第15話 聖槍と女騎士
ジャンヌによって昼寝から覚醒したヒルネは、買い物で釣り銭を受け取るような気楽な調子で片手を上げた。
手のひらを瘴気に憑依された大樹に向ける。
(ピヨリィに包まれて眠ったからかな? 身体の調子がいいですねぇ)
一方、瘴気の発生源となっている中央の大樹はホリーの聖槍を飲み込もうと霧状に瘴気を噴出させ、腹に浮かび上がった悪魔の顔のような模様を醜悪に歪ませた。
聖槍は明滅して徐々に光が弱まっていく。
じわじわと瘴気が周囲を侵食する。
巣を守ろうとしているピヨリィたちは必死に風魔法を打ち込んで、瘴気の侵食を抑えていた。
「ヒルネさま、もう結界が保ちません! 聖槍も消えそうです!」
ジャンヌがピヨリィに乗って大あくびをしているヒルネに進言した。
「ふああああっ……わかってますよ。大丈夫、大丈夫。ホリーの聖魔法が残っていますから、それを利用すれば簡単です」
ヒルネは聖句を省略して魔力を練り込んだ。
繊細な金細工がこぼれ落ちるような雅な音を奏で、星屑がヒルネの周囲から出現し、宙で舞い躍った。螺旋を描いて星屑が上空へと浮かんでいく。
固唾をのんでヒルネを見ていたジャンヌ、ワンダ、トーマス、ベンジャミンとハンター、聖職者、兵士、ピヨリィたちはその美しさと聖なる光の強さに息を飲んだ。聖獣おもちは楽しそうに伸び縮みしている。
見る者を惹きつけてやまない星屑の聖なる輝きは時を止めるようにして、ヒルネの周囲に螺旋を描いてさらに上空へと集まり、その数を増やして滞留する。
「皆さん、頑張ってください〜」
ヒルネが号令をかけると螺旋の星屑とは別に、星屑でできたヒルネの分身ミニヒルネが現れた。
今回はなぜか女騎士のようなドレスアーマーと兜をかぶっており、いくぶん勇ましい表情をしている。
「それっ」
ヒルネが指し示すと女騎士ミニヒルネ五体が一斉に大樹へ飛んでいき、あわや消えそうになっているホリーの聖槍をつかんで引き抜いた。
「おお!」「聖槍を抜いたわ!」
トーマス、ベンジャミンが思わず声を上げた。
ベンジャミンは「記録を取らねばッ!」と手帳に走らせるペンを動かすのに忙しい。
瘴気の根源となっている大樹は何かを察したのか、太い枝を腕のようにしてなぎ払った。
女騎士ミニヒルネは瞬時に合体。
子どもと同等の大きさになり、聖槍で枝のなぎ払いを受け止め、切り払った。
バターを切るようにして枝が切り落とされ、大樹が悶えるように震えた。
大樹はさらに枝を振り回す。
女騎士ミニヒルネは槍武芸者のごとく、巧みな槍さばきで枝を切り払い、被害が及びそうになっているピヨリィの巣へ飛翔。
巣ごと卵を救出して結界内に着地した。
侵食寸前であった卵たちが助けられ、ピヨリィたちからは歓喜の鳴き声が響く。
結界内にピヨリィたちが集まってきて、丸いもこもこが一同の周囲を覆った。
ピヨリィがせわしなく卵を拾い上げて背中の毛の中にうずめる。どうやら移動させるときは卵を背中に入れるようだ。卵は成人男性が両手で持っても持て余すほどの大きさだ。一匹で一つ担当するらしい。
ピヨリィたちが一斉にヒルネへ尊敬の眼差しを向けた。
つぶらな瞳に見つめられてヒルネは少々恥ずかしくなり、分身に指示を出す。
女騎士ミニヒルネはその様子を見て口角をニッと上げて頼りがいのある顔をし、結界から飛び出して大樹と対峙した。
(私が考えたカッコいい女騎士の動きを見事にトレースしているね。便利で楽ちんだ)
ヒルネはいつの日か前世で見た女騎士が登場する映画を思い描いていた。
「分身が戦うなんて……相変わらず意味不明な聖魔法ね……」
ワンダは気絶しているホリーをしっかりと胸に引き寄せ、ヒルネのでたらめで自由な聖魔法に舌を巻いている。
合体した女騎士ミニヒルネが凛々しい顔つきで宙に浮いたまま、上空に手をかざす。
ヒルネの頭上で螺旋を描いていた星屑が一斉に女騎士ミニヒルネの持つ聖槍へと吸い込まれ、シャラシャラと美しい音色を奏でながら巨大化していく。
「聖槍が大きくなっています!」
ジャンヌが言うと、ヒルネは「そうみたいですね」と他人事のように答えた。寝起きで魔法を使ったので自分でも効果がよくわかっていない。聖槍を使って浄化する、ピヨリィを助ける、という意識で聖魔法使っただけであった。
とにかく寝起きなのであくびが止まらない。
あっふあっふとあくびを噛み殺していると、聖槍が二メートル半ほどの大きさになった。
女騎士ミニヒルネがくわと目を見開く。
大樹が最後の悪あがきと瘴気を女騎士ミニヒルネへ殺到させた。
――カッ!
