ユメクイ ~悪夢祓いの少女達は月明かりと舞う~

ヤマタ

第1話 覚醒

 ファーストフード店の一角で気怠そうにスマートフォンを操作しているのは稲田明里(いなだ あかり)だ。明るい茶色のセミロングヘアがクーラーの風になびき、それを鬱陶しそうに手で払う。


「ねぇねぇ聞いてよ明里。最近変なウワサが流れてるんだ」


「ウチの高校の校長が実は妖怪だってウワサ?」


「それは新木(あらき)高校の七不思議の一つだけど、それじゃあなくて。夜に寝てると悪夢を見て、その悪夢の中に閉じ込められちゃうってウワサがあるんだよ」


 明里の正面の席に座る友人、千冬(ちふゆ)が妙に深刻そうな表情で都市伝説レベルの話を切り出した。明里は怪訝そうに聞きつつ、手に持ったスマートフォンで該当する記事がないか検索してみる。


「閉じ込められてどうなるの?」


「お化けみたいなヤツに襲われるんだって。怖いよね」


「でもその体験談を語る人がいるってことは悪夢は醒めるってことだよね?」


「それがさ、謎の美少女が助けてくれるらしいんだよ。お化けを退治してくれて、そうすると悪夢は醒めるらしいの。実際に私のいとこが体験したんだって」


 そんなオカルトがあるかと明里は検索を止めた。該当するようなページはヒットしなかったし、午後7時という時間であったことからそろそろ家に帰りたいと思ったのだ。


「アレ、もう帰るの?ゲーセンでも行こうよ」


「体育祭の練習で疲れたからパス。また後でね」


「ちぇー」


 つまらなそうに口を尖らせる千冬をなだめながら明里は店を出る。6月ではあるが既に気温は真夏のようで、クーラーで冷えた体を不快な熱が包む。明里は眉をひそめてワイシャツのボタンを外し、大胆にも胸元を晒しながら汗を拭った。


「明里のおっきくてたわわなお胸を拝めて幸せですぞー」


「えっち」


 などと他愛もない会話をしながら帰路につき、誰も居ない真っ暗な自宅のドアを開ける。しかし寂しさなど感じることもなくシャワーを浴びてベッドに横になった。


「悪夢ねぇ・・・・・・」


 千冬から聞いた話を思い返しつつ、体育祭の練習で疲労していた明里はすぐに深い眠りへと落ちていった。

 ここまでならどこにでもある女子高生の日常だろう。だが、この後にまさに悪夢が襲い掛かるなど明里は予想もしていなかった・・・・・・






「ん・・・?」


 目が覚めた明里は違和感を感じて周囲を見渡す。


「ここは、どこ?」


 眠った場所は間違いなく自室のベッドの上だったはずだ。なのに今明里の眼前に広がるのは寂れた廃村のような場所であった。怪談話やホラー映画にでも出てきそうなロケーションであり、崩れかかった建物がいくつも点在しているがそこに人の気配はしない。


「なんなんだ・・・・・・」


 そしてこれが現実の出来事であると明里は確信していた。まるで夢を見ているような現実味の無い状況であるのだが、明里の意識はしっかりと覚醒しておりここは危険だという焦燥感に駆られる。


「だ、誰かいない?」


 空は真っ暗な闇そのもので、光源もないのにどうして視界が確保できるのか疑問に思う余裕もなく、明里は他に人がいないか声を上げるも返事はなかった。

 

