や踏み込み速度などから当たらない位置に打ってきたのが解ってたから、避けなかったのだが、ジムの人達からは全く反応できてなかったと思われたみたいだった。


「あれ? アンダージュニアのチャンプをノックアウトしたって聞いたから期待してたけど、まぐれだったのかな?」と、少し小馬鹿にした感じで言葉を掛けてきた。


「あ、その発言フラグですよ?」って小さくつぶやき、さっと潜り込んでボディ二発を放ち、アッパーを当てて上げた。


 ヨロヨロと三歩ほど下がったが踏みとどまった。

 その段階になって、会長が目を見張りリング下に張り付いた。


 対戦相手は、本気スイッチが入り連続でパンチを繰り出してくる。

 俺はその全てを足を使わず上半身だけで避けてみた。


 会長が手を握りしめて、見てる。

 更に打ってくるが「今度は俺のターンでしょ?」といいながら放ってきたストレートにカウンターで合わせた。

 俺のカウンターが相手のテンプルに刺さった所で、会長が割って入った。


 「真司、こいつは物が違う。今日はここまでだ」


 真司と呼ばれた人は、少し足がふらついていたが、ダウンはせずに「つええぇなオイ」って言って抱きついてきた。


 どうやら気に入ってもらえたみたいだな。


「翔、お前さマジで世界狙わないか? その気になりゃ最年少世界チャンプ狙えるぞ? アマで少し試合やってプロをB級スタートすれば最短で世界戦組んでやる。どうだ?」


「悪い話じゃ無さそうですね、考えておきます」

「取り敢えずプロ試験受けれる十七歳までにB級ライセンスのノルマになるアマ五勝をクリアできるように試合を組んでやる、今年中にジュニア・チャンピオンズリーグ全国大会の優勝を目指すぞ」


 ◇◆◇◆ 


 今年は色々と忙しくなりそうだな、水泳とボクシングとマラソンだけでも手一杯だけど、ここに来て魔王や俺の前の勇者の存在だとか、いくら弱いと言っても、現代社会じゃ無敵な存在だろうしな。


 流石に斗真さんには伝えておいたほうが良いか。


「斗真さん、今大丈夫でしょうか?」

「翔君どうした? 大丈夫だぞ」


「ちょっと迎えに伺います」と言って斗真さんの執務室へ転移して、そのまま一緒に拠点へと移った。


 綾子先生がお風呂に入ってた。

 まぁそこは気にしなくてもいいから、冷蔵庫からお茶のペットボトルを二本取り出し斗真さんに渡した。

 そして、この世界に俺が倒した魔王がいた事、しかもそれが近藤の娘だった事。

 魔王が倒した俺の前の勇者パーティが、恐らく地球上に存在する事を伝えた。


「あの香奈ちゃんが魔王だったのかい? 何で解ったの?」

「香奈ちゃんから手紙貰わなかったら気付けなかったですね、香奈ちゃんは三十年魔王やってたらしいですから」


「て事は、翔君が倒した時点で四十三歳だったの? 俺と同じ年だよ」

「見た目は四十代には見えなかったですが、まぁそう言う事ですね」


「でもその話を総合して考えると、近藤を殺したロシアの黒幕は翔君の前の勇者の可能性が高いって事だね」

「そうですね、俺はその元勇者とは面識がありませんから、香奈ちゃんの力を借りることになります」


「ふむ、魔王だったんだろ? 信用して大丈夫なのかい?」

「勇者よりはよっぽど信用できます」


 こうして俺は、元勇者パーティを探しだす事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る