女騎士ミニヒルネが聖槍を投げつけた。
どんよりした暗い瘴気を切り裂き、聖槍が大樹の腹に突き刺さる。
濃紺の瘴気に落ちた一筋の光は闇夜の静寂に針を刺したかのような頼りない輝きを一瞬だけ見せると、一等星のような研ぎ澄まされたまばゆい光を発した。
すると、張り詰めた風船が破裂するようにして星屑が飛び散り、黄色くて鮮やかな線香花火と似た光を幾重にも生み出した。
バチバチと星屑が弾け、瘴気に飲み込まれていた濃紺の森を光で覆い尽くしていく。
あまりの現実離れした光景に、ジャンヌ、ワンダ、トーマス、ベンジャミン、ハンター、聖職者、兵士、ピヨリィたちは身じろぎ一つできなかった。
聖獣のおもちだけは聖なるリサイタルが開幕したぜ、と言わんばかりに飛び跳ねて喜んでいる。
(お〜、瘴気が浄化されていくね〜。ホリーの気持ちがこもった聖槍で効果倍増でしてるみたいだね〜)
ヒルネは乗っているピヨリィの首に顔をうずめ、クッションに顎をおさめてだらだら過ごす休日風のスタイルで一連の光景を眺めた。目の前で星屑が躍っているのはなかなかにいい景色だ。
というのも、瘴気を見るとシンクにこびりついた汚れのように思えてしまい、すぐに掃除したくなる。
聖女になった性であろうか。
瘴気が消えると自分の家がきれいになったような爽快感が大変心地よく感じるのだ。
(気分が良い! よき!)
聖槍が投擲されてからわずか三分ほどで、瘴気は完全に取り除かれた。
あれだけ暗く沈んでいた森の空気が、爽やかな午後の昼下がりの空気に変貌し、美しい木漏れ日が葉の間から差し込んでいる。
瘴気の中心部になってしまった大樹もきれいに元通りになっていた。
その様子を宙に浮かんで見守っていた女騎士ミニヒルネは役割が終わったと、一つ大きなあくびをして星屑へと戻り、静かに霧散した。
「伝説の一幕を……見てしまった……」
大聖女の聖魔法を初めて見たベンジャミンは呆然として周囲を見回した。
絶望的な瘴気の広がり方だった。
南方すべてを飲み込まんばかりの瘴気の量だった。
それをたった一人の少女が浄化してしまったのだ。
彼女がいなければ自分もどうなっていたかわからない。
ベンジャミンは自然と聖印を切っていた。
「ふあああああっ……あっふ……ふあああ……眠いですねぇ」
ヒルネはピヨリィにうずもれた、だらしない姿勢で大あくびをする。
「帰りましょう。ピヨリィさんたちも無事だったようですし、浄化も終わりました」
ヒルネがだらけたポーズのまま言うと、一同がうなずいた。
すると、ピヨリィたちがくい、くい、と可愛い仕草で何度も頭を下げて何かを訴えてくる。
(なんでしょう?)
