幽霊船を撃退せよ


「幽霊船……? いったいなんなんだよ、そりゃあ?」


「最近、この近辺に姿を現す船のことらしい。どうやら、その船から妖が出現しているって話もあるみたいなんだ」


 蒼が口にした幽霊船という単語に反応を示した燈が問いかけてみれば、蒼は村長から聞いたであろう情報を話してみせた。

 妖を積み、それを放つ船というにわかには信じ難いその情報に誰もが驚きの表情を浮かべる中、やよいが更に質問を投げかける。


「幽霊船から妖が出現しているってどういうこと? その船自体が妖なの? それとも、妖が何かの船を乗っ取って使ってるってこと?」


「わからないんだ。村長さんから聞いた話だと、濃い霧が立ち込める日に、海岸から薄っすらと見える巨大な船が姿を現すらしい。そして、幽霊船が出た日には決まって妖が出現するんだそうだ」


「正体不明、乗組員も不明の幽霊船、か……確かにそいつは不気味だな……」


 蒼の話を聞いた燈が漏らした感想に、仲間たちも無言のままに頷いたりして同意を示す。

 ある程度の妖の知識を有している自分ですら聞いたことのない妖を呼び出す船という存在と、その幽霊船が生み出す被害を放置しておくことは出来ないと判断した蒼は、蒼天武士団の面々へと言った。


「僕たちの依頼は東平京から逃げ出した燈の友人たちを探すことだというのは重々承知している。ただ、目の前で困っている人に手を差し伸べず、妖の被害を見て見ぬふりをすることは、蒼天武士団の理念に反するんじゃないかと思うんだ」


「そうだな……牛鬼みてえな大物が平然と人里の近くに出現するようになってるんだ。この近辺の妖気の濃さも含めて、何か妙なことが起きてるっていうのは間違いねえ」


「天候の感じからすると、そろそろ雨が続くと思う。雨が続いた後には霧が出る。霧が出たら、幽霊船がやって来る……」


「正体も目的も不明な存在なら、一度その相手と顔を合わせてみた方がいいだろう。被害が出ることがわかっていてむざむざそれを見過ごすわけにはいかない。蒼の言う通り、妖の被害に苦しむ人々を救ってこその最強の武士団だ。脱走者の居場所がわかっているのなら、一旦そこに向かうのは後回しにして、幽霊船を撃退することを優先した方がいいだろう」


「よっしゃ! なら、まずはその幽霊船ってやつと顔合わせしてやろうじゃねえか。王毅には悪いが、これも人助けだ。逃げ出した連中も、急にどうこうなるって状況でもなさそうだしな」


 数日後に迫った幽霊船の出現と、居場所とある程度の状況が掴めた脱走者たちとの邂逅。

 その二つのうち、どちらを優先するか? という判断に対して、燈たちの心の中の天秤は幽霊船を撃退する方に傾いたようだ。


 この異様な妖気の出所が幽霊船であるのか? 船を駆る存在が何者なのか? それを調べるためにも一度は謎の幽霊船と顔を合わせる必要がある。

 せいぜい数日の遅れなら、十分に取り返すことが出来るだろう……と判断した一行が結論を下す中、やよいがこっそりと蒼へとこんな問いかけを発した。


「無関係だと思う? 正体不明の幽霊船が被害を齎す土地に、異世界の英雄たちが逃げ込んで来た。これって偶然かな? そもそも、そんな危険極まりない土地にお尋ね者である生徒さんたちが腰を据えるっていうのはおかしくない? 幕府軍が幽霊船退治に軍や神賀くんのお友達を派遣なんかしたら、ばったり鉢合わせなんてこともあり得るわけだしさ」


「わからない、かな。妙なことだとは思うし、時期的にも偶然が重なり過ぎている。でも、この異様な妖気が出始めたのは彼らがこの地を訪れるより前だし、幽霊船の出現時期だってそうだ。決定的な証拠がない以上、無理にこの二つを結びつける必要はないんじゃないかと、僕は思うよ」


「ふ~ん、なるほどにゃ~……確かにそうか。生徒さんたちが来た後で妖気が濃くなったり、幽霊船が出始めたりしたのなら、彼らが良くないものをこの地に引き連れて来ちゃったのかもしれないって考えられるけど……順番が逆なら、そういう可能性はなさそうだしね」


 自分の質問に対する蒼の答えに納得しつつ、ふむふむと頷くやよい。

 考察を深めるにしても手持ちの情報が足りないということを理解している彼女は、蒼へと視線を向けると言い聞かせるようにして言う。


「取り合えず、何か思い付いたらあたしには報告してね。秘密主義を貫こうとして、またなんにも言わないなんて真似をしたら……わかってるでしょ?」


「あはははは……善処します、はい」


 軽く腰を浮かせ、床にずしりとお尻を落とすという行動を見せたやよいがなにを言わんとしているかを理解した蒼が渇いた笑いを口にしながら言う。

 お馴染みのお尻どーんだけは勘弁だと、割と洒落にならない痛みを与える彼女からの折檻を思い返して苦笑する彼は、自分を尻に敷く副長との情報共有を忘れないようにしようと肝に銘じるのであった。

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