「もしかして、千冬が言っていたウワサってコレのことなのか?」


 オカルトだと信じていなかったが、彼女の言っていたことは真実だったのかと明里は身震いする。とにかくこの場から抜け出したいと駆けだそうとしたが、


「!?」


 その時であった。明里は背後に気配を感じ、咄嗟に振り返ると青白い人影が出現した。身長は平均的な成人女性くらいで、目と鼻が無く、歪んだ大きな口が不気味に開く。


「く、来るな!!」


 腰から下がぼやけており、どうやら足も無いようなのだが浮遊して明里に迫ってきた。もはや幽霊そのものとしか言いようのない相手に対し明里は恐怖で動くことができない。


「いやっ!」


 へたりこんだ明里にその幽霊が掴みかかろうとしたが、


「えっ?」


 幽霊は明里の目の前で上下に真っ二つになって霧散した。断末魔のような奇妙な咆哮が周囲に響くが、それよりも明里は別の存在に気を取られる。


「こ、幸崎!?」


 巫女服に身を包んだ少女が刀を携えて立っており、その顔に見覚えがあったのだ。


「危ないところでしたね、稲田さん」


 明里が所属する新木高校2年3組のクラス委員、幸崎美月(こうさき みつき)に間違いなかった。流麗な長い黒髪は純白の巫女服にマッチしており、整った顔立ちも相まってミス銀河系代表にも選出されそうな凜とした美しさである。


「一体、これはどういうことなんだ?」


「これはナイトメアレヴナントが稲田さんの中に作り出した結界です。この結界内に稲田さんの魂が隔離され、ナイトメアレヴナントはその無防備な魂を痛めつけて吸収しようとしているのです」


「あー・・・なんて?」


「つまり、さっきの悪霊に稲田さんの魂が吸い取られそうになっていたってことです」


 真面目な顔で説明する美月はこの状況に慣れているらしく、全く動じる様子はない。


「そのナイトメアなんちゃらってのを倒したのは幸崎なんだよな?」


「ナイトメアレヴナント、あの悪霊達の総称です。私はそのナイトメアレヴナントを狩り悪夢を祓う使命を帯びた存在、ユメクイなのです」


「お、おう・・・・・・」


 ナイトメアレヴナントだのユメクイだのと言われても明里はイマイチ理解できなかった。それはそうだろう。突然幽霊に襲われたうえに、クラスメイトがコスプレして現れれば混乱するのも仕方ない。


「結界が解けない・・・まだ敵がいるようです」


「さっきのみたいな?」


「わかりません。ですが、間違いなくどこかにいます」


「ど、どうすんの?」


「安心してください。私はユメクイとして多くのナイトメアレヴナントを倒してきました。ですから・・・」


 そこで美月の言葉は途切れた。なぜなら先ほどの幽霊よりも三倍は大きい四足歩行型の獣が空から降ってきたからだ。鋭い牙が特徴的で、尻尾には霊魂を思わせる青白い炎が煌めいている。


「あ、これはマズいですね」


「さっきまでの自信はどうした!?」


「ああいうのをビーストタイプって言うのですが、私はビーストタイプと戦った経験が少ないんです・・・・・・」


 ナイトメアレヴナントの一種、ビースト。先ほど出現した低級のナイトメアレヴナントより戦闘力が桁外れに高く、対ユメクイ用の兵器といっても過言ではない。


「い、いきます!」


「大丈夫なのかよ・・・・・・」


 美月は刀を腰だめに構え、ビーストに突撃する。そのスピードは速く、一気に距離を詰めて斬りかかった。


「成敗!」


 振り下ろされた刀がビーストの頭を両断するかに見えたが、


「うわっ・・・!」


「ちょ、幸崎!?」


 ビーストは直線的な斬撃を回避し、逆に尻尾を美月に叩きつける。直撃を受けた美月の体は地面に転がり、刀が手から離れてしまった。


「くっ・・・」


「お、おい!しっかりしろ!」


 慌てて明里は美月の元へ駆け寄ろうとしたが、それよりも先にビーストが美月へと迫っていく。


「ご、ごめんなさい・・・稲田さん・・・」


 苦しそうにしている美月が明里に謝る。ユメクイであるのにナイトメアレヴナントを倒せず、人を救うことができなかったことを悔いているようだ。

 しかし、そんなことお構いなしのビーストは尻尾の先端を触手のように枝分かれさせて美月の体に纏わりつかせる。


「うぐっ・・・・・・」


 美月の話ではナイトメアレヴナントは人の魂を吸い取るらしい。つまり、目の前で行われているのはビーストタイプのナイトメアレヴナントによる美月の魂の捕食なのだ。


「やめろ・・・やめろよ!!」


 明里が怒号を飛ばす。美月は助けてくれた恩人でもあるし、何よりこんな酷いことをするナイトメアレヴナントを許せなかった。


「くそっ!」


 気がつけば明里は走り出していた。このままでは美月は死んでしまいそうだし、考えている時間はない。

 

