穴の奥に居たもの



「なっ……!?」


「あっ、見つかっちゃったぁ……」


 穴の奥から聞こえてきた高い声を耳にした涼音は、周囲への警戒も忘れてついついそちらの方へと目を向けてしまった。

 同じく、自分が開けた蓋の先を食い入るようにして見つめる栞桜は、そこから這い出して来る小さな手を目の当たりにしながら驚きを言葉として表す。


、だと……!?」


 穴から姿を現した少年へと目を向けながら驚きを露にした栞桜であったが、まだまだこんなものは序の口だったようだ。

 一番最初に這い出てきた彼に続き、次々と少年少女たちが同じ場所から出てくる様に彼女も涼音も開いた口が塞がらないといった表情を浮かべている。


 そこそこに時間が過ぎ、狭い廃屋の中に穴の中に隠れていた子供たちが全員出揃ってみれば、なんとその数は十名以上に上るではないか。

 おそらくはまだ一桁かぎりぎり二桁になったばかりくらいの年齢の子供たちがこんな形で登場したことに二人が唖然とする中、いち早く気を取り直した涼音が彼らに尋ねる。


「あなたたち、どうしてそんなところに? かくれんぼにしては、随分と手が込んでると思うけど?」


「先生に言われてるんだ。この集落に知らない人が来た時は、取り合えずここに隠れていなさいって……」


「先生が? だが、どうしてそんなことを……?」


 グライドがこの子供たちを隠そうとしていたという証言を得た二人が疑問に顔を顰める。

 いったいどうして彼はそんなことをしたのかとグライドの思惑を推理しようとして栞桜と涼音であったが、その思考を中断させるようにして子供たちからの声が飛んだ。


「人攫いに見つからないようにするため、って先生は言ってた。信用出来ない人に僕たちのことがバレたりしたら、その人が僕たちのことを連れ去ろうとするかもしれないから、って……」


「……奴隷商人対策のために身を隠してた、ね……一応、筋は通っていなくもない。働き手、遊女、その他諸々、子供っていうのは将来性も含めると凄く高値が付く商品になるもの」


「お前たち、親はどうした? この集落で一緒に住んでいるのか?」


「ううん、いないよ。僕たち全員、親に捨てられたか、死んじゃったかのどっちかで、もうお父さんもお母さんもいないんだ」


 栞桜の質問に少しだけしょんぼりとした様子の少年が答える。

 その答えを聞いた栞桜が自分の過去を思い返して複雑な表情を浮かべる中、穴から這い出してきた少女が口を開いた。


「お姉ちゃんたち、先生のことを疑ってるの? お外で話してるの、聞こえたよ」


「そ、それは……」


「先生は良い人よ。私たちのことを大事にしてくれるし、この集落の人たちを全員家族みたいに大切にしてる。悪い人なんかじゃないわ」


 純粋な子供たちからの真っ直ぐな視線と、グライドを擁護する声に口を閉ざす栞桜。

 集落の代表である彼がこうして子供たちを守るための措置を取っていることを目の当たりにして、これをどう受け止めればいいのかが判らずにいる彼女に代わって、涼音が子供たちへと言う。


「疑っている、とはまた違うわ。信じるために、怪しい場所がないか調べてるの。最初からなにもかもを信じるっていうのは、とても危険なことだから……先生が私たちを疑ってあなたたちに隠れるように言ったように、私たちも先生のことを疑っている。同じことなのよ」


「う~ん……大人って難しいこと言うんだね。よくわかんないや」


「でも、先生はとってもいい人だよ! ここに住むみ~んな、先生のことが大好きなんだ!」


「そうか……そう、なのか……」


 無垢で純粋な子供たちの言葉を聞いた栞桜は、明らかに動揺している。

 彼女の心の揺らぎを感じ取った涼音は、この出来事が栞桜の感情と考えに及ぼす影響を想像し、軽く息を吐くのであった。


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