第12話 スイミングクラブと斗真さんの危機【前編】

 年も明け正月三が日を終えると一段と寒さが身にしみる様になる。

 

 今日は年明け仕事始めに合わせて、斗真さんに頼んでおいた拠点用の伊豆の別荘地の取得が完了した為に、綾子先生と美緒を連れて別荘地を訪れていた。


 名義の問題等で、未成年者の俺の名前での取得は無理なので、法人を設立し、法人の所有物件として登記する事にした。


 法人の代表者には美緒の名前を使わせてもらい、今後は資金関係も一括して法人が管理する事になる。

 但し斗真さんからのミッションによる収入は、公にできない部分の仕事の請負に関しては、当然非課税となるため、その部分の資金は金融機関を利用できないので、俺のアイテムボックスに現金で収納してある。


 取得した物件だが、築年数の割に程度もよく、修復箇所も少なそうだ。

 折角温泉の引き込みが出来るので、お風呂場だけは大きく増設をする事にした。


 美緒と綾子先生もそれぞれ気になる部分のチェックを終え、リフォーム業者へと発注を行う事にした。

 俺と綾子先生は学校も始まるので、実質は美緒任せになるが、別に問題はないだろう。


 ◇◆◇◆ 


 一月七日になり、今日は七草粥を母さんが作ってくれた。

 去年までは、野菜ばっかりで苦手だと思ってた七草粥も今年は美味しいと思えるようになっていた。


 異世界から帰ってきて一番自分で変わったと思う部分は、料理一つを取ってみても、作ってくれる人の気持ちを感じ取れるようになり、素直に感謝して食べれるようになったことだろうなと思う。


 明日からは学校も始まるので、クラスの皆と会えることも楽しみだな。

 昨日綾子先生が言ってたのは、陸上の顧問の先生の所に陸連の人から短距離と長距離で俺のきちんとした記録を出して欲しいと言う要請があり、特例でフルマラソンの大会に出場させて貰える事になったらしい。


 しかし、特別に出場させてやるんだから賞金や報奨金は、もし記録を達成しても出ないって話だ。

 流石に俺には出場する意味が何も無いので、丁寧にお断りしておいた。


 こんなあり得ない事を平気で言ってくるのは、きっと日本だけだろうな?

 まぁ気が向いた時に七歳以上で出場資格のあるホノルルマラソンとかなら参加してもいいかな?

 

 短距離の方は、デジタル計測で計る大会であれば、問題ないらしいから別にいいんだけど『出してやる』的な言われ方をするなら、別に出たい訳じゃないからお断りしようと思う。


 陸連に対して水連では過去に十四歳の金メダリストも誕生しているし、水泳の方がいいかな?

 そっちだと、出場資格もあるわけだから記録に対しての報奨金や賞金もちゃんと出るだろうしね。


 でもうちの学校は水泳部って無かったからスイミングスクールでも所属してみようかな? 


 と言う事で、遊真達を誘ってスイミングスクールの選手育成コースの話を聞きに来てみたんだけど、記録次第で授業料や入会料の免除とかの特典があると言う事なので参加してみることにした。

 でも練習の強制参加とかあるなら駄目だけどね。


 一度俺がどのレベルでのタイムが出せるのかを見てくれるっていう話になって、泳いで見せることになった。

 男子中学生の記録と日本記録は50メートルで


自由形   22.58  20.95

背泳ぎ   24.32  22.81

平泳ぎ   27.57  26.02

バタフライ 23.94  22.49


個人メドレー100M 54.31 51.30


 の各タイムだそうだけど、縮めすぎない範囲で出そうかな?


 まずは、自由形の五十メートルを泳いだ。

 タイムは……20秒90いきなりの日本新だった。


「他はもうどうでもいいから、すぐ所属の手続きをしてくれ」と、この施設の所長が出てきた。


「松尾君は今までも自己流でこのタイムが出たんだから、練習に関してはここの施設を自由に活用して、試合に出る時だけは、ここの所属で出場するだけでかまわないよ」と、至って大雑把な条件だった。


 大丈夫か? このスイミングクラブ……


「今月中に、今年のオリンピック内定選手も出場する大会があるので、そこで派手にデビューしよう! 一応、他の種目もタイムをとらせてくれ」


 所長に言われて全種目のタイムも測ってもらうと……全種目で日本記録を上回った。


 もう所長は満面の笑顔で俺に尋ねる。


「時間的に出場可能な全競技に、エントリーしよう! スタミナの自信はあるのかい?」

「どっちかと言うと、距離が長いほうがもっと結果が出せると思います」


 そう答えると「そうかそうか」と何度も頷いていた。


 この時は知らなかったけど、日本記録なんかを出すと、所属クラブにも報奨金とかが結構出るらしいから、そりゃ嬉しいよね。

 これで水泳で結果を出して新聞にでも出れば、高圧的な態度を取ってきた陸連も態度を変えてくれればいいけどね。


 スイミングクラブを気分良く出て、遊真達と四人でバーガーショップに行き少し駄弁ったが、アンナが「翔君って服着てたら解らないけど筋肉バッキバッキなんだね、なんかセクシーだと思ってみちゃった」と言いだして、香織からも「私もなんか眩しくて直視するのが恥ずかしくなっちゃったよ」と言われた。


