謎の男『先生』
「ああ、間違いない。この子たちなら少し前に見たよ」
「本当ですか!? どこで、なにをしてましたか!?」
こころに紹介された商人に改めて似顔絵を見せた燈は、はっきりとそう言い切った彼へと詳しい情報を求めて詰め寄る。
若干、その勢いに押された商人であったが、咳払いをして気を取り直すと……その質問に対して答え始めた。
「ここから永戸の街に向かう途中にある、小さな村……で、いいのかな? そこで働いてたのを見たよ」
「村で、働いてた……? の、農業とか、漁業をしてたってことっすか?」
「そうだな。つっても、この人相書きに描かれてる子供たち全員を見たわけじゃあないがね」
予想外の答えに燈が一瞬戸惑いながら商人へと再確認をしてみれば、彼は再び力強く自分の言葉に間違いはないと言い切ってみせた。
酒に酔っているようにも、嘘を吐いているようにも見えない商人が言ったことに驚く彼に代わって、今度はこころが質問を投げかける。
「あの、この人たちを見かけた村っていうのは、どういうところなんでしょうか?」
「う~ん……実を言うと、そこまで詳しくは知らないんだよね。村っていうか、集落? みたいな場所なんだ。ただ、そこに住んでる連中を纏めてる奴が有名だから、この辺りの村に住む人間だったら、そこを知らない奴はいないと思うよ」
「有名って、どういう意味で有名なんですか? 悪い人ってわけじゃあなさそうですけど……?」
「そうだなぁ……髪の毛が金色で、瞳が海みたいに青いんだよ。体も俺たちより頭一つ分は大きい。体格がいいっていうよりかは、ひょろっとした背が高い奴って印象だがね。それと、時折俺たちには理解出来ない言葉で喋るんだ」
「えっ!? それって――」
「明らかに大和国の人間じゃあない、よな? もっというなら、日本人でもなさそうだ」
更なる商人の証言に顔を見合わせる燈とこころ。
どう考えても大和国の人間とは思えないその謎の人物は、もしかしたら自分たちの世界の人間かもしれないと考える二人に対して、なおも商人が話を続ける。
「名前は知らないが、この辺の村の連中はその男のことを先生って呼んでるよ。なんでも医療の心得があるらしくて、時々往診って形で病人や怪我人の診察をしに来ることもあるらしい。そのお礼に食料を貰ったりしてるらしいが、俺はあまり詳しくはないんだ、すまんね」
「いえ、十分過ぎるほどの情報でした。ありがとうございます。……ちなみになんですけど、その先生ってのがこの村の近くに住み始めたのって、どこくらい前の話なんですかね?」
「ええっと……詳しくは覚えてないが、一年以上は前だったと思うな。何人かの集団でふらっとこの土地を訪れたと思ったら、凄い勢いで住処を作っちまったんだ。そんで、自分たちと同じ行き場のない人間を迎え入れる集落として、その住処を運営してるって話だぜ」
まるで慈善事業家のようなことをしている先生と呼ばれる男について語った商人は、そこで一度言葉を区切ると周囲を見回した。
そうやって、周りに自分たち以外の人間がいないことを確認した後に……こっそりと、燈とこころへとこんなことを囁く。
「……この村だけじゃなく、他の村の連中も先生を立派な人間だっていう奴らばっかりだ。ちょっとした食料と引き換えに病や怪我の治療をしてくれたり、孤児や浮浪者の面倒を進んで見てくれる、菩薩のような人だって沢山の奴らが言ってる。だがな……俺はそうは思わねえ。ああいう奴は、裏でなにかあくどいことを考えてるって相場が決まってるんだ。あんたらもあの男に関わるっていうんなら、この村の連中みたいに先生に心酔しちまわねえように気を付けな」
商人としての勘か、あるいはその先生という男から発せられる負の雰囲気を感じ取ったのかは判らないが、どうやらこの商人は先生のことを信用していないようだ。
確かに今現在の情報だとその男がどんな人間かも判断がつかないし、仮に彼が自分たちと同じ異世界人だったとしたら、気力の量も凄まじいことになっているに違いない。
学校から逃げ出した生徒たちを集落に受け入れているという情報がある以上、実際にそちらに出向き、どんな人物かを確認しておかなければならないだろう。
仮に先生とやらが何か良からぬ企みに生徒たちを利用しようと考えているのなら、そんな人物の下に武神刀を持つ生徒たちを置いておくのは危険だ。
「このことを蒼に報告しよう。先生って男や逃げ出した連中が住んでる集落の位置も、その気になればすぐに掴めるはずだ」
商人の話を聞く限り、先生と呼ばれる男は有名人のようだ。村の人間に話を聞けば、住処としている集落の位置も簡単に教えてもらえるだろう。
とにかく今は仲間たちにこの情報を伝え、今後の動きを決めることが優先だ、という燈の意見に同意するように、こころも大きく頷いてみせた。
善は急げ、ということで、話を聞かせてくれた商人にお礼を言ってから、二人は本番の宿となっている民宿へと急ぎ足で戻っていく。
その慌ただしい動きが示すように、自分たち以外の異世界人の存在を示唆された二人の心は、予想外の事態に激しくざわめき続けていた。
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