「やってやる・・・いくら図体がデカくたって!」


 美月が落とした刀を拾い上げ、その重さに戸惑いつつも両手でかまえる。


「こ、これは!?」


 刀身が光輝き、明里の体までもが発光している。そしてこれまでに感じたことがないほど体に力が漲っていた。


「なんかよくわかんないけど、いくぜ!!」


 溢れんばかりの力で自信を付けた明里はビーストに肉薄し、その足の一本を切断する。痛みを感じているのかビーストは怒りの咆哮を上げ、鋭い眼光でギロリと明里を睨みつけた。


「ま、まさか・・・霊器を扱えるの・・・?」


 朦朧としながらもその様子を見ていた美月は驚きを隠せない。明里が構える刀は霊器と呼ばれる武器であり、これはユメクイの適正がある者にしか扱えない代物なのだ。それでナイトメアレヴナントにダメージを与えられるということは、明里にもユメクイとしての素質があるということになる。


「くるか!?」


 美月に纏わりつかせていた触手を戻し、殺気を明里に向けるビースト。敵の注意が向けられたことで美月を一時的に助けることができたが、いくら素質があると言っても戦闘素人の明里がビーストに立ち向かうのは無謀だ。

 

「えぇい!ままよ!!」


 ビーストの噛みつきを何とか回避することに成功し、ふらつきながらも刀をその頭部に叩きこんだ。血にも似た薄い青色の光が飛び散ってビーストはよろける。


「稲田さん・・・ヤツにトドメを・・・」


「了解っ!!」


 明里の気合に呼応するように刀が更に発光する。


「逝っちゃえよ!!」


 大きく振りかぶった刀を振り下ろし、この薄暗い空間全体を照らすほどの閃光が迸る。まさに悪夢を振り払うような光の渦であり、それに呑まれたビーストは跡形も無く消滅した。




「す、凄いです!あなたにこんな力があるなんて」


「いや、たまたまだよ」


 刀を美月に返し、緊張が解けた明里はドッと疲れて座り込む。


「そんなことはないですよ。アレは間違いなく稲田さんの秘められた力なのです」


「そうなのか・・・?てか、ここからどうやって帰ればいいん?」


「もう敵の気配は無いのでこの結界は崩壊するはずです。ほら」


 美月が空を指さす。上空を覆う暗闇にヒビが入りはじめ、どうやら結界とやらが崩壊を始めたようだ。


「明日、学校でお会いましょう。稲田さんにお願いしたいことがありますので」


「お願いって?」


 美月からの返事は無く、次の瞬間には視界に光が広がり、強い衝撃を感じて意識が遠ざかっていった。






「なんだったんだ・・・・・・」


 再び明里が目を覚ましたのは自室であった。ベッドから落ちたらしく、フローリングの上で仰向けに倒れている。


「夢、だったのか?」


 ナイトメアレヴナントとの戦いなど夢であったかのように爽やかな日差しが差し込んでおり、立ち上がった明里は目を細めながら窓を開けて新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。


「幸崎に会えば分かるか」


 時計を見て遅刻ギリギリの時間であることを確認し、明里は鞄を手に取って家を後にした。あの出来事が夢であったのかどうかは学校で美月に会えばハッキリする。彼女は明里に用があるから学校で話そうと言っていたし、もし彼女が声をかけてきたら全て本当だったという証左になるだろう。




「おはようございます、稲田さん」


 予鈴が鳴る五分前に教室に到着した明里を待っていたのは美月だ。ようやく来たとばかりに足早に寄って来て挨拶をしてくる。


「お、おはよう」


「今日の放課後、お時間を頂けますか?」


「えっと・・・・・・」


「ユメクイとナイトメアレヴナント・・・それらについてお話したいのです」


「・・・おっけー」


 夢ではなかったようだ。美月の口から発せられた二つの単語を聞いて明里は確信するが、彼女自身の運命が大きく動き出したことはまだ知らなった・・・・・・



 これはユメクイとして悪夢を祓う使命を与えられた二人の少女の物語。


        -続く-

  


 


  












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