エピローグ・やっぱり怖いこころさん


「うわ~! このあんみつ、本当に美味しい!! 流石はやよいちゃんのおすすめだね! 燈くんも食べなよ! ……って、私は奢られてる立場なんだけどさ」


「ああ、うん。まあ、な……」


 一方同じ頃、こころに連れられた昇陽にある甘味処で食事を楽しんでいた燈は、師匠の身に何かとんでもない不幸が起きたことを察して屋敷の方向へと視線を向けていた。

 こころからの言葉にも生返事をしつつ、宗正の身を案じる燈。

 だが、そもそもの原因が師匠の自業自得なんだから、そこまで同情する気にはなれないな……などと考えていた彼の鼻を、小さく可愛らしい二本の指が摘まむ。


「むぐっ……!?」


「もう……何をぼんやりしてるのかはわからないけど、今は私とのデートに集中してよ。これじゃあただ、お詫びにデザートを奢ってもらってるだけになっちゃうじゃない」


「あ、ああ……わりぃ、椿」


「いいよ。でも、あんまり無視はしないでほしいな。少なくとも、女の子と二人きりな状況だってことは頭の片隅に置いておいてね?」


「お、おう……」


 可愛らしく拗ねるこころの姿にちょっとだけ心臓をどぎまぎさせつつ、燈が自分の前に運ばれたあんみつを一口頬張る。

 デート、というこれまでの人生の中でまるで縁のなかった単語と、それを今、自分がしていることに不思議な感覚を覚える彼は、あと二回はこれと同じことをするのかと期待とも不安とも取れない感情を抱きつつ、それを口に含んだ白玉と一緒に飲み込んだ。


「折角の機会なんだから、今日は行きたかった所を目一杯回っちゃうぞ~! 燈くんも、しっかり付き合ってよね!」


「わかってるよ。にしても……今日は結構テンション高いな、お前」


「当然でしょ? 好きな人とのデートなんだもん、気持ちが昂るのも当たり前じゃない! それに不謹慎かもしれないけど、異世界の街を見て回るって、なんていうかわくわくしてこない?」


「ははっ、まあな……そっか、そうだな。考えてみりゃ、俺たちってこれまでこの世界をのんびり観光なんてしたことなかったか……」


 前半の言葉は照れ臭いのでスルーしたが、後半部分に関してはとても納得したように頷きを見せる燈。

 確かにこれまで、生きることや修行、武士団としての活動に手一杯でのんびりとこの世界を見て回ることもなかった。

 ここ昇陽は大和国西の都として名高い大都市。そこを拠点としていながらも見て回らないだなんて、勿体ないことこの上ないではないか。


 色々な思惑や騒動に巻き込まれ、ひと息つく間もない日々を送っていたが……少しは前向きになって、足を止める一日があってもいいのかもしれない。

 こころの言う通り、自分たちに未知の世界である大和国の街を見て回りつつ、可愛い女の子と共に過ごすというのはなかなかに乙なものだ。


 そんな、やや爺臭い考えを浮かべた燈は、これが彼女たちに誠意を見せるだとか、罰ゲームのような扱いであることを忘れることにした。

 こういうのは楽しんだもの勝ちだ、と……考えを切り替え、楽しい休日を過ごす心積もりを固めた彼は、明るい笑みを浮かべながらこころへと言う。


「おっしゃ! んじゃ、今日は色んな場所を巡って、色々と楽しむか! そのためにも腹ごしらえ、腹ごしらえっと!」


「ふふっ、そうだね! じゃあ、あんみつのお代わり頼む? 団子とかおまんじゅうとか、色々他にもメニューはあるみたいだけど……」


「おっ、そうだな。じゃあ草団子でも……って、あ~、でもな~……」


 ちびちびと食が進まない様子であった燈が笑みを浮かべてあんみつを食べ始める様を嬉しそうに見守っていたこころが、男性である彼を気遣って追加の甘味を頼むかを問う?

 その問いかけに肯定の返事を口にしかけた燈であったが、何事かに気が付くとその返答を引っ込めてしまった。


「うん……? どうかしたの、燈くん? 甘いもの、苦手だった?」


「あ~……いや、そういうわけじゃねえんだけどよ。ここ、やよいがおすすめしてた店なんだろ? 椿もあいつから聞いて、ここに来ることにしたんだろ?」


「あ、うん。そうだけど……?」


 明るくなったと思ったらまた何かを思い悩み始めた燈の様子を不安がったこころが質問を投げかけてみれば、燈は前置きのようにしてやよいの名前とこの店が彼女のおすすめであることを確認してきた。

 そうした後、その質問に何の意味があるのかと首を傾げるこころに向け、今後の懸念とでもいうべき事情を解説する。


「ってことはよ、多分なんだけど、栞桜と涼音の奴もこの店の話を聞くことになると思うんだよな~……あいつらと出かけた時も同じ店に来るって考えたら、別のメニューはそん時のお楽しみってことにしておいた方が――むぐっ!?」


 自分が逢引するのは、こころだけではない。

 そう遠くない頃に、栞桜と涼音とも同じことをしなければならないのだ。


 そうなった場合、これまで男女のあれやこれやに関わることのなかった彼女たちが、いいデートスポットなどを知っているわけがない。

 となれば、まず間違いなく彼女たちが頼るのは女の子が好む店や観光地を知っているやよいなわけで、こころ同様に彼女から話を聞いた二人が、同じ店を燈との逢引の際に利用する可能性は非常に高いだろう。


 そうなった時、露骨に来たことがあるという風な様子を見せないためにも、せめて食べる物くらいは新鮮な反応を見せたいと思っていた燈であったが……そんな考えを口に出した瞬間、今度は結構な力で再びこころに鼻を摘ままれてしまった。


「……さっき言ったよね? 今は私とデートしてるんだから、集中してって……それなのに他の女の子のこと考えてるっていうのは、どういうことなのかな~?」


「ひ、ひぇぇ……っ!?」


 自分の目の前で、笑顔を浮かべながらも怒りのオーラを放つこころの様子に燈が悲鳴を上げる。

 デリカシーのない発言をしてしまった自分が悪いのだが、ここまで怒られることかとおっかなびっくりする彼から手を離したこころは、人差し指と中指を立てたピースサインを右手で作ると、それを燈に見せつけながら言った。


「今、2アウトだから。3アウトになったらどうなるか……覚悟しておいてね?」


「は、はい……!!」


 やっぱり、こころは怖い。可愛いのだが、怒ると滅茶苦茶に怖い。

 下手をすると武神刀を持った栞桜や涼音に匹敵するのではないかと思わせる程の強者の雰囲気を放つ彼女の姿に戦慄した燈は、もうこれ以上は乙女の地雷を踏まぬよう努力しようと、硬く心に誓うのであった。

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