偽涼音現る!


『あらぁ……もう始めちゃってたのね。しかも、こんなに可愛い女の子まで連れ込んで、嫉妬しちゃうわ』


 そんな、どこか官能的な雰囲気を纏った女性の声がした方向へと一同が視線を向ければ、そこにはその声に違わぬ艶やかさを持つ女性が立っていた。


 大きく膨らんだ胸と、それを惜しげもなく見せつけるかのように着崩した着物。そして厚い化粧が特徴的な彼女は、ややけばけばしいその顔を偽燈へと近付け、緩やかに微笑む。


『燈ぃ、あなたは少し、女の子に手を出し過ぎじゃない? ここにこんなにいい女がいるんだから、それで満足しなさいよ』


『そう言うなよ、涼音。英雄色を好むっていうだろ? 俺は、たった一人の女に満足するような男じゃあねえのさ』


『ふぅ~……調子のいいこと言っちゃって、あなたって人は……』


 着物から零れ落ちそうになっている胸の谷間へとだらしのない視線を向ける偽燈の様子に、艶やかな笑みを浮かべた女性が言う。

 その彼女の姿と、先の偽燈の発言を耳にしていた涼音が口の端を吊り上げながら、珍しく感情を込めた声を口にした。


『す、涼音……? このおん……この、人が……?』


『あ? おう、そうだ。お前らも名前を聞いたことくらいはあるだろう? 蒼天武士団随一の女剣士にして、百年に一人の天才。鬼灯涼音とは、こいつのことさ』


『はぁい。はじめまして、可愛らしいお嬢さん方。どの子も将来有望そうねぇ……』


 偽燈に肩を抱かれながら、彼からの紹介を受けた偽涼音が妙に間延びした声で挨拶を行う。

 露出の激しい服装と、艶やかな雰囲気と、何より胸についている二つのたわわな果実という自身と彼女との最大の違いを目にした涼音は、どこから突っ込んだ方がいいものかと想いながらひくひくと顔を引き攣らせていた。


『へぇ~! あなたがあの鬼灯涼音さんなんだ!? 想像してた人物像と全然違~う!』


『うふふ……! まあ、そうよね。天才だとか、男にも負けない剣豪だって聞けば、熊みたいな大柄な人間を想像しちゃうのかしら? でも、真の天才はそんな常識に縛られないの。女としての美しさを保ちながら男を超える剣の才能を有する。それが、私が百年に一人の天才と評される所以よ』


『ふぇ~! かっこい~~っ!! 憧れちゃうねぇ!!』


『む? あ、ああ、そう、だな……ひゃんっ!?』


 たゆんっ、と自分たちにも負けないくらいに大きな胸を揺らしてそう答えた偽涼音の言葉にどう反応していいものか判らなかった栞桜が適当に相槌を打てば、そんな彼女へと顔を近づけた偽涼音が、妙な色気を放ちながら頬を撫でてきたではないか。


『な、なにを、して……?』


『うふふふふふ……! 可愛い娘ね。でも、ちょっと芋っぽいかしら? 少し磨けば男が虫みたいに集まってくるでしょうに、もったいないわね……』


 そう栞桜を評価した偽涼音がぺろりと舌を出し、蛇を思わせる動きで唇を舐める。

 何となく、彼女から発せられる異様な雰囲気の理由に気が付いた栞桜は、自分がその標的にならなかったことにちょっとした安堵を抱いていた。


『それで、こっちは……ふふふ、上々ね。顔立ちが整ってて、透明感もある。あと数年もすれば子供っぽさも抜けて、絶世の美女になりそうね』


『……どうも』


 次いで、偽の自分の言動から目を逸らし、心を殺していた涼音のことをそうべた褒めした偽涼音であったが……少し考えた後、残念そうな口振りでこう続ける。


『でも、残念ね。発育って点では、これ以上の伸びしろはなさそう。私は嫌いじゃないけど……お友達と比べると、物足りなさを感じちゃう男は多いんじゃないかしら?』


『ぶふっ!?』


『……は?』


 自身の一番触れられたくない部分、あるいは、最も気にしている部位についての堂々とした物言いを耳にした涼音の瞳に狂気が宿る。

 ずけずけと自分の逆鱗に触れた偽者にもそうだが、彼女の発言に噴き出してみせた栞桜にも殺意を漲らせた視線を涼音が向ける中、そんなことは欠片も気が付いていない偽燈と偽涼音はいやらしさ満開のやり取りを繰り広げていた。 