「まぁ暇さえあれば鍛えてるしね、アンナと香織の水着姿が見れるほうが、絶対ビジュアル的にはもっと遊真が喜べる展開だぞ」と言うと遊真が飲んでいたシェイクでむせていた。


 ◇◆◇◆ 


 翌日の放課後に美緒に連絡を入れ、マンションを訪れるとお約束の下着姿で寛いでいたが、さっさと服を着ろと言って、法人と伊豆の物件の進捗具合を確認した。


 法人の設立は、司法書士の先生に一任して一週間ほどで出来上がるということだった。


 別荘の方もすでに見積り依頼がしてあり、これも一週間程で見積もりが上がるらしかった。


 どちらもケチらずにお金をかけて良いものを作ってくれと頼んで、帰宅した。

 美緒と二人きりで居ると、襲われそうで落ち着かないよな。


 ◇◆◇◆ 


 自宅に戻り、スマホでラノベを読んでいると、斗真さんから連絡があった。


「翔君、今は大丈夫かな?」

「はい、大丈夫です。何かありましたか?」


「先日の半島国家の件で、殲滅作戦の際、美緒さんに撮って貰った動画のお陰で、解析が総て済んで支配者層の完全な排除が確認されたので、その報告とお礼の電話だ」

「わざわざありがとうございます。今後はどうして行くのですか?」


「中国とロシアの介入度合いが解らないので、まだ支援は決定していないのだが、アメリカ主導で民主主義政府が立ち上がった場合のみ、日本が全面支援を行う予定だね」


「実際、今までの状態では半島国家と付き合うことには、日本側に何の利益も無かったから、何らかの国益がある事が最低限の条件にはなるんだけどね。それともう一点、こっちの方が大きな問題だ。アメリカが翔君の存在を探している。実際日本では手を付けられないはずの事案を、次々と日本側に都合よく片付いている事実が続いているから、当然それを成し遂げる存在があると思われて居るんだけどね。現状では私が一番疑われているようだ。アメリカが疑うという事は、当然中国とロシアからも疑われている。そこでね私に、もし何か在った場合、遊真や希望を守って欲しいんだ。頼めるかな?」


「いきなり重大な問題を振ってきましたね。斗真さんの家族は俺が責任持って守ります安心して下さい。一つ確認しておきたいのは、アメリカは味方なんですか?」

「それは、翔君自身の判断に任せる。一つ言えることはアメリカは決して一枚岩ではない、どの勢力が接触を図るのかで大きく結果は変わるはずだ。唯一私が信じているのは、現横田基地の司令長官のカーネル中将だけだ」


「もし何か在った場合の時はカーネル中将を頼れば良いという事ですか?」

「そうだな、残念ながら日本の政府にも私が心から信頼できる人物が存在していないから、翔君の行動は自分の判断で行うようにね」と言って電話は切れた。


 ヤバイな、斗真さんがそこまで言うって事は、既に狙われていても不思議ではない。

 みすみす俺が斗真さんを奪われるような事を許す訳には行かないな。


 よし、先日言っていた魔導具を作り上げるか、対象と意識を入れ替える形の魔導具が一番簡単かな。

 

 そして魔導具を作り上げた。

 一組のネックレス状のその魔導具は装着した二人の意識を入れ替えるものだ。


 俺は、早速斗真さんが何処に居るのかを確認して、転移で斗真さんの元に行き、ネックレスを渡した。


「斗真さん、何も言わずに少し情勢が落ち着くまで、このネックレスを装着していただけますか?」


「このネックレスは一体何だい?」


「これは、俺と斗真さんの意識を入れ替える物です。少し落ち着くまでインフルエンザにかかった俺として、俺の家で寝てて貰えますか?全く動けないと退屈でしょうから、移動手段とかは追々用意しておきます」


