何故だか同席、偽者の栞桜
唐突に響いたその声にぎょっとした燈たちが顔を向ければ、そこにはあの偽栞桜が片目を瞑ってウインクしながらこちらを見ているではないか。
内股歩きをしながら、のっしのっしと大股でこっちに歩いて来た彼女(?)は、喧嘩している燈と栞桜を引き剥がすとにこにこと笑みを浮かべながら言う。
「いいわねぇ、青春って感じがするわ~! あなた、普段は大雑把だけど好きな人には女の子扱いしてもらいたいっていう、乙女度強めの女の子なのねぇ~!」
「なっ!? なななな、なぁっ!?」
「あなたもその辺のことはわかってあげなさいよ。女の子の我がままを受け止めるのが、男の甲斐性ってもんなんだから!」
「は、はぁ……」
いきなり現れてそんなアドバイスをしてきた偽栞桜に唖然としていた燈は、自分たちの卓の上に偽蒼天武士団を監視する式神を出していたことを思い出して顔を引き攣らせた。
このままでは、あちらを監視していることがバレてしまうと焦る燈であったが、その心配はご無用とばかりに動いていた蒼が、既に式神を隠していたようだ。
「どうかしましたか? 何か、僕たちに御用で?」
静かに酒を傾けているふりをしながら、なんてことないように笑みを湛えて偽栞桜へと問いかける蒼。
その誤魔化しっぷりに感心する一同の前で、どっかりと燈たちの卓に就いた偽栞桜は、酒を注文するとうふふと笑いながらこう答えた。
「なぁに、あたしの仲間があなたたちの女の子を奪っちゃって、寂しい思いをさせてるって聞いたからねぇ。お詫びと言っちゃなんだけど、酒宴に花を添えに来たのよ」
「ははっ、それはどうもありがとうございます。では、一献だけお付き合い願いましょうか」
「ええ、勿論よ。あなた、思ったよりもノリのいい子ねぇ! ……そうそう、お嬢ちゃん。あなたはそろそろ向こうに戻った方がいいわ。あんまりにも遅いとあいつらがこっちに乗り込んで来かねないし、面倒ごとは勘弁でしょう?」
「あ、ああ……ご助言、痛みいる。戻らせてもらおう……」
「気を付けるのよ~! 体を触られそうになっても流されないでね~! あと、勧められるままにお酒を飲んじゃ駄目よ~!」
偽蒼天武士団の席へと戻っていく栞桜の背にアドバイスをしながら、彼女を見送る偽者の栞桜。
面倒見がいいというか、どうにも悪人らしくない彼女(?)の様子に違和感を感じながら、再び席に着いた燈がちびちびと運ばれてきた料理を頬張っていく。
「ごめんなさいねぇ。あいつら、可愛い女の子を見るとす~ぐに手を出すんだから……でも安心して! あたしが目を光らせておくから、お持ち帰りなんてさせないわよ! だからあなたたちもしっかり気を強く持って、女の子たちを守んなさいよね! 相手があの蒼天武士団だからといって気後れしてたら、舌を入れて接吻するわよ!!」
「う、うへぇ……!」
やっぱり悪人とは思えないが、何とも強烈なキャラをしている偽栞桜の迫力に圧倒される燈。
彼だが彼女だかは判らないが、この人物を御している偽蒼天武士団は結構大物なのではないかと彼らへの認識を改める中、押し出していた迫力を引っ込めた偽栞桜は、上機嫌な雰囲気で燈たちに問いかけを発する。
「で? あなたたち、あの子たちと付き合ってるの? ちょうど数も三対三だし、恋人同士でお酒を飲みにきた~、みたいな?」
「えっ!? い、いや、別にそんなんじゃないんすけれども……」
「あら? まだ付き合ってない感じ? じゃあ、どの子が誰を狙ってるか、あたしが当ててあげる! といっても、顔が怖いあなたはさっきの女の子と仲が良いのは見ちゃってるのよね~。でも、お似合いだと思うわ。……それで、あのおっぱいは天然物? それとも、あなたが育ててあげたのかしら?」
「ぶっ!? そ、そんなことしてねっすよ!!」