『おい、この娘たちは俺たちについて来たんだぞ? 横から掻っ攫うんじゃねえよ』


『あらあら、それはごめんなさいねぇ……それじゃあ、今晩は私はお呼びじゃないってことかしら?』


『ふはっ、それはどうかな? こいつらが俺の武神刀を収めるに相応しい鞘じゃなかったら、お前の出番が来るかもしれないぜ』


『もう、とんだ暴れ馬なんだから……!!』


 偽者の涼音はおとこおんなもいけるのかと、危うい意味での両刀使いの登場にちょっとだけ愉快さを感じるやよい。

 そんな彼女の思いとは裏腹に、残る二人の少女たちはこそこそとした言葉での殴り合いを展開していた。


『なにが、そんなに、愉快だったのかしら、栞桜? 随分と楽しそう、じゃない……!』


『い、いや、あそこまではっきりと胸について言い切られるとは思ってなかったから、つい』


『つい、なに? 持たざる者である私を、富と名声と大きなおっぱいを持つ者として嘲笑った、ということ?』


『そういうわけじゃ……いや、そういうわけだな。偽者とお前、何もかもが真逆過ぎてむしろ笑える』


『……かっちーん』


 普段のお返しだとばかりに放った栞桜からの言葉の暴力に怒りを露わにする涼音であったが、こと胸という部分(尻は小尻か巨尻かでの格差はそこまで大きくないため)に関しては彼女に勝る要素がないために言い返す言葉が見つからず、ぴきぴきと眉間に青筋を浮かべることしか出来ないでいる。

 やがて、大きく息を吐いた後に立ち上がった彼女は、卓を囲む面々へと短い言葉を吐き捨ててからその場から一度離れた。


『厠へ、行ってくる……』


「……おい、涼音の奴、こっち来てねえか?」


 映像越しに涼音が酒の席から離れたことを確認した燈がそちらの方向へと視線を向けてみれば、猛然たる勢いで自分たちの方向へと歩む涼音の姿が目に映る。

 極限まで怒りを溜めていそうな、それでいて今にも泣きだしそうな雰囲気の彼女は燈たちの席まで一直線にやって来ると、ばんっと大きな音を響かせて机を叩き、燈へとこう言った。


「……燈、女の価値は胸の大きさで決まるものじゃないと、言って」


「え、えぇ?」


「早く、言って……さもなければ、私は自分を抑えることが出来なくなる……!!」


「お、おぉ! だ、大丈夫だ! 胸のデカさなんて気にする必要ないぞ! たとえ小さくたって、お前には胸以外の長所がいっぱいあるから! な? なっ!?」


 本気で偽蒼天武士団どころか、栞桜やこの店にいる人間全員を斬り捨てる凶行をしでかしかねない雰囲気を醸し出す涼音の様子に慌てた燈がそんな言葉を口にすれば、大きく深呼吸を行った彼女は顔を上げると心なしかすっきりとした表情を浮かべてくれた。

 悲しい慰めの言葉だが、それで心をリセット出来たであろう涼音は、燈へと感謝を伝えると再び偽蒼天武士団の席へと戻っていく。


「……そうよ、そこなんて二の次よ。むしろあの偽者の価値なんてそこだけじゃない。一秒あればあいつを斬り捨てて亡き者に出来るから、実質的に私の方がいい女。ついでに栞桜よりも私の方がいい女……」


「……な、なんていうか、鬼灯さんってあんな感じの人なんですね。もっとこう、冷静で心揺るがない人、みたいなイメージでした」


「七瀬と似てるようでまるで違うからな、あいつ。お前が思う五万倍はファンキーだぞ」


「ひぇ……」


 軽い伝聞と、磐木での邂逅でしか涼音を知らなかった正弘は、初めて目にした彼女の素の部分に若干引き気味だ。

 補足事項を伝えてきた燈の言葉に彼が更にその気持ちを強める中、(やよいが心配なのか)ずっと偽蒼天武士団卓を監視していた蒼が、二人に向けて新展開の到来を伝える。


「また、誰かがやって来たみたいだ。残りの人間を考えると、栞桜さんの偽者ってことになる、ん、だろう、け、ど……?」


「あん? どうした、蒼? お前がなんか問題でも、あった、の、か……?」


 淡々と状況を報告していた蒼の言葉が妙に途切れ途切れになったことに訝し気な表情を浮かべた燈が共に映像を覗き込めば、彼もまた親友と同じ反応を見せることとなってしまった。


 そこに映し出されていたのは、筋骨隆々とした大男の姿……なのだが、その顔には偽涼音を超える程の化粧が施されており、立ち振る舞いもくねくねとしていてどこか女らしさが感じられる。

 まさか、まさかな……という嫌な予感とそれが外れていてほしいと願う一同に向けて、偽蒼天武士団の所に姿を現したその大男は、ぱちんとウインクを決めた後、妙に可愛い子ぶった声で見事にそれらの期待を裏切る自己紹介の言葉を口にした。


『はじめまして~! あたしは栞桜! 蒼天武士団の女剣士よ~!!』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る