聖獣おもちが通訳のように身体を震わせて話を聞き、ヒルネに近づいた。
おもちは身体の形を変えて、ぷるぷると揺れる。水饅頭が揺れているようだ。
家に帰ったら甘味が食べたいとなんとなく思うヒルネ。
「ふむふむ……ピヨリィたちは私と共に来ることを希望していると……。大聖女さまの聖魔法に惚れたと。できれば毎日浄化魔法をかけてほしい。その代わり落ちた羽は好きに拾っていいと……」
群れの代表らしき一回り大きなピヨリィが「クルッ、ピッピ」と鳴いた。
「採用!」
ヒルネは背筋を伸ばしていい笑顔で親指を立てた。
「大教会の庭に住んでよし!」
「クルルルッ!」
「出入り自由! 残業ナシ、三食昼寝付き!」
「クルッ、ピッピッピ!」
ピヨリィたちが一斉に羽を広げた。
どうやら喜んでいるらしい。
ヒルネを乗せているピヨリィだけは、やれやれ、しょうがない奴らだ、と肩をすくめている。一匹でさすらっていた特殊個体なのか、ちょっと変わり者らしい。
「ヒルネさま、いきさつはアレですがピヨリィの飼育に成功しましたね。寝具店ヴァルハラが全面協力をして羽を集めて羽毛布団を作ります」
トーマスが誇らしい顔つきで言った。
かなりの利益が見込めるであろうと予想できるが、儲けのほとんどは寄付しようと考えているようだ。
丸メガネをくいと上げて、ベンジャミンも一歩前へ出た。
「流通はわたくしにおまかせくださいませ。南方の特産品として、必ずや利益を上げてみせますわ」
灰色の頭脳を持つベンジャミンはトーマスのさらに上をいく計算をしていた。
王都にピヨリィの羽毛布団を卸し、貴族たちに宣伝させる。
その後、北、西、東にも販売ルートを広げ、価値を上げる。そして儲けた金貨はすべて南方地域の発展とヒルネの活動費用に当ててしまおう。
輸送方法、宣伝方法、末端価格、生まれる雇用、任命する人材など瞬時に考えて精査し、最終的にうまくいけばヒルネに褒めてもらえるのでは、頭をなでなでしてもらえるのではないか、そんなことを考えて口の端が上がるのが抑えられない。
「……ふっふっふっふっ……」
「頑張ってください。まずは市民に羽毛布団が行き渡ると嬉しいです。ゆくゆくは大教会の全部屋にピヨリィ製の羽毛布団を完備できればと思います」
ヒルネはだらけたポーズで二人を応援した。
最終的には全部屋に羽毛布団を完備して、眠くなったらいつでもダイブできるのが夢である。自分ではどうにもならない夢なので二人に託すことにした。
ヒルネの願望を聞いていたワンダは聞き捨てならないと一瞬だけ眉を上げたが、後で訂正すればいいだろうと矛を収めた。
ジャンヌは「さすがヒルネさまです」といつもの調子だ。
○
ヒルネ率いる西の森浄化チーム、ピヨリィ調査隊の一行は、こうして森を抜け、イクセンダールへと帰還した。
移動中に続々と別の群れのピヨリィたちが合流してきて、七十体ほどまで膨れ上がった。
馬車の横を白いもこもこが密集して歩いている様は、羽毛布団が勝手に歩いているようでヒルネの心を和やかにさせた。
また、特殊個体のピヨリィはヒルネを乗せたまま移動すると言ってしばらくの間駄々をこね、ヒルネ付きの従魔として登録され、いつでも一緒に寝てよしと許可をするとようやく静かになった。もこもこして場所を取るくせに勝手に馬車に乗り込んできて、今はヒルネのクッションになっている。
さらに、ホリーが限界まで魔力を使ってピヨリィの巣を守ってくれたことに卵の父親が痛く感激しており、ホリーにもピヨリィの従魔が一体付き従うことになった。この個体は心配そうに馬車の近くを歩いて、しきりに窓からホリーの様子を見ようとしていた。
後々わかるのだが、ピヨリィは非常にプライドが高く知能も高いため、滅多に人を乗せることはなく、通常の人間では乗ることがかなわず、聖女でなければ乗ることができなかった。
年月を重ねてピヨリィと聖女は切り離せない関係性になっていくのだが、これはもっと先のお話である。
数百年後の絵画にはピヨリィに乗る大聖女とツインテールの聖女が出てくるのだが、これも二人が知ることはない。
羽毛布団を全世界に広めた人物としてとある未来の経済書籍にトーマスとベンジャミンの名前も出てくるのだが、こちらも二人が読むことはないだろう。
「いや〜、これで毎日もこもこ生活ですねぇ。ピヨリィ百パーセントの羽毛布団が楽しみです」
「ピッピ!」
ホリーを抱きかかえているワンダに邪魔だからと馬車の壁に押し付けられ、形を縦型にしているヒルネ付きのピヨリィが元気よく鳴いた。
頭上にアホ毛のような太い毛が一本出ているので見分けが非常につきやすい。
おもちがヒルネの膝の上で嬉しそうに揺れた。仲間が増えて楽しいようだ。
「……庭をピヨリィ用に改修しなければ……」
ワンダは仕事が増えて頭が痛い。
ヒルネはピヨリィクッションで安眠だ。
ジャンヌが笑みを浮かべて、そっとヒルネにブランケットをかけた。
○
聖槍は一行が去ったあとも輝いていた。
ホリーが行使し、ヒルネが瘴気を滅した聖槍は大樹に突き刺さったまま、数年間、周囲の魔を祓い続け、やがて大樹と一体化して木製の槍と化す。
千年後にとある青年に引き抜かれて瘴気討伐の一翼を担うことになるのであるが、ヒルネたちは知る由もない。
「……むにゃ……ピヨリィ……うもう……ぐう……」
太陽の香りがするピヨリィの温かい羽毛に包まれて、大聖女は今日も昼寝をするのであった。
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