「あはははは! そうよねぇ! あなたたち、ものすっごく初心な雰囲気があるもの! もしかしたら抱擁どころか、手を繋ぐのだってまだなんじゃないかしら? そんなことしてたら悪い男に掻っ攫われちゃうわよ! 男なら勇気出して、いっそ押し倒すくらいのことしちゃいなさい! あの子も絶対、あなたのことを待ってるから!」
「う、うぐぅ……」
……どうにもこういう勢いの相手は苦手だと、恋愛面に疎い自分へと赤裸々なアドバイスをしてくる偽栞桜の話に燈が言葉を詰まらせる。
相手の言っていることがそこそこ的中しているだけに否定出来ないことが心苦しいと、栞桜と自分との関係を茶化しながら助言してくる彼女の言葉に彼が顔を顰める中、偽栞桜は今度は正弘へと向き直ると、その顔をまじまじと見つめてから口を開く。
「年下くんは、そうねえ……一見するとあの小さな子が好みっぽく思えるけど、あなたって実は年上に憧れる性格してるでしょ?」
「うっ!? へっ!?」
「……ああ、そうかもしんないすね。こいつ、結構俺にも懐いてくれてますし……」
「ちょっと先輩!? 何勝手なこと言ってるんですか!?」
「もう! 照れないの~! 図星突かれて慌てる姿もかわぅいわね~!」
再び、ずばりと相手の性格を言い当てた偽栞桜の言葉に思わず本音を口にしてしまう燈。
予想外の方向からの攻撃を受けた正弘が慌てる中、そんな彼の様子を楽しそうにからかった偽栞桜は、続けてこんな推理を述べてみせた。
「あなたは多分、きりっとした感じの年上の女の子が好きなんじゃないかしら? お姉さま系、っていうの? 見た目も性格もちょっと冷たい娘が好みなんでしょ?」
「ぼ、僕はそういうの、よくわからないですよ……!!」
「う~ん、そうなのよねぇ……! あたしの推理によればあなたの好みはこれで間違いないんだけど、どうにもあの銀髪の女の子に好意を寄せてる雰囲気がないの。ってことはつまり、あなたが好きな人はこの場にいない? あなたとあの子、数合わせで呼ばれたってことかしら?」
「だ、だから! 僕に好きな相手とか、いませんから!!」
「いや~、どうだかな~? 今言い当てられた条件にぴったり当て嵌まる奴、俺は知ってるんだけどな~!」
「先輩っ! いい加減にしないと怒りますよっ!!」
顔を真っ赤にした正弘に怒鳴られてもからからという笑みを絶やさない燈は、慌てる彼の様子にちょっとした愉悦を抱いていた。
クールで、美人系で、年上の女性とくれば、もう答えは一人しか出てこない。
彼女も色々と正弘の世話をしているようだし、もしかしたらチャンスがあるのかもしれないな……と考えながらにやつく燈に対して恨みがましい視線を送る正弘は、大きく深呼吸をすると吐き捨てるようにして二人に言った。
「僕のことはもういいでしょう!? 話を変えてくださいよ!」
「そうね。あんまりにも可愛いからいじめちゃったけど、これ以上は趣味が悪いわね。それじゃあ、最後に残ったあなた……そう、知的な雰囲気のあなたについて考えてみようかしら」
「僕ですか。お手柔らかにお願いしますよ」
あくまで柔和に、少し気恥ずかしそうにしている演技をしながら偽栞桜に対応する蒼の態度と演技力に、燈と正弘が心の中で舌を巻く。
向こうにこちらの違和感を悟られぬことなく応じている彼は、やよいにも負けないくらいにこういう仕事が得意なのではないかと考える二人の前で、偽栞桜は唸りを上げながら蒼の顔を見つめ、小さく呟いた。
「あなた……難しいわね。恋愛とか興味ないって、瞳の奥に書いてあるわ。でも、そう……とても不思議。あなたの瞳の奥には、女性の姿が二つある。一つはあの小さくて大きな女の子だけど、もう一人、これは……誰なのかしら?」
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