漁村での話し合い


「本当に……ありがとうございました。子供たちを助けていただいただけでなく、あの牛鬼まで倒していただけるだなんて、どう感謝の気持ちをお伝えすればよいのやら……!」


「お構いなく。人として当然のことをしたまでですから。こうして一夜の宿や食事を提供していただけるだけで、十分です」


 燈が浜辺で牛鬼を屠ってから数刻後、蒼天武士団一行は、助けた子供たちが住まう漁村でささやかな歓迎を受けていた。

 代表として村長と話し合う蒼は、村の住民一同からのもてなしに感謝しつつ、眉をひそめて言う。


「しかし、妙な雰囲気ですね。この辺りに漂う妖気が異常に濃くなっている。強力な妖である牛鬼が姿を現したのも、この妖気が原因でしょう」


「た、確かに、ここ数か月で妖による被害が激増していて、どうもおかしいと周辺の村の長たちとも話し合っていたところなんです」


「やはりそうですか……しかし、ここ数か月か、ふむ……」


 村長の言葉を受け、何かを考え込む蒼。

 そんな彼の様子をじっと見守っていた村長であったが、やがて意を決したような表情を浮かべると、こんな申し出を口にしてきた。


「あの……図々しいことを承知でお願いしたいのですが、妖の攻勢が落ち着くまで、この村を含めたここ一帯の村々の警護をお願い出来ませんでしょうか? 決して多くはありませんが、お礼もお支払いいたしますので……」


「……皆さんを助けて差し上げたいという気持ちもあるのですが、今の我々にはすべきことがあります。この永戸の地に来た理由は、既に他の依頼を受けているからなんです」


 妖の被害に遭い、困り果てているこの漁村の人々を助けたいという想いは当然ながら蒼にもある。

 しかし、それ以上に果たさなければならない目的があるということを理解している彼は、本当に申し訳なさそうに村長からの依頼を断った。


 村長もまた、唐突にも程がある自分の申し出がすんなりと受け入れられるとは思っていなかったようだ。

 むしろそこまで気を遣わせて申し訳ないとばかりに首を左右に振ると、蒼へと謝罪の言葉を口にする。


「いやいや、お侍さまたちにも事情があるのは当然のこと。今のは私が無遠慮過ぎました。この話は、忘れてください」


「申し訳ありません。しかし、今請け負っている依頼を片付けたら、この問題に対して出来る限りのことはしてみましょう。妖気の出所を調べ、それを絶てるよう、尽力してみます」


「ほ、本当ですか!? 何から何まで申し訳ありませぬ……」


「まあ、これだけの異常事態です。僕たちが問題に着手するよりも早くにこの地の領主や永戸の役人が兵を派遣する可能性もあるでしょう。もしかすると、幕府が直々に動くやもしれません」


 深々と頭を下げる村長へと、自分たちが動くよりも早くに解決の日が訪れるかもしれないと蒼が告げる。

 しかし、自分たちのために動くと言ってくれたその気持ちに感激している彼は、尚も蒼天武士団の面々に感謝しながらこんな質問を口にした。


「またしても無遠慮で申し訳ないのですが、よろしければお侍さまたちがこの永戸の地を訪れた理由をお聞かせ願えないでしょうか? 我々が力になれることがありましたら、遠慮なく申してください」


「そうですね、では……一つ、お聞きしたいことがあるのですが――」


「こいつらの顔に見覚えはないっすか? この村を訪れたとか、仕事中に見たとか、どんな些細なことでもいいんです」


 蒼天武士団の力になると言ってくれた村長へと、ありがたく助力を受けようとした蒼が本題を口にする前に、急に燈が話に割って入る。

 突然の乱入に驚いた村長であったが、彼が手にしている何枚かの紙を受け取ると、しげしげとそれを眺めてぼそりと口を開いた。


「これは……人相書きですか? 顔立ちを見るにまだ若い子供たちばかりだ。お侍さまは、この方たちをお探しで?」


「ええ、まあ……彼らはここ最近の間に琉歌橋を渡り、永戸方面に向かったとの目撃証言を最後に消息が掴めなくなっています。どんな些細なことでも構いません。情報があれば、教えていただきたい」


「ふむぅ……こういったことは私より、漁をしたり他の村に商いに出掛けている若い連中に聞いた方がよろしいでしょう。少しお待ちください。聞いて回ってきます」


「かたじけない。どうかよろしくお願いします」


 一枚の紙に数名の人間の顔が描かれた人相書きを手に、村民へと彼らの顔に見覚えがないかを尋ねに行く村長。

 そうして立ち上がった彼は動き出す寸前、ぴたりと動きを止めると……蒼と燈たちへと振り返り、こんな質問を投げかけた。


「あの、確認なのですが、この人相書きに描かれている面々は何か罪を犯した下手人なのでしょうか? 更なる罪を重ねる前に身柄を抑えなければならないから、お侍さまたちも焦っている、とか……?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 当たらずとも遠からず、といった具合の村長の想像をやんわりと否定しつつ、どう答えたものかと悩む蒼。

 この依頼について詳しく事情を説明することが出来ない彼に代わって口を開いた燈は、決して嘘ではない答えを村長へと返した。


「そいつらは……俺の昔の知り合い、です」


「お知り合い? ご友人ということでしょうか? お侍さまは、行方知れずになったご友人を探しにこの永戸を訪れた、と……?」


「そんなとこっす。依頼人も俺の友人で、そいつも一刻も早く無事を確かめたいって言ってるんで、ちょいと急いでるんすよ」


「ははあ、そういうことですか……わかりました。ご友人の行方を探るために、私もお力添えさせていただきます」


 燈の答えに納得した村長は、そこで改めて村人へと人相書きの人物たちについて話を聞きに向かう。

 その背を見送りながら軽く息を吐いた燈は、二週間前にこの依頼が持ち込まれた時のことを思い出し始めた。

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