「翔君は構わないのか? ほぼ間違いなく狙われるぞ?」

「狙われた場合の返り討ちは当然正当防衛ですよね? 背後組織をあぶり出して公表するまで行っても大丈夫ですか?」


「それは、まぁ不可抗力の形をとって、自然と背後がバレてしまうのはしょうがないだろう」

「それじゃぁ美緒に常に撮影させておけばいいですかね? 軍隊規模で襲われない限りは、素手で十分制圧できますから、問題は無いでしょう」


「美緒さんは、イスラム国関連の情報を聴取するということで同行して貰っている事にしておこうか」

「じゃぁ、ちょっと美緒を連れてきますね」


 そして美緒のマンションに転移すると、シャワーから出てきたばかりで髪の毛を拭いてた。


 当然素っ裸で……


「美緒、まぁ今のタイミングは俺が電話しなかったから、俺も悪いんだけど、それにしてもジャストミートすぎるだろ」

「あらあら部屋では基本裸族だって言ったじゃん、電話がかかってきたら毎回一生懸命下着だけは着けてたんだよ?」


「そうなんだね……まぁそれは別として今回も特殊任務だ。斗真さんに同行してずっと隠しカメラでの撮影を頼みたい」

「斗真さんなの?」


「まぁ急ぐから詳しい話は後だ」


 俺は服を着た美緒を連れて斗真さんのもとへ戻った。

 すぐにペンダントを起動して意識の入れ替えを行う。


「ん、ぁあ無事に成功だな」

「急に背が縮むと不思議な気分だな、これが中学生の肉体か随分軽く感じるもんなんだな」


「斗真さん少し体硬いですよ、入れ替わってる間に体のメンテナンスもしておきますね」

「ぇぇええどう言う事? 斗真さんが翔君で、翔君が斗真さんなの?!」


「まぁそう言うことだ。と言う事で美緒は俺に同行してもらう」


 斗真さんを俺の部屋へ連れて行ってインフルエンザで熱が出たから、母さんに暫く部屋で寝て過ごすと伝えた。

 そして俺は再び東京に戻り、斗真さんとして行動をする。

 基本執務室に籠もって、一日パソコンの画面を眺めていれば、表面上バレる事は無いと言う事だったので、美緒を伴い、執務室で一日を過ごすことを、三日ほど続けた。


 三日めの仕事を終え外に出た時に気配を感じた。


「美緒くるぞ! 右斜上方のビルから狙われてる。狙撃だな。結界を張るから安心しろ」そして結界が発動した直後に狙撃を受けた。


 銃声は聞こえなかったから高性能のサイレンサーを装備してるな。

 だが視認出来た場所には転移出来るんだよ俺は!

 直ぐに犯人のいる場所へ転移して拘束した。

 ロシア系の顔つきをした男だ。


 そのまま気絶させて美緒の元に戻ると、拘束した犯人を連れて執務室に向かった。


 どうせまともに聞いても何も話すわけはないので、まず鑑定を掛ける。

 スペツナズ所属の情報局員少佐だった名前はロマノフ、しかし軍の鑑識も含めてその身体には一切の身元を判別できるものを所持していなかった。


「どうやら本気だな、まぁ襲う指示を出した奴は、襲われる事もあるって事を理解してもらわなきゃな」


 続いて俺はロマノフの意識を戻してから話しかけた。


「よう、スペツナズのロマノフ少佐ご機嫌はいかがかな? 俺はお前に命を狙われた。その事実がある以上俺がお前をどうしようと俺の自由だ」とロシア語で話しかけた。

 当然言語理解があるので、完全なネイティブのロシア語だ。


 顔を青ざめさせたロマノフに精霊魔法を使い完全に服従状態にした。


「いいか、お前は俺の狙撃に成功したと言って、お前に指示を出した人間のもとに戻り逆に殺せ」


 その言葉を意識に刷り込み、ロマノフのスーツや体内にGPSを仕込んで解き放った。

 精霊魔法で服従をさせた一番の狙いは、視覚の共有化にある。

 ロマノフの見ているものは俺の脳裏に映し出される。


「なぁ美緒、これだけで終わりじゃ無さそうだ。この組織の内部にも協力者が居るぞ」

「本当なの? 意外と日本も腐ってるわね」


 共有したロマノフの視界には笑顔を浮かべて近づく、近藤の姿が映っていた。

 近藤は、迷わずにロマノフの心臓を自分の護身用の拳銃で撃ち抜き、使えない奴だと吐き捨てた。


 庁舎内での発砲事件に現場は騒然となっているが、近藤は何事もないように、私が襲われかけたので返り討ちにしたと言い放っていた。


 この国のもう一人の内閣危機管理監、一体何処と誰と繋がっているんだ。


 俺は美緒とともに俺の部屋へと転移を行った。

 斗真さんの意識を持つ俺と姿を入れ替える。


「ぉ戻ったのか、やはり自分の体は落ち着くな、翔君の体は色んなとこが元気すぎて、若いと大変だなと思ったよ」

「何恥ずかしくなるような事言ってるんですか、それよりももう一人の管理官、近藤が少なくともロシアと繋がっていますね、斗真さんを襲ってきたやつを拘束して俺流で取り調べたら、スペツナズの情報将校でした。そいつを使って命令したやつを、炙り出そうとしたら近藤に射殺されました」


「そうか、俺も疑っては居たんだが決め手にかけててな」

「ここだと話し声が漏れると、両親が戸惑うから一度美緒のとこに移動しましょう」


 そして俺達は、美緒のマンションに移動した。


「少なくとも近藤を、追い詰めるまでは入れ替わりを続けたほうが良さそうですね」

「危険な任務だが頼むな」


 美緒が「斗真さんの身体の翔君なら、大人の付き合いな関係になっても問題ないのかな?」と馬鹿な発言をしたが「美緒さん、私は妻子ある身でそれなりの立場もあるから、週刊誌に狙われたり、妻にバレたりした場合非常に困ったことになるのだが?」と釘を刺